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『詮議(お取り調べ)』 



『詮議』 


 時は奇しくも、『金ヶ崎の戦い』が終わったばかり、浅井領は騒然としていた。

事態の収拾を図り、これからの対策をすべく、浅井家の重臣は皆が忙しかった。

浅井家家中は、信長に見切りをつける方向で話が纏まっていた。



そんな中、怪しげな風体の者がいると伊部清兵衛から報告が入る。


「儂を直々に指名するとは、何事じゃ!!」



『遠藤様直々にお願いしたい』との報告を受けた直経は、現地に急行した。

直経はすぐさま、報告にあった怪しい者と対面した。



……なるほど、伊部が困惑しているのも頷ける。


 怪しげな風体な、男女であった。面妖な衣装を、身に纏っている。

(おそらく、南蛮かぶれであろう)


が、しかし、それはそれほど問題ではない。

信長公もたまに、こんな風体をした南蛮人に会っているらしい。

(いや、今は信長の奴めか。)


問題は、男の容姿にあった……。




(「……と、との?」)

初めてまみえた時、直経をしてそう言わしめるほど似ていた。

事前に伊部から聞いていなければ、声にしていたであろう。


 確かに伊部が泡を食って驚いたのもわかる。

直経自身も驚愕した。


背格好から人相まで、瓜二つであった。

弟君の政元様・政之様ですら、ここまで似てはおられぬ。


名乗りを上げることさえ、忘れてしまっていた。



~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~



 一方、長政とねねは不安を募らせていた。


 庄屋に案内され、伊部館の伊部様に目通りをしたのにもかかわらず、放置されたのだ。

数名の家臣を引き連れ書院に入ってきた伊部清兵衛であったが、長政たちの姿を見て、一言の挨拶もなく慌てて飛び出していった。


「どうしたんだろう?」

「南蛮人として、警戒されているのかしら?」


先ほどまでは楽観的だった雰囲気が、一転重苦しくなっていく。

二人は正座をしたまま、おとなしく待つしか無かった。



 おおよそ1刻ほど待たされたであろうか?

さきほど女中さんからいただいたお茶を飲んでいると、再び伊部清兵衛が現れた。

威厳に満ちた武将を伴っている。


「待たせた、それでは詮議を行う。尋ねられた事には正直に答えよ」

清兵衛が、詮議のはじまりを告げた。


目の前には清兵衛が呼んだらしい、威厳がある武将がいた。

この時代としては、かなり大柄な男である。身長は現代人と比べてみても遜色ない。


(この方が取り調べをするんだ。)

長政とねねは身構えた。



~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~



「そのほう、名をなんと申す?」

とりあえずは、話を聞いてみなければ始まらない。

なるべく機嫌を損ねぬように、やんわりと詮議を始める。


「小谷長政です」

目の前の長身の男が答える。


青年の口から、『長政』という言葉を聞き、直経は天の配剤を知る。

(この世界には、自分に似た人間が三人いるとは聞いたことがあるが、まさかこれほどとは。)


 ちなみに、女の方はねねというらしい。

仕草が洗練されており、良家の子女だと思われた。

容姿や服装については、この際関係ないと思おう。



 信長との対立が生まれた今、直経も浅井家が生き残るための方策に頭を悩ませていた。

そこに、ちょうどいい人材が頃合い良く現れたのである。



「して、小谷とやら。その方、どこの手の者か?」

 いささか眼光を鋭くさせ、ズバリと切り込んだ。

もしも敵の手の者であるならば、迷わず切らねばならない。


「ええっと、……まだ、どこにも勤めてはおりません」


拍子抜けする答えだった。

話を聞くに、まだ仕官はしておらぬらしい。いささか軟弱そうだが知性は、感じられる。

それなりの教育を受けているようである。


「ふむ、行くあてはあるのか?」


浅井領への訪問の目的を問いただす。


「それが、知らない間にこちらに来ておりまして……」


「なぬ?」

いったいどういう事だ。あからさまに怪しいではないか。


「すみませぬ、神隠しにあったようなのです」

女性ねねが、慌てて説明しようとした。



 横合いから、おなごが口を挟んだ。


「むっ」

直経は、顔をしかめた。大事な話をしている最中におなごに割り込まれたのだ。

機嫌が悪くなって当然である。


「すみません」


 しかし、良家の子女のようだ。気を取り直し、事の次第を問いただす。

『神隠し』という言葉が気になったというのもある。


「申せ!」


「はい、私どもにもどういった次第なのか、とんと判らぬのでございます」


「判らぬだと」


「まさに神隠しに遭ったとしか、申し上げられません」

真剣なまなざしで、じっと直経の目を見るねね


「う~む」

腕を組み考え込む。

荒唐無稽にも思われるが、この娘の話は信じても良さそうだと直経は感じた。

そうであれば話を進めるべきだと、再び小谷と名乗る男に話を戻した。


「神隠しに遭ったというが、路銀は足りているのか?」


「路銀?」

「手持ちのお金はあるのかと、聞いておられるの」


(ねねとやらが、小声で補足しておる。どうやらこの娘の方が、身分・教養が上のようだ。さしずめ、この男は護衛役といったところか?)

会話の間も直経は、二人を観察し真意を見極めようとしていた。


「ご、ございません」


「路銀がないとは、心許ないのう。して、今後どうするつもりじゃ」


「それが、途方に暮れておりまする」


「さようか」

「いくつだ?」

「何かしら特技はあるのか?」

「近江をどう思う?」

「趣味は?」

「鮒ずしは好きか?」


矢継ぎ早に質問を繰り返す直経。


 途中から、何やら就職の面接の様相であった。

そして、話が一段落ついたのか、直経が提案した。


「なにか、飯でも食うか?」


 ついには青田刈りを狙う、企業説明会の懇親会になってしまった。

二人もお腹の空いていることに、今更のように気付いた。


「「い、いただきます」」

食事のお誘いに、食いつき気味に答えるのであった。



 かくして、文字通り食事をエサに、長政たちを釣り上げるのであった。


「では、屋敷の方へ戻るとしよう。馳走ちそういたすゆえ、ふたりともついてまいれ」

そう告げると、席を立ちさっさと歩いて行く。


長政たちは、慌ててあとをついて行った。



~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~



伊部清兵衛に見送られ、館を後にする。


 長政とねねは、お侍に屋敷へと招待された。

馬に颯爽と跨がる直経、その後を家人たちと歩いて行く。

長政は陣羽織を羽織って、面頬を付けている。

ねねの方はというと、顔を隠すように小袖をかづいでいる。


「そちらの格好は目立つゆえな」


そう言われては、否とは言えなかったようだ。

先程も村人たちに散々に見世物になっていたので、承知したようだ。


 伊部館は、小谷城下にほど近い。

車や交通機関を使う現代人の感覚であれば、すぐそばといってもいいくらいだ。

雲雀山の西、小谷城下の南端に当たる。

小谷道を北へと進み、馬場を西に折れ千人橋で再び北へ進む。


 そこからは、総構えとなる小谷城下の城内町である。


「(遠藤様)おかえりなさいませ」


城の門番が、お侍さんに挨拶をする。


「うむ、通るぞ」

「はい、どうぞ」


 自分たちのことを誰何すいかするものと、身構えていた長政たちであったが、そのまま通された。

いわゆる顔パスであろうか。お侍さんは、意外と大物のようだ。


 知善院に向かう広い道を進んでゆく。小谷城の城下町だ。

左は西本町、そして右は東本町だ、さらに西には大谷市場があるはず。

知善院前を右に折れ清水谷へと向かう。


そこには武家屋敷が、所狭しと建ち並んでいる。

その中ほどに屋敷があった。



 ねねは感動していた。

いま城下町を歩いていると、江北浅井の繁栄ぶりが手に取るようにわかる。

(『長政はつらいよっ!!』を読んでおいて良かった。) 

 心のなかでねねは思った。


 小説や資料で思い描いていた風景が、目の前に広がっている。


 現在では、小谷城の遺構は山の上にしか残ってはいない。資料館や案内所があるだけだ。

小谷の町は、信長によって徹底的に破壊され、残った資材も持ち去られてしまっている。

現地へ行っても、自分の想像だけではかつての風景を思い受けべるのが難しいくらいだ。


 それが、いまは疑いなく確かに、目の前に町並みが広がっているのだ。

(海北友松のアトリエは、どこにあるのだろう?) 

そう思ったのは、内緒だよ。



 長政も色々考えていた。とりあえず今日の食事の心配はなくなった。

上手くいけば、宿も借りられるかも知れない。

とはいえ、これからどうすれば良いのかは、まるで見当がつかなかった。


側を歩くねねが、興奮してキョロキョロしているのを微笑ましく思いながらも、色々と悩むのであった。


海北友松の蹟理絵アトリエ、『海』は、伊部館のわりとすぐ近くにあります。

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