『あやしい来訪者』
ようやく、ねねと長政の出番になります。
『あやしい来訪者』 元亀元年(1570年)4月末
ぴぃ~ひょろ~ろぉぉ~っ
トンビが空を舞っている。
青い空が、抜けるようだ。
トンビの視線にたって俯瞰してみると、そこには小高い山が見える。
麓には小さな集落が点在し、あとは田んぼや畑がそこかしこに広がっている。
そろそろ田植えも始まる頃合いだろうか、村人がせっせと働いている姿がある。
山の中のお社の前に人が横たわっている。
どうやら、小谷長政と遠藤ねねのようである。
元いた場所の近くのようだ。
神社にお参りをしていたはずの二人は、突然発生した霧に包まれ知らぬ間にここにいた。
どのくらい気を失っていたのかは判らないが、それほどの時間ではないようだ。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
「ねえ、ながまさくん! 起きて」
先に目覚めたねねが、長政の肩に細い手をかけふるふると揺する。
「う~ん、あと5分」
いささか寝起きに弱い長政が、雰囲気を台無しにした。
完全に寝ぼけてしまっている様子だ、まあある意味心配が無かろう。
しかし、まったく緊張感に欠ける男である。
とはいえ、それが良かったのか?
ねねも、すこし冷静になる。
彼女だって先ほど目覚めたばかりだ、状況も何も判らない。
ただ、隣で眠る長政を起そうと揺すっただけなのだ。
「えいっ」
白魚のような指が、鼻をつまむ。
「ぷはっ、殺す気かっ」
ようやく、目が覚めたようだ。長政もしょせん肺呼吸する一般的生物である。
「やっとお目覚めね、いい気なものね。将来がすこし心配だわ」
お気楽に文句を垂れる目の前の男の怒りを、軽くスルーする。
「寝起きにいきなり、俺の人生を危ぶまないでくれっ」
命の危険が去った後は、人生の危機を心配せねばならないらしい。
「周りを見てみて」
「……なんだこりゃ」
目覚めた時には、ここにいた。
ただ少しばかり様子がおかしい。
先ほど私たちが拝んでいたものとは似ても似つかない、朽ちかけたお社が目の前にある。
まさか、眠っている間にとんでもない長い時間が経ったのだろうか?
『時代だけが、変わっている』
そう気づくには、少しばかり常識が邪魔をした。
別の場所に飛ばされたのかもしれない。
そう思い、あたりを見渡す。
ふと、バックが視界に入った。
「いけない、忘れるとこだったわ」
(もしかすると、とても大事になるかも知れない。)
ねねは、そう思うと小さなショルダーバックをぎゅっと胸に抱きしめた。
辺りはうっそうとした森である。
ふたりは少し歩きまわり、木々が途切れた所から周囲を見回した。
どう見ても元の世界ではない。
見渡す限り、田んぼが続いている。それもきちんと区画が整理されてはいない。
見慣れぬ田園風景だ。
辺り一帯には鉄塔はおろか、電柱すらも見当たらない。
貧しげな茅葺き・藁葺きの家があるだけだ。
見るからに戦国・江戸時代の様相だ。明治時代なら御の字だろう。
「うっわ~」
感嘆とも、あきれともつかない声を漏らす。
「どうする? ねね」
長政の方も途方に暮れている。
「どうしょうもないんじゃないかな」
「とりあえず、誰かに助けを求めようか」
ありきたりではあるが、困った時の一般的な意見ではある。
「そうね、それしかないようね」
ふたりはとりあえず、麓を目指し草に覆われた獣道のような細い道をたどる。
お社があるというのに、しばらくの間まったく手入れがされていない感じである。
うち捨てられてしまったのだろうか。
途中で、人の手が入った小道を見つけた。それを頼りに下山する。
初夏を思わせる爽やかな風が吹き抜ける。
ただのハイキングであれば、絶好の行楽日和である。暑くもなく寒いこともない。
季節は、晩春。いや初夏なのか?。
雪解けが終わった山の中では、茂みに混じって春の野草が見受けられる。
とはいえ、知識のないふたりには土筆以外には、ゼンマイかタラの芽ぐらいしかわからないのであるが。
戸惑いながら、虎御前山の山中をうろつく二人だった。
「ずいぶんと見た目が違うけれど、やっぱりここは虎御前山だよね」
自信なさげにねねが問いかけた。
向こうに伊吹山? が見えるのだが、ねねの記憶にある伊吹山と少しばかり形が違う。
「確か地震で一部が崩壊したんだっけ? 100年ぐらい前の姉川地震だったかな」
むかしに祖母から聞いた情報を、なるほどと実感した。
「う~ん、さっぱり判らん」
長政はそこまで、詳しくはない。
「雪が残っていないのが、幸いね」
ねねは雪国湖北の人間だ、雪の怖さをよく知っている。
「季節が初春のままなら、私達死んでいたわ」
「怖いこと言うなよ」
「まずは山を降りましょ」
「そうだね」
荒れた山路を歩くことしばし。
だんだんと現実感が戻ってくる。
「……まさか野宿する、なんてことはないよな?」
小谷長政は、ソロツーリングを楽しむライダーではあるが、『野宿ライダー』ではない。
キャンプなど小学生の時にキャンプ場でやっただけだ。布団が無いのは正直つらい。
「さあ、わかんないわ」
頼りない男の危惧に、ねねは素っ気なく答えた。
山を降りると、麓の村へ向かった。
いちおう、用心のために杖のふりをして棒きれを拾ってある。とても心細い。
「ねね、何かあったらすぐに逃げるぞ」
頼りない武器ではあるが、無いよりはましである。いささか緊張しながら、ねねと打ち合わせをする。
「まさか、オーク鬼とかは出てこないだろうな」
長政としても、そんなファンタジーは願い下げであった。
(俺がねねを守らないとな。ホントマジでオークだけは勘弁して欲しいよ)
「頼りにしてるわ」
オーク鬼と聞いて、いささか身構えるねねである。
(オークは、どこでも不遇である。)
これまでアスファルトの道がまったく無かった。平和で安全な平成日本でないことだけは確かである。
携帯の電波もむろん圏外だった。110番も出来やしない。
ねねとしては、頼れるのは長政しかいなかった。
「いきなり村人が襲ってきたらどうしよう?」
長政の後ろに隠れながらねねが、たまらずに不安を口にする。
「いやなこと言うなよ!」
思わず自分の腕をつかむねねのほうを、振り向いてしまう。
長政だって怖くて怖くて仕方が無いのだ。喧嘩なんて、口げんかすらまともにしたことがない。
人生を無難に過ごしてきた、平成の男子なのだ。
たがいに不安を高まらせながら、村へと歩いて行った。
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一方、麓の村でも大変な騒ぎとなっていた。
どう見ても普通でない格好をした人間が、虎御前山から現れたのだ。
「どうしただか」
血相を変えて走って来た源助に、四兵衛が尋ねる。
「はあはあ、えれえこった。なんか見慣れん風体の奴らがこっちさ来るぞ」
息を切らせ、顔なじみの四兵衛に異常を知らせる。
四兵衛が言われた方向に目をこらすと、確かに見える。
「なんだありゃ?」
「えれぇ、べっぴんさんを連れとる、しかも身の丈7尺の大男だ!」
「かぶきものか?」
「なんじゃなんじゃ、どうした」
騒ぎを聞いて、お昼をとろうとしていた村人が集まり始めた。
「困ったこった」
「小頭の源さんに話すべか?」
「いや、庄屋さんを呼んでくるべ」
「んだな」
村の若い衆が、さりげなく鍬や鋤を手に二人を迎え入れる。
「すみませ~ん、よろしいですか?」
村人は皆、緊張した面持ちである。
そんな中、長政は日本人らしく友好的に挨拶をした。
彼の笑顔もまた、村人同様に引きつっていた。
「こちらへ来て下せえ」
とりあえずはと、庄屋に案内された。
もちろん庄屋の手に負える案件ではなかった。
つい先日、戦があったばかりである。浅井領内は、異常事態に対して敏感になっていた。
怪しい者、見慣れぬ者が現れたらすぐに知らせるように、お触れが出されていた。
まるで天女を掠った、異国の鬼のようではあるが。
様子をうかがうに、どうやら粗暴な者ではないようである。
「綺麗だなや」
「ほんに別嬪さんじゃ、うらやましいのう」
「貴族の娘御じゃろうか?」
「まるで静御前のようじゃ」
「むちゃくちゃでかいな、まるで鎮西八郎さまじゃ」
「なるほど、変な格好をしておるわい」
庄屋の屋敷前には、村人がうわさの南蛮人を一目見ようとたむろっていた。
長政らは芸能人並みに注目を受け、いささか辟易した。
とはいえ、むやみに襲われることもなく一安心であった。
その後、ふたりは庄屋の案内で城下へと向かった。
「俺たちどうなるんだろう?」
長政は不安げだ。
「たぶん、そんなヒドイ事には成らないと思うわ」
おおよそ、ここは江戸か戦国時代だろうと当たりをつけたねねは意外とおびえていなかった。
「良くある、異世界転移といった方がいいかしら?」
「え?」
「でも、場所は日本のままなのだからタイムスリップね。言葉が通じて良かったわ」
歴女で、なろう読者でもあるねねは、ウキウキしていた。
心地よい陽気の中、スキップするかのようにでこぼこの田舎道を歩いて行く。
小谷城下近くの伊部館に連れられて行き、伊部清兵衛に目通りを許された。
浅井家の家臣、伊部清兵衛は突然現れた訪問者に驚愕した……。
すぐさま小谷城下の 『遠藤屋敷』 へと、家臣を走らせるのであった。
毎日更新が出来ずにごめんなさい。
いまはこれが、精一杯!