八月一日
俺はこの夏休みを使って、長期期間の住み込みバイトを行なう事にした。
別段普通の高校生、長島聡介はその様な事を考えつつ、そのバイト先の面接を行う事になった。
電話一本あればバイトが決まるものだと思っていた俺は意外だなと思いつつ、熱したフライパンの様に熱いアスファルトの道路を自転車で横断、指定された場所に着けば、何とも形容し難い、古く寂れた廃墟ビルだ。
うわぁ、といかにも怪しい雰囲気を醸しだすビルを目に、今一度本当に此処で合っているのか、最新機種の電子端末を起動、居場所を解析。
結果はやはり、今目の前にあるビルからだ、いかに危ない橋を渡ってきた俺でも、流石にこのビルは危険だと言っている。
―――つーか、最初から怪しすぎた、八月一日から九月一日、約三十日の長期バイトで、よもや一千万を越えるほどの大金が手にする事が出来るなんて、都合が良すぎる。
始まりは七月三十日、昨日の出来事だ、とある事情で少し金に困っていた俺はバイトをする事を決めていた。
とは言うものの、この夏休みの間だけの期間、金を貰うのに多く越した事はないので、それなりに高額な収入を得られるバイトを探していたのだ。
其処で目にしたのは、偶然家の自室から風邪につられて入ってきた一枚のチラシ。
―――――高額報酬最高一千万、八月一日から九月一日の長期期間の住み込みバイト、主な活動は雑貨の品売りです。
これ程までに、俺の提案した条件が合う事など早々無い、即座に電話を掛けて、明日は緊張するなと思いながら年甲斐もなく九時に就寝、寝て醒めれば何時の間にやら昨日の出来事にあまりにも出来すぎては居ないか?と首を捻りつつも、今こうして廃墟のビルを見上げている所まで巻き戻る。
「……ま、まあ、気のせいだろう」
流石に臓器とか摘出したり、白い病棟で正体不明な薬飲まされたりしないよね?
そういう恐怖を抱かせる程にこの廃墟ビルの雰囲気は凄まじい、きっとホラー映画の撮影で此処使ったら間違いなくB級になる事は間違いないだろう。
面接会場は三階、エレベーターは何故か点検中、なので必然的に階段で上る。
クーラーとか効いていないのになんだこの零度は、汗は出るがその度に背筋が凍る。
中途半端に非常口マークが消えてたりしているので余計怖い、本当に此処に人住んでいるのだろうか?
そうして辿り付いた会場、の前、会議室と汚れた部屋の名札は、既に先端が折れていて、奥へと続く廊下を見れば、その破片が転がっているのが分かる。
―――なんか別世界に入り込んだ気分だ。
いかんいかん、そんなしんみりした顔で面接官に指摘されたら、恐かったからこんな顔になりました、というのか俺は。
もっと自信を持って、取りあえず気持ち悪いほどに笑顔で、圧迫面接を凌駕する圧迫感を見せ付けなければ。
口元が痙攣している、無理に作り笑いをすれば、こうして口元が動くので、俺は嘘が下手とよく言われたものである。
深呼吸を繰り返し、いよいよ扉の取っ手を握る、面接の時刻は書かれていなかった、それに受付嬢も居なかったし、本当に此処でいいのだろうか?と不安になる。
一応確認として、音を立てないように取っ手を捻り、扉を開ける。
少しだけ出来た隙間に、顔を覗かせると、
「んー……こないわねぇ、あと一時間してこなかったら帰ってもいいかしら?」
「いやいや、そんな事言わないで下さいよ、もう少し、もう少し待ってみましょうよ、ね?」
居た、紛れも無く、別世界と思えるほどに、華やかな二人の女性。
しかし言葉が出ない、あまりの可憐さに言葉を失ったとかではなく、その二人のチャンネーが、何故か宙を浮いていたからだ。
ワイヤーアクションとか、CGとかそんなもんじゃない、つーかこの状況でその様な行いがあれば、逆に何してんだ、と問い詰めたくなる。
片方は金髪ロング、髪の毛は多数の紐で結ばれていて、フリフリのドレスを着ていて、何処かお嬢様風。
もう片方は白髪で左側の髪を三つ編みにして垂れ流している、此方は仕事服を着ていて、足元の黒タイツがとても気になる、その童顔さから少女の様にも見える。
俺から見れば二人とも、相当レベルが高い、モデル系の雑誌に出ていても違和感がない程に。
けど宙を浮いている。
まごう事なき宙を浮いているのだ。
「ま、私はその子が可愛い子だったらそく合格させちゃうわ、そして家に持ち帰って………」
持ち帰って!?持ち帰って何をするんですか!?
「んもー、確かに人間は可愛らしい行動を取りますけど、この前ペットにしたからもう飼っちゃ駄目ですよー?」
え、何、飼われるの?いや流石にそれは不味い、あんな美しい方々に飼われたら絶対に服従しちゃう。
「うーん、意地悪、――――あ」
あ? って何故か目線がとても気になりますが――――。
……………やべえ、見つかった。
「えーっと、長島聡介、くんで、良いんだよね?」
「あ、はい」
その後、何事も無かったかのように面接が始まった。
キチンと用意された椅子に、二人の女性はにこやかに此方を見つめながら、違う意味での圧迫を感じる。
「――――あぁ、見て、可愛い………」
「そうですね………うん、私の……」
其処から先は気になりますが敢えて聞きません、いや、聞いた所で後悔しかしないし、聞いて後悔するよりも聞かずに後悔しない方がいいのです。
しかし、先程の会話や、この現状、明らかに仕事の内容がヤバイ事は分かった、これならまだ薬の試験として薬物を飲んだほうがまだましだ。
このまま辞退する、と言ってもいいのだが、そうすれば彼女らはどのような顔をするか、いや、もしかしたら怒ってくるのかもしれない。
ならば、相手が俺を不採用にすれば良いだけの話だ。
「では、少し質問をさせていただきますが、趣味は?」
三つ編みの女性が面接でよくある質問をして来る。俺は迷わず、こう答える。
「AV鑑賞」
「特技は?」
「アンタの口に舌を入れてタンキングる事」
「その身体で何が出来ますか?」
「ベッドに行きな、三秒で喘がしてやる」
「採用」
「頭おかしいんじゃねぇの?」
採用されてしまった、いやマジで頭が可笑しいと思う。
だって初対面の男にディープキスすっぞ、とかそう言う卑猥な事を言ったのに、逆に好感を持っているんだぞ?頭おかしい以外に言葉が見つからない。
「ふふふ………ベッドで喘がせる、ねぇ、威勢がいい子は大好きよ?」
「うーん、と言う訳で、これからよろしくお願いします」
いやいやいや。こうなる位なら最初から断ればよかった。
「あー、一応眠らせて連れて行く?」
「それがいいですねー、えい」
ぷしゅー。と何かが噴出して顔に掛かる。
鼻がツン、となると、急激に視界が回って、辺りがぐるぐると回転する。
眠り、薬?
そう思った時には既に遅く、俺は深い眠りに付いてしまった。