Chapter4:ぼくらはころしや⑩
「さ、僕がやったから次は警部の番だ」
汗粒一つ浮いていない平然とした顔で、今し方自分に向けていた銃を横島へと差し出す。彼が黙ってそれを受け取るはずもなく、代わりに泣き叫ぶように大声を上げた。
「そもそも! お前だって死にたくないだろう! ロシアンルーレットは俺が死ぬ可能性もあるが、同じくらいお前が死ぬ可能性もある! そんなのお前だって嫌だろう! こんな危険なことをするよりも他にいい解決策がもっとあるはずだ!」
「ロシアンルーレットをやめてもいいよ。だけどそれはつまり警部が無抵抗のまま殺されるってことになる。それでもいいのかい?」
「それは……」
燃えさかっていた炎が一瞬で鎮火されたように横島の声色は弱くなる。
「このゲームは唯一の救済措置なんだ。警部は死ぬ可能性もあるけど、反対に僕が死ぬ可能性もある。警部の死は一〇〇%じゃないんだよ」
くるくると、黒川はリボルバーを器用に人差し指に引っ掛けて廻した。命のやり取りではなく、ただゲームを楽しんでいる人間の姿だった。
「僕も昨日の夜少し考えたんだ。警部にはかなりお世話になった。仕事とはいえ、殺すのは気が進まないしもったいない。だけど僕は警部を殺さなきゃいけない。どうしたものか、と。そこで思いついたのがロシアンルーレットさ。うちの店では殺しの依頼は目的の人物を殺せば達成したことになる。もしくは依頼人と引受人両方が死んだときにその依頼はなかったことになるんだ。だからロシアンルーレットで僕か警部のどちらかが死ねば依頼の達成云々に関する問題は解決するんだよ」
「だ、だからって……お前だって死にたくはないだろう?」
「殺し屋やってる以上死なんてのは友達みたいなもんだからね。それこそマーロウじゃないけど殺していいのは殺される覚悟のある奴だけだよ」
黒川は指で拳銃を回すのを止め、横島へ再び差し出す。この殺伐とした空間に似つかわしくないくらいに爽やかな笑みを見せ、嘘偽りなくどこまでも真っ直ぐに自分の覚悟を言ってのけた。覚悟と呼ぶにはおこがましいくらい彼にとっては当たり前のことなのかも知れない。
「人間誰だって死ぬんだよ。それがほかの人よりちょっと早く来ちゃっただけのことで、悲しんだりする必要はどこにもないよね」
彼の口ぶりからすれば、人が死ぬのも一日の終わりに眠りに就くのも大して変わらないように思えた。実際、黒川白介にとっては同じものなのだろう。
「警部?」
いつまで経っても差し出した拳銃を取らない横島に首を傾げてみせる。
「……ということはつまり、警部は僕が出した精一杯の譲歩に乗らないってことなのね」
黒川は肩をすくめる。横島は肯定も否定もしなかったが、この場合はどちらにせよたいした違いを持っていないように思えた。
「わかり合おう。お互い最善の方法を見つければいいはずだ」
マネキン人形を相手にするくらいに無意味な提案を、横島は依然として続けようとしていた。一つ一つの単語をハッキリと口にして、黒川の意識を少しでも自分の側へ引き摺り込もうとする。
しかし黒川が彼の提案を相手にしないのは言うまでもない。言葉を切り捨てるのではなく、耳に届かぬものとして、横島ではなく彼から少し離れた場所に立つ緑川を呼
んだ。
「緑川君、もういいよ彼は」
二人の間に具体的な言葉は交わされなかったが、意思疎通は成立したようで、懐中電灯の範囲から外れた薄暗い場所で緑川は音もなく横島へと近付く。
「黒川! お前は有能な殺し屋だ! だがお前だけじゃダメだ! 警官による保護も必要だ! わかるだろう!」
黒川は答えない。
緑川がその栄養失調気味の細い腕で横島の頭を掴み、首元を剥き出しにする。
「考え直せ! 一回の失敗がなんだ! 誰も気にしない! すぐに忘れる! ここで俺を殺す方がよっぽどデメリットだぞ!」
横島は狂ったように叫ぶ。
懐中電灯を受けて、緑川の振りかざしたナイフが、その刃を闇の中に浮かび上がらせる。今まさに人を殺そうとしている緑川の顔が、鏡面の如き刃に不気味に写っているように見えた。その口元には普段の彼からは想像も出来ない浅い孤を描いた笑みがあるのかもしれない。
「わかった! やる! ゲームをやるから! その拳銃をよこせ!」
緑川が鋭利なそれを振り下ろす直前、観念したように、半ば涙声で横島が叫んだ。真冬の夜中だというのに、横島の額には大粒の汗が光る。それらはひとまずの延命を喜ぶかのように彼の顔を流れ落ちた。
緑川は一瞬残念そうに口元を浮かべ、横島から体を離した。
「その言葉を待ってたんだよ!」
今までにないくらい嬉しそうな声で黒川は愛銃を差し出す。僅かに躊躇い、しかし震える手で横島はそれを受け取った。
銃弾が一発だけ入ったコルトパイソン。その重みがどれほどのものか、ただライトを握って傍観しているだけの僕には知る由もなかった。
「まあまずは深呼吸をして。撃鉄を起こそう」
横島の太い親指が撃鉄にかかる。震えの止まらない指は撃鉄を起こそうとしては滑って失敗に終わる。何度か繰り返し、ようやく撃鉄がのんびりと起き上がる。シリンダーが一発分回った。果たして銃弾が運ばれてきたのか、それは誰にもわからない。
黒川の介添えのもと、こめかみへと銃口が向けられる。死にかけに構えた銃のように、目標のすぐ側にあって銃口は定まらない。一秒たりとも制止せず、絶えずぶれつづける。どこを撃てば一番楽に死ねるのか探しているようにも見えた。
「さ。後は引き金を引くだけだよ」




