山峰悟
沸いて出る羽虫の様に鮮やかな人の群れが蠢く。
煌びやかなネオンが闇夜を照らしている。
排気ガスとその騒音が下松の意識を呼び戻した。
辺りを見回す。
路面に蹲った浮浪者らしき男がこちらを見つめていた。
目の前に置かれた缶には十円玉が置かれていた。
「あれ……アンタの仲間かい?」
浮浪者が指を指した。
山峰が群集を掻き分けていくのが見えた。
山峰の能力は記憶操作だ。
人間の記憶を弄れば軍隊を作る事も容易。
下松は冷や汗をかいた。
もう武器は無い、だが見逃すわけにはいかない。
下松は後を追った。
山峰は走る。
人の居る東京、現実の東京だ。
群集からは相変わらず柳の腐った臭いがした。
肩をぶつけた中年がこちらを睨んで何かを叫んだ。
視界に入る少女の拒絶的な態度に腹がたった。
下松は追ってくる。
楽しい。
これまでのどんな遊びよりも今が楽しい。
過去も未来も全て要らない、大切なのは今なんだ。
山峰は思った。
もう二度と味わえないと思った高揚感がそこにある。
ここからどうやって逆転する?
敵は一人。
味方は居ない。
武器は無い。
自分の能力は通じないようだ。
手傷は圧倒的にこちらの方が多いのだ。
「楽しいー!」
間抜けた声が腹から抜けていくのを山峰は感じた。
同時にその声がクラクションにかき消されるのも感じた。
光が、山峰のすぐそこから迫っていた。
目の前の鉄の柱――信号には血の色が映し出されていた。
腹に減り込んだ車の衝撃を、山峰はどうすることも出来なかった。




