第九話 クッキ―
「いえ、まだ帰られておられません」
「そうか、良かった」
「また何か約束でもしたのですか?」
「鋭いな。その通りだよ」
「またお菓子かしょうがないなー。
どうしてもと言うなら手伝ってあげないこともないよ。マサやん」
まだお菓子作るなんて言って一言も言っていないのに、何でそういう時だけは鋭いんだよ。
しかも、なんでお前がしたり顔なんだよ!
この前のマドレーヌ作った時もお前たけど、味見しかしてないだろスーヤ!
「スーヤお前はレスニアさんのお手伝だ。
俺とミリヤだけで十分だから」
「そうですね。
スーヤはレスニアさんのお手伝いをしていた方がいいかも」
「そんなこと言うなよ……
アタシもお菓子食べたい! 食べたぁーい!」
二人を引き連れて台所に降りてきて時計を見ると午後二時を回っていた。
あと一時間もすればルスティーナが帰ってくる時間となる。
「あれ? ミリヤ、スーヤ。
何で今日はこんなに帰ってくるのが早いんだ?」
「「…………」」
二人共黙ってしまった。
何かあったのか? まあいいか。
結果的に俺が助かったんだから。
「えーでは、今日はクッキーを作ります」
「クッキーですか。
ルスティーナ様も平凡なおやつで許してくれるなんて心が広いですね」
そうか?
少しの事でおやつを提供させられる俺の身になってくれよ。
レシピ思い出すの大変なんだぞ。
さて、今朝の失言おやつ・クッキーに取り掛かるとするか。
俺はまずミリヤに材料を集める事と生地作りを任せた。
俺とスーヤは石窯の準備だ。
オーブンレンジがあればボタン一つだが、石窯しかないので薪をくべて窯の中の温度を上げなくてはならない。
この世界に来て程、文明の力が偉大と思ったことはないね。
だって水も井戸から汲み上げないといけない。
電気はなく、ランタンやロウソクで夜は明かりをとっている。
まあ、こんな生活は向こうでもしていたから慣れているが。
流石に電気機器が使えないのは痛いな。
そうこうしている内にミリヤが生地を作り終え、型抜きまで済ませていた。
これでいつでも焼ける。
ん?
型抜きされた生地の中に齧った跡がある物が混じっている。
「スーヤ。クッキーは焼かないと食べられないんだぞ」
「そ、そんな事知っているよ! 何でアタシに言うんだよ」
「お前しかいないだろ?」
「ネズミかもしれないでしょ!」
いや、それはねぇよ。
今までミリヤが台所いたんだから。
「ああ、分かった、分かった。頭の黄色いネズミが齧ったんだな」
「まったくスーヤちゃんはなんでも食べたがるんだから」
「ちょっとお姉ちゃんまで私を疑うの!」
疑われて当然だろ。
お前の日頃の行いが悪いんだから。
そんな事もあったが、なんとかルスティーナが帰ってくる前にクッキーを焼き上げる事が出来た。
その後はクッキーを堪能する時間もなく夕食作りとなってしまったがな。
色々あったがこれで一日が終わる。
これからまた翌朝まで自由時間だぞ。
後は風呂に入ってルスティーナに挨拶をしてベッドに入れば……ん?
何か忘れているような気がする……
あれ、そう言えば俺いつ上着を脱いだ――映像が一部フラッシュバックする。
完全に部屋に居る少女の事を忘れていた。
ヤバい。
あの格好のまま部屋に置き去りだ。
俺は急いで台所に戻り、パンとシチューを皿に盛って部屋まで持っていく。
「ごめん遅くなっ――」
少女は居なくなっていた。
取り敢えず俺はパンとシチューを机の上に置いた。
なんか俺だけバタバタしてバカみたいだ。
風呂はいいや、朝起きて入ろう。
風呂と言うより水浴びだが。
ネクタイを緩め、ベッドに突っ伏そうとして俺は思い止まった。
「何で俺のベッドに剣が置かれているんだよ」
俺の上着に包まれた一振りの剣。
それは、俺が昼間抜いて戻した……あの剣だった。
また明日もお会いしましょう!