第三十三話 英雄王いえ、大魔王です。
桜花は土埃の舞う中で全身傷だらけ、血だらけの状態で抉れた地面の上に倒れていた。
「桜花! おい。
俺の声が聞こえるか桜花!」
お願いだ目を開けてくれ。
俺はボロボロの桜花を抱き上げ体を揺する。
「……マ……サツグ……」
「桜花。大丈夫か!」
か細い桜花の声を聞くために顔を近づけた。
「マサツグ。下ろしてください。
貴方の服を汚してしまいす」
何言っていんだよ……
お前。
自分がそんな状態の時に言える言葉じゃねぇだろ。
「服なんか……洗えばいいさ」
「それでは、マサツグ早く私を下ろして後ろに下がってください。
次の攻撃であのエルフは私を今度こそ破壊するつもりです」
気丈にも俺を突き放し、自らの足で立つ桜花。
その背中は頼りなく今でも倒れてしまいそうで、桜花が手に持っている刀は刀身の中程で折れていた。
恐らく先程の攻撃で耐え切れず折れてしまったのだ。
「私が貴方を守ります。この命に替えても」
桜花は俺に背を向けて、折れている刀を構えた。
その先には弓矢を構えたヤザフの姿がある。
フラフラと今にも倒れそうな桜花の背中を俺は支えた。
負けるな。
俺はお前と会ったばかりでお前の事、何にも知れらないんだ。
だから、お前の事教えてくれ。
俺が知っているお前は――
「……その刀に切れない物はなく、刃毀れする事もない強靭さ。
加えてその美しさは陰る事無く輝き続ける。
俺の前に立ちふさがる者を薙ぎ倒し。
俺にただ勝利を捧げろ」
俺は桜花を造った時に思い、そして願った言葉が俺の口から溢れ出す。
「主の御心もままに」
桜花は静かに頷く。
「これで終わりだ……虫」
ヤザフは俺達を一度に葬るためつがえた矢を放つ――
突如として、微かに漂っていた砂鉄が俺と桜花を包み込んだ。
なんだ!?
目の前は黒一色の暗黒が広がった。
耳に届くのは遠くから聞こえるはずのない靴音とあの笑い声が聞こえてくる。
「フハハハハ!! だから言っただろ弱嗣?
戦闘はオレ様の領分だと」
「アシヲス……」
どうして――
と言おうとして止めた。
コイツは俺の中にいるのだから、どこに出てきてもおかしくはない。
だが、どうして今なんだ?
なんでもっと早く出てきてくれなかったんだ!
桜花がこんなにボロボロになるまでお前は――
「英雄はいつの時代も遅れてやってくるものだ。
サッサとそこをどけ、お前は下がってオレ様の動き、力の使い方、剣邪の使い方を覚えろ」
突き飛ばされよろけ、尻餅をつく。
うわ! いってぇー!!
そうこうしている内にアシヲスは俺の目の前から姿を消していた。
俺は暗い闇の中に一人取り残されてしまう。
どうしたら俺はここから出ることが出来るんだ?
『フハハハハ! 待たせたなエルフよ!
ここからはこのオレ様――
アシヲス・グラン・バルシア様が指導してやろう!』
アシヲスの声が暗闇に響き、四角に切り取られたスクリーンが宙に出現する。
それはまるで映画館を思わせる光景。
俺は慌ててそのスクリーンの前に陣取る。
どういう事だよ……
これは……
スクリーンに映し出されるのは俺とエルフ・ヤザフとの戦闘だった。
俺と精神交代した?
アシヲスは放たれる矢を全て拳だけで叩き落とし叩き潰す。
『オラオラ! どうしたどうした?
こんな物なのかお前は!
ええ、エルフの嬢ちゃんよぉ!!』
アシヲスは黒い魔力を右手に集め魔弾を作る。
その大きさはたった二センチ程。
何をするつもりだ?
『虫は虫だな。
狂言にも程があるよ。
あの大魔王・アシヲスだという割にそんなお粗末な物しか作れないなんて。
つくづく頭にくるよ。虫が!!』
え? 大魔王?
アシヲスは自分で英雄王とか言ったけど?
それはどういう……
『おい。ふざけるな!
このオレ様が大魔王だと?
オレ様がどれだけ世界のために骨を折ったと思っている!
雨が降らなければ雨を降らせ、魔神憑きが現れれば討伐し、この世のために王剣を作った……
そんな英雄を魔王と呼ぶとは無礼であろう!』
『雨を降らせすぎて洪水を起こし三十を超える街や村が流され、魔神憑きとの戦闘で五つの街、十数個の山が消し飛び。
王剣は魔神憑きとの戦闘を繰り返すたびに街が一つ消えている……
魔神憑きと同様、いえそれ以上に危険で身勝手な人を大魔王と呼ばずして何と呼ぶの?』
自称・英雄王アシヲスは、ヤザフの言葉に言葉を失い固まっている。
そりゃそうだ。
人のためと思ってやっていた事が傍迷惑と知ったのだから。
それなりにショックだろう。
やっぱり自称だったのか。
『大魔王・アシヲス……だと?
オレ様は英雄王の方が似合っている!!』
押し通した!
これだけの事実を突きつけられて押し通したよコイツ。
どんな図太い神経していんだ!




