虹の麓
世界中を冒険する、冒険家がいた。
十六歳で初めて国外に出た時、目で見て、鼻で嗅いで、耳で聞いて、口で味わって、そうして経験したことのすべてが新鮮で、その感動が忘れられず、彼は冒険家になった。
もっと色んなモノを見たい。
もっと色んなコトを知りたい。
彼を動かしているのは、いつも好奇心だった。
自分の中の何かが求めているモノ、それを求めて彼は、冒険する。
雪男に会いたいと思った時は、まるで人間が来るのを拒んでいるような猛烈な吹雪吹き荒れる雪山に、嬉々として飛び込んでいった。命懸けの冒険の甲斐あって、雪男には会えたらしい。せっかく仲良くなったのに、次の冒険の為に別れなければならないことと、冒険をする資金の為に『雪男のサイン入り色紙』をネットオークションで売るから書いて欲しいと頼み込んだことが悔やまれた、と彼は語っている。ちなみに、雪男は、快くサインを書いてくれたそうだ。
宇宙人と友達になりたいと思った時は、UFOの目撃証言が多い地域へしらみつぶしに足を運んだ。執念深く行動した甲斐あって、宇宙人とは友達になれたらしい。せっかく仲良くなれたのに、結局最後まで言葉が通じ合わなかったことと、食文化の違いを乗り越え切れなかった事が少し残念だった、と彼は語っている。ちなみに、宇宙人は最初、彼のことを車上荒らしならぬ宇宙船上荒らしだと勘違いした為、第一印象は良くなかったらしい。
この二つのエピソードは、彼の冒険のほんの一部だ。
そして、年齢が三十近くになってきた頃、彼は大きな冒険をしていた。
それは、『虹の麓』を探す冒険だった。
冒険中に雨が降ることはよくある。
いつも建物の中で雨を凌げるわけではなく、木の下で雨宿りをする事もあれば、傘も何も雨を凌ぐものがない状況でずぶ濡れになる なんてことも少なくない。
突然の雨に遭った時、彼は、ジッと空を見て雨が上がるのを待つことがほとんどだ。
そして、すぐに雨が上がった場合は、冒険を再開する。
雨が上がった直後、太陽が少しでも顔を出せば、虹が出る。
彼は、たびたび虹を見ていた。
いつもなら虹を見ても「あ~、綺麗だな」と思うだけだった彼は、一つの冒険を終えたある日、通り雨にあたった後に出た虹を見て、あることが気になった。
――あの虹は、どこから掛かっているのだろう?
――あの虹の麓は、どこにあるのだろう?
――虹の麓とは、どんな場所だろう?
好奇心が、彼を次の冒険へと誘った。
虹の麓を探す冒険は、困難の旅となった。
何故なら、みんな 虹を見たことはあっても、虹の麓へ行ったことがある人は誰もいなかったからだ。虹の麓が何処にあるのか知っている者すらおらず、雪男や宇宙人よりも情報が少ないために、探すアテが無いに等しかった。
だから、彼は、世界中を回って虹を探した。
雨が上がった後の一瞬を狙い、遠く現れる虹の麓を探した。
しかし、どこの世界のどの地域の虹も、見る事は出来てもその麓まで辿り着くことは出来なかった。
――虹の麓はどこにあるのか?
――何処に行けば、虹の麓を見る事が出来るのか?
UFOを探した時のように、行き詰まった時は人に訊ねた。
「虹の麓について、情報が欲しい」
彼は、それなりに幅広い知識を持っていて、自らを賢者とは言わないが有識者と語る男に、話を聞いた。
「虹は、空気中の水滴によって太陽光が分散されて生じるものです。ですから、虹を見る為には、気象条件ももちろんですが、太陽との位置関係も重要となってきます」
「そんなことはどうでもいい。虹の麓について、何か教えてくれ」
ぶっきらぼうに発せられたその言葉は、有識者だという男のプライドを刺激した。
「キミが分かっているか知らないが、虹に触れることは、当然出来ない。それと同じで、虹の麓なんて存在しない。これは、常識だ」
そして、夢見がちな冒険家を嘲笑うように「どうかしている」と吐き捨てた。
その態度に、今度は、彼がムッとした。
「お前のような賢いだけの男に教えてやる」そう前置きし、彼は言う。「ケータイのような今ある最新技術を百年以上前の人間に口だけで説明したら、お前だって『どうかしている』と嘲笑されるぞ。自分で可能性をゼロにするお前の考えは、進歩出来ないバカの考えだ」
そう言われ、男は、何も言い返す事が出来なかった。幅広い知識を持っているはずなのに、言葉が見つからず、ただただ口をパクパクさせている。
彼は、呆然とする男に背を向け、虹の麓を探す冒険を再開した。
ジョウロで水を流し、虹を作ってみた。
しかし、目の前にあるはずの虹ですら、その麓を見つけられない。
虹の切れ端は見て確認出来るのだが、それは虹の麓ではない。
――地面から空に向かってかかる虹色の橋、その麓を見たい
彼がそう思っているうちに、ジョウロの水が無くなり、虹が消えた。
そしてまた、彼は、虹の麓を探す冒険を始める。
行くアテが無くなれば、また誰かに話を聞く。
「虹の麓について、情報が欲しい」
彼は、世間からの評価は得られないが、それなりに知識が多く、自らを賢者と言っても過言ではないと語る男に、話を聞いた。
「虹の麓は、ある」
そう語る男の話に食いつき、彼は目を見開いた。
「本当か?」
「ああ、本当だとも。俺は直接見たことないが、確かに存在するらしい」男は、雄弁に語った。「虹の麓には、肉体を失った魂が集うのだ。そこから魂たちが、天国へ行く。つまり、虹とは、この世とあの世を繋ぐ架け橋なのだ」
「ど、どこに行けば良い?」
彼は、身を乗り出して訪ねた。
彼の質問に、男は答えた。
そして、疑うことを知らない彼は、男にからかわれたことにも気付かず、虹の麓への手掛かりがある場所として紹介された、治安の悪い街へと足を運ぶ。
そこは、お世辞にも綺麗な街とは呼べない場所だった。
汚い街。
だが、死んだ街ではなかった。
ケンカや強盗、酒やギャンブルは在り、活気は在った。
大人も子供も、無法という秩序の中で生きている。
そんな街では、虹の麓はおろか、虹すらも見る事が出来なかった。
――ここでは、ない
彼は、数日歩き回った末に気付いた。
有力だと思っていた情報が外れ、彼は落ち込んだ。
落ち込んだ彼の行き先は、酒場だった。
沈んだ気持ちを酒で洗い流す目的もあるが、それはついでだ。酒場であればもしかしたら虹の麓について情報を得る事が出来るかもしれない。この街で何も得ないまま次の場所へ移動する前に、何か些細な事でも情報があるかもしれないという淡い期待を持って、酒場へ向かった。
薄暗い酒場で、カウンター席に座って静かにグラスを傾ける。
店内は、これがBGMだ、とでもいうふうに人々の喧騒があった。
だが、彼は、自分の世界に静かに浸っていた。
――何処に行けば?
――本当に、見付けられるのか?
弱気な思考を嫌った彼は、それごと流し込む勢いで酒を飲んだ。
「おっ、どうした、兄ちゃん?」
酒を口に流し込む彼の姿が目に入って気になったらしく、見ず知らずの酔っ払いおじさんが、彼に話しかけた。
「嫌な事でもあったみたいだな。そういう日はそうだ、酒で嫌な事を忘れるのが良い。だがな、何があったか知らないが、やまない雨は無い!いつか、きっといいことがある!」
酒が入って陽気になったおじさんは、悩みを抱えているらしい人生の後輩に助言した。親切心からとは違う、厳しい街で生き抜いている者の自慢に近い激励だった。
だが、理由はなんにせよ、励ましの言葉をかけたのは事実だ。
だから、彼が「当たり前だ!」と怒り調子で返した時、おじさんは驚いた。
「雨は、いつかやむ!当然のことを偉そうに言うな!」
その言葉に、おじさんはムッとした。
自分を否定された気がして、機嫌を損ねたのだ。
「確かに、当然だな」おじさんは、仕返しの様に言う。「雨はいつかやむのは、当然。ならば、晴れの日が来たとしても、太陽だってずっと出ているワケではない。必ず沈むし、厚い雲に隠れる事もある。すぐにまた、別の冷たい雨に濡れるぞ」
脅しをかけたつもりだった。
だがしかし、彼は「当たり前だ!」と調子を崩すことなく返す。
「晴れの日が続いて、いつまでも雨が降らないと困るだろ!」
その言葉に、おじさんは、今度はキョトンとした。
呆気に取られている。
が、ややあってから、笑い始めた。
「あっはっは。そうだな、その通りだ!」
彼の頭の中は『虹』と『虹の麓』のことばかりだ。が、それを知る由もないおじさんは、例え話をそれと気付かない彼のことを『どんな逆境に在っても折れない精神力を持ち、尚且つ自分を成長させる為の苦難を好む、そんな若者』であると勝手に解釈した。
おじさんは、間違った解釈にも気付かずに彼を気に入った。
「今日は、俺が奢ってやる。ほれ、遠慮せず飲め!」
しかし、突然気に入られても、彼はワケが分からず混乱してしまう。
結局、おじさんを変な人だと判断した彼は、逃げるように酒場から出ていった。
酒場で飲んだ次の日。
街から出ようとした彼は、街の外れで偶然出会った青年に声をかけた。
「虹の麓について、情報が欲しい」
彼が声をかけた青年は、自分のことを知識もないし賢くもないと語るような男だった。彼が「少し尋ねたいことがある」と言っても、その日生きる事だけで精一杯で、誰かの質問に答えられるような事は何も知らない、とも言っていた。
だが、彼の探しているモノは、知識や賢さとは別の所にあるものだから、彼はそれでも構わなかった。
「何でもいい。虹の麓について、知っている事があれば教えて欲しい」
そう言われても、青年には、彼の期待に応えるだけの答えを持っていなかった。
しかし、だからと言って、「すいません」で話を終わらせることはしなかった。
「なんで?」青年は、純粋な疑問を口にした。「なんであなたは、虹の麓を探すのですか?」
青年の質問に対する彼の答えは、簡単だった。
「見たいから」彼は、言った。「俺は、冒険家として世界中を回った。基本的に自分の見たいもの、知りたいことを探して、世界中を旅した。虹の麓に関しても、最初は、ただの好奇心から探し始めた。そんな旅の中で、自分の意思とは関係なく、見たくなくても目の当たりにした現実がある。世界には、理不尽に、不幸のうちに死んでいく者がたくさんいた」
「それが…どう、関係するのですか?」
話が見えず、青年は訊ねた。
「虹は、この世とあの世を繋ぐ架け橋らしい。で、虹の麓には、あの世へ行こうとする魂が集まるらしい。俺は、望まなくとも色んな命の最期を目にした。何を出来るワケでもないが、一度くらい魂たちを見送りたいと思った。根拠はないが、きっとそこは綺麗で、言葉に出来ないほど綺麗で、自然と涙が零れる場所なのだろうと思う。だから、ぜひとも見たい。もし想像と違っていても、それでも見たい」
彼は、言った。
その言葉は、その日を生きる為だけに生きている青年には、全くの別世界の事のように聞こえた。彼そのものが、別世界のヒトのように見えた。
人は生まれて生きて死ぬ、それだけのことだと思っていた青年に、新鮮な風が吹いた。
明日を生きる為に今日を生きる、そんな青年の考えに風穴が空いた。
「あの…もしよかったら、もっと話を聞かせてくれませんか?」
「ん?」
青年の頼みの意図が分からず、彼は首をかしげた。
しかし、「少しでもいいので、もっと何か話を聞かせてください」と言う青年の言葉は、なんら複雑なことではない。
だから、彼が気にしたのは、何で、という理由だった。
――何で、俺の話なんて聞きたがるのだろう?
不思議に思ったが、問い掛けて答えを求めるほど心惹かれる疑問ではなかった。
――まぁ、いいか。急ぐ旅でもないし、どうせ次に行く所も決まってないから、ここで少し脚を止めても
そう決めた彼は、「いいぜ」と青年に答えた。
青年は、顔をパァッと明るくし、「ありがとうございます」と頭を下げた。
そして、二人は近くに在った柵に寄り掛かり、話をした。
話をしたと言っても、語るのはほとんど彼であり、青年は、嘘か真か分からないような話を聞き続け、開いた口からは「はぁ~」「へぇ~」などの感嘆の声だけだった。
彼の話は、冒険の本筋だけではなかった。
むしろ、宇宙人との交流の話なんかよりも、パソコンや書物で調べれば済むような『世界の話』を青年は聞きたがった。
彼が世界中を冒険して、見た世界。
そんな話が聞きたいのか? と不思議に思ったが、彼は話した。
「あの国は、陽気な人が多く、居るだけで楽しい気分になった」「あの国は、自然に囲まれていた。不便に感じる事も多いが、何不自由なく人々は生きていたよ」「あの国は、紫色のジェル状の物があちこちに落ちていたなぁ。触ろうとしたら現地の人にすごい剣幕で止められたが、あれは何だったのだろう?」「あの国は、経済や技術力など、いろんな面で発達していた。けど、俺は、生涯住み続けたいとは思わなかったな」「あの国は、内乱が続いていた。幼い子供が、親を亡くして血を流している姿を見たら、すごく胸が痛んだよ。自分は彼らと比べたら幸せすぎる環境にいるのに、それを気付かずに生きているのだと知り、自己嫌悪になったよ」「あの国は、小人ばかりだった。御馳走になったもてなしの料理も、味は美味しいのだが少なくてなぁ、常に小腹が空いていた」「あの国は、恵まれているのに、みんなが小さな不幸を嘆いていたな」「あの国は、果物が美味しかったなぁ。日照時間が長いからなのかな、美味しい果物ばかりだったぜ」「あの国は、酒好きが多かったなぁ。度数の高い酒を浴びる様に飲むから、付き合わされると逃げたくなる」「あの国は、―――――」
彼は、話した。
楽しい事、悲しい事、驚いた事、苦しんだ事。
青年に色んな事を話した。
そして、気付けば辺りが暗くなり始めていた。
「っと、もうこんな時間か…」
空を見て時間の経過を知った彼は、話すのをやめた。
青年も、時間の経過に気付いてなかったようで、「す、すいません!」と慌てふためいた。
「こ、こんな遅くまで、俺のせいで…」
恐縮して青年は謝ったが、彼は「いいよ」と気にしていない様子だった。
「たまには、ゆっくり話をするだけの日があってもイイ」
それを聞いた青年は、安心したのか、笑みを浮かべて「ありがとうございます」と頭を下げた。
「いや」
そう言うと、彼は、青年に背を向けた。
予定外のことでこの街でもう一泊することにしたので、宿を探そうと歩き始める。
しかし、立ち去ろうとした彼の背に、「あ、あの!」と青年が声をかけた。
「ん?」
彼は振り向き、再び青年と向き合う。
二人の間に、一瞬の沈黙が流れた。
青年は、視線が安定せず何かを躊躇っているようであったが、意を決すると口を開いた。
「あの、俺には、あなたの探している『虹の麓』がどこにあるのか分かりません。それに、本当にあるのかどうかも…」
「うん…」
静かに語る青年の言葉を、彼は聞いた。
「でも…いや、でもっていうか……その…」
「ん?」
「今日 俺、すごく感動しました。あなたの話を聞いて。だからその、あなたがこれからも世界中を冒険するつもりなら、今日俺にしてくれたように、世界中の話を、あなたがその眼で見た事、肌で感じた事を、もっとたくさんの人に伝えてください」
「ん?なんで?」
彼は、青年の真意が分からず、首をかしげた。
しかし、上手く伝えられなくても、それでも青年は、真剣な想いを必死で伝えた。
「昔、俺のじいちゃんが言っていました。『この街は貧しくても、世界には裕福な場所がいっぱいある。けど、場所が裕福な事と心の幸せは、必ずしも一致しない。だから、いつまでたっても世界は泣いている』って。俺、その言葉の意味がずっと分からなかったけど、今日あなたの話を聞いて、何か少しだけ分かった気がします」
「それは…良かったな…?」
彼は、ますます首をかしげた。
「あなたの話を聞くだけで、色んな事を考える事が出来ました。学もない、バカな俺でも。だから、あなたが俺にしてくれたように色んな人に話をすれば、たくさんの人が考える事が出来る。そうすれば、もしかしたら世界の涙が止まるかもしれない」
「ん?んん…」
「俺には、虹の麓がある場所なんて分かりません。けど、世界の涙が少しでも止まれば、そうすれば平和の架け橋が伸びるかもしれません。そして、涙の雨がやみ、世界に光がさせば、きっと虹が現れます。その時、あなたのいる所が『虹の麓』になるような、そんな気がします。だから…」
青年は、自分でも良く分からない事を言っている自覚は在った。しかし、それでも伝えたいことは伝えたつもりだった。伝えた結果「良く分からない」と難しい顔をした彼に言われても、悔いはなかった。
しかし、
「けど、やってみよう。やる価値はありそうだ」
と彼が言った時、青年は嬉しくなり、笑った。
冒険家の彼は、虹の麓を探して、世界中を冒険した。
冒険は、困難を極めた。
虹の麓が見付かる気配が、全くないからだ。
彼は、虹の麓が何処にあるのか分からず、世界中を渡り歩いた。そして、たくさん世界を回った彼は、たくさんの人と出会い、時には出会った人に自分の経験を話して聞かせた。
ある時、彼の物語を嬉しそうに聞いていた少年が「なんで、こんなに楽しいお話を聞かせてくれるの?」と訊いた事があった。
「俺にもよく分からないが、ある青年に言われたからだ。それに、今では俺も楽しいし」
彼は、そう答えたらしい。
「それじゃあ、次は少し悲しい話にしよう。楽しいだけでは、きっとあの青年に文句言われる」
虹の麓を探し、たくさん世界を回り、たくさんの人と出会い、たくさん話をした冒険家。
彼は、長年の冒険の末に、死んだ。
年老いた彼は、「イイ人生だった」と最期に語っていたそうだ。
だが、結局最期まで、彼は『虹の麓』に辿り着けなかった。
冒険家の死は、世界中に知れ渡った。
彼の話を聞いて考えさせられた人がたくさんいて、時には生きることに前向きになれた人がいたり、時には紛争が収まったりもしていたらしい。本人に自覚は無いが、たくさんの人にとって、彼は、「恩人」や「ヒーロー」という呼ばれ方をする特別な人だった。
だから、彼の死に、多くの人が涙を流した。
しかし、ふとみんな、あることを思い出す。
「世界の涙が止まった時、虹がかかる」
彼の言葉だったか、はたまた彼の言っていた誰かの言葉かは知らないが、その言葉を思い出した人々は、涙を止め、笑顔で言った。
「ありがとう」
涙の雨がやみ、笑顔の光がさした。
世界のどこかに、虹が架かった。
――もしかして…?
――やっぱり、そうか…
――ふぅ……
――最期に、やっと見ることができた
――思った通り、悲しい位に美しい場所だ
――悲しいからかな?
――それとも、悔しいのかな?
――いや、嬉しいのかな?
――良く分からないけど、涙が止まらない
――この気持ち、あの青年に話したいな
――この感動を、誰かに伝えたいな
――やっぱり、この涙は悲しいからかな?
――ずっと探していた場所に来られて嬉しいはずなのに、悲しい…
――まだ向こう岸には行きたくないって、思っちゃうよ…
――けど……仕方ないよな…
――そうだよ…
――色んな死を見てきたけど、俺は絶対幸せな死に方だった
――それだけでも、喜ばないと…
――うん…
――俺は、最高に幸せだった!
――最高の死に方をした!
――死んでからでも、願いがかなった!
――悔いは、ない!
――この橋の向こうにも、きっと冒険は在る
――死は、怖くない!
――涙は止まらないけど、笑いも止まらない
――最高だ!
彼は、最期に『虹の麓』に辿り着いたらしい。
そして、そこから嬉しそうに天国へと旅立ったそうだ。