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冒険者の副業  作者: 月永
一章
2/2

002. 異世界の調べ




 木漏れ日が揺れる森の中。木々が途切れてぽっかりと穴が開いたような小さな草地の中央、透明感ある煌めく黒いモノリスの前にその日、飴色の髪をした一人の少年が転送魔法に包まれて降り立った。

ゆっくりと開いた灰色の瞳が周囲を見渡し、モノリスに写る自分の姿を確認する。

「注文通りだな」

 モノリスに写るのは二歳ほど若返えった自分の姿。

ゆったりしたシャドーブルーの上下服に革のブーツを履き、腰のベルトにはポーチとナイフや短剣が装備され、グラスグリーン色のローブを纏っている。

足元に置かれたリュックの中を軽く確認すると着替えや木製食器などが入っていた。

「にぃー」

 そして、モノリスの影からでてきて足元にじゃれつく小さな可愛らしい琥珀色瞳をした黒猫。

「……っ」

 言葉もなく子猫の愛らしさに少年は悶える。

もしかしたら使い魔だからこそ特に可愛いく思えるのかもしれないが、マンション暮らしで猫を飼うことが出来なかった事を今更ながら本気で悔んでしまった。

 指先にじゃれつく子猫の撫で心地を堪能しながら、名前を決めなければと思いつき、何がいいだろうかと考える。

黒猫だからクロ……は安直すぎだな……ノワール……も、あまりしっくりこない……シュバルツ、そうだ……。

少年は子猫を両手で持ち上げた。

「よし、今日からお前の名前はルツだ。宜しくな、ルツ」

 自分でつけた名前に御満悦な様子で頷く少年に、にぃーという鳴き声と共に柔らかな声が頭に響く。

『ルツ、ボクの名前ルツ、よろしくマスター!ますたー?』

 驚きに固まったあとに嬉しい思いがこみ上げて少年は笑みをこぼす。

「……凄いな、こんな風に聞こえるんだ。ああ、俺が声に出さなくても大丈夫か?」

 試しに「ルツ、聞こえてるか?」とルツに話しかけるつもりで思考してみる。

『聞こえてるよーマスター』

「おお」

 ルツを胸に抱え、ひとしきり子猫をなでてゴロゴロ鳴かせ挨拶をすませると、少年は改めて目の前に立つモノリスに向かい合って立ち、ルツに顔を向けて尋ねる。

「確か、これに祈ると魔法が手に入るんだったな」

『うん。適性のある魔法の知識と簡易な浄化魔法(ピュアファイ)が使えるようになるよ』

 どうやら異世界知識は使い魔の相棒が教えてくれる仕様になったようだ。

「ピュアファイ?」

『昔ね、気まぐれに世界に降り立った神様がトイレの文化が進まなくて酷い悪臭がするのに耐えかねて世界各地にあるこのモノリスを通じてこのお告げと一緒に浄化魔法を授けたんだって。魔力があんまりない人でも一日に数回は使える魔法だったから、その後、飛躍的に衛生面が向上して人口も増えたんだって』

 それでも、まだこの世界には魔の森や砂漠など人々が手出しできない未開発地域が七割以上あるらしい。

「もしかして、モノリスが信仰の対象になっていたりモノリスを中心に街や村ができていたりするか?」

『うん。宗教のほとんどは唯一神として、その時の声の神様を信仰しているよ』

「他にも信仰がある?」

『他は精霊信仰。精霊は神様に仕えているものとしてだけど、神さまより身近な存在として精霊を強く信仰する地域もあるよ』

「そうなんだな……さて……」

 少年は、ルツを肩の上へと移動させて、モノリス掌をそっと沿わせる。

そして、力を欲して祈り瞳をを閉じると、頭の中に一つの魔法陣と詠唱が浮かんできた。

「判りやす……っ」

 目開けて納得した次の瞬間、頭の中に次々と魔法陣と詠唱が滝のように降り注ぎ続ける。

『マスター!?』

 頭を抱えて座り込み呻く少年をルツは心配しておろおろと慌てて肩から降りる。

マスターを見上げて、にぃーにぃーとルツが鳴いていると、ようやく治まったのか少年は、僅かに顔を上げ溜息を吐いた。

『大丈夫?マスター』

 確かに魔法は覚えられたが、副作用が酷い。

一気に詰め込まれた為だろう、ズキズキと頭が痛んだ。

「……ここでこのパターンか……油断した……」

 少年は、朝露に湿った下草の上に座り込み瞳を閉じて片方立てた膝に腕と頭をのせる。

「ルツ、ちょっと休む」

『はい、マスター』

幸い身に着けているローブはしっかりと防水効果があるようで濡れずに済んだ。

 そうしてしばらく。

少し落ち着いた少年は、足元にいるルツへと顔を向けて問いかける。

「ところで」

『なになに?』

「今居るのはどういう場所になるんだ?」

 割と今更な質問ではあったが、ルツは気にしていない様子ですぐに少年の疑問に答える。

『西方の大陸リドニーク南西にある魔の森の真ん中辺りかな?』

「……周囲に魔物がいないのはモノリスのせい?」

 神様が魔法を授ける聖なるモノリスの周囲には魔物が寄って来ない仕様なのかと少年は思ったのだが……。

『違うよ? 魔力がダダ漏れなマスターが原因』

「……」

 獣の本能で何者も寄って来ようとはしない状態らしい。

少年は無言のまま、座った状態からがっくりと脱力するように横に倒れ込み目を腕で覆う。

……ルツが心配して鳴く声が、妙に遠く聞こえ、そのまま五分ほど休んだだろうか。

 身を起こした少年はその勢いのまま立ちあがり、周囲に視線を巡らせるとモノリスを見つめながら無言になった。

 ルツは尻尾をゆっくりと振りながら様子をみていると、少年は駄々洩れと言われた魔力をどうにかしようとしているらく、時々小さく唸ったり首を傾げたりしながら色々試し、程なく魔力の制御に成功させてみせた。

 少年は、とりあえず気配を抑えることが出来るようになっただろうと、魔力を身の内に閉じ込めて維持できるようになったことに安堵に息くと、魔力を抑えたことで魔物が近寄って来るかもしれない可能性を考え魔法を試すために、今度は魔法を発動させる鍵になる言葉を試すことにしたらしい。

「アースウォール」

 魔法名を唱えたあとに、魔力が動いて森と草地の境目の一端がイメージした通りの土の壁が盛り上がったのを確認した少年は、続いて片手を土壁に向かって伸ばして火の矢を飛ばファイアボールと唱えて魔法を発動させて的確に狙い撃ち、そのあと無詠唱でのウォーターボールも発動させた。

「結構いけるな」

『……』

 少年の言動にルツはポカン口をあけて呆ける。

 そう簡単に魔力を制御することなど出来ないのが一般的なのだが……。

『マスターは、結構非常識な人だったんだね……』

「そう?」

 ルツの言葉に、少年は不思議そうに首を傾げるが、ふと、友人たちにもそのように言われたことがあったなと思い出す。

 あの時は、お前らの方がよぽど非常識だと言い返したのだが……こちらの常識を知らないこともあり、残念ながら今の自分には返す言葉がなかった……。

『魔法が使えるなら早速魔物を狩ってみる?』

 この様子なら戦闘も問題ないだろうと判断したのであろうルツに少年は小さく首を左右に振る。

「いや……遠慮しておくよ。この辺の魔物は強そうだ」

 遠く離れて居ても分かるほどの威圧の気配を感じる少年としては、ルツの提案に乗る気にはなれなかった。

 ここは定石通りに弱い魔物から慎重に相手にするべきだろう。


 この場所は彼らと高校生活を過ごしたのとは異なる場所、異なる世界。

一度死んでしまった自分は、今度こそ、永く人生を謳歌しようと決心してこの世界に来たのだから……。







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