第5話 「革新的な新技術」
次の日、明は嬉々として病院に向かった。昨日はパニックのような状態で病室に駆け込んだので、改めて病院の概観を見るのは初めてだった。
建物はそれほど大きくはない。三階建てで、白く塗りたての壁が際立って見えた。
気になったことが一つあった。佐々木外科とは看板に書いてあるが、美容整形とは一文字も書いていなかった。
明は首をひねりながらも、自動ドアをくぐり受付に向かった。受付には若い看護婦がいた。
「斉藤明と申しますが、すいません、ここが美容整形の受付なんでしょうか? ちょっとよくわからなくて」
「ああ、斉藤明さんですね。先生からお話は伺っております。診察券をこちらに」
「はい」
診察券を看護婦に渡して、待合室の席に着こうとしたとき明は驚いた。
椅子が大体三十人は座れそうな数が用意されているのに、待合室は満席で、立って待っている人がいるほどだった。
明は自分が知らなかっただけで、実はとても有名な美容整形外科医だったのかもしれないと思った。
だが、不思議なのは待合室で並んでいる人たちの顔ぶれである。
主婦のような感じの人から、老人まで色々な人たちがいた。
中には美容整形の必要など全くなさそうな、モデルのような人も何人かいた。
一体何のために彼らは美容整形をしようとしているのだろうか? 明は不思議に思った。
しかも、みな悩みを抱えているように押し黙っており、そして何かを覚悟しているかのようだった。
おかげで、待合室は沈黙に包まれて異様な雰囲気になっていた。
ただ事でない様子に明は息苦しさを感じながら、名前が呼ばれるのを待った。
明がようやく診察室に通されたのは三時間後だった。
診察室に入ると、昨日会った佐々木がいた。
昨日と同じく白衣で椅子に座っている。感情のないような表情は相変わらずだ。
「長い時間お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、それにしてもすごい患者さんの数ですね」
「ええ、おかげさまでね。時間もあまりないので、さっそく本題に入ることにしましょう」
「よろしくお願いします」
佐々木は説明を始めた。
「遥さんの傷を消す方法。私は昨日美容整形という単語を使いましたが、あなたが思っていらっしゃる美容整形とは全く違うものだと考えてください。当院ではまず患者さんが理解しやすいように美容整形という単語を使っています。まあ、例えみたいなものです。なので、ここからは仮に当院の整形を『特殊整形』とでも呼ぶことにしましょう。特殊整形は本来の目的からすれば、これは美容整形という範疇には収まらない治療法なのです。そして、その効果は従来の美容整形とは一線を画しているといえます」。
特殊整形‥‥と明はつぶやいた。明は美容整形業界にそんな革新的な進歩が起きていたとは全く知らなかった。ちょっと自分の無知を恥じた。
「そんな新しい技術が生まれていたとは全く知りませんでしたよ」
「それはそうです。まだこの技術を確立しているのは当院だけですからね。知らなかったというのも当然だと思います。一般的な知名度は皆無ですから。しかし、待合室を見てお分かりとは思いますが、これまで手術を受けた方々からは絶大な支持を受けております。ありがたいことに、口コミだけで毎日患者さんが殺到しているのですよ」
「それはすごいですね。先生、それはどんな方法なんですか?」
「まあ、説明いたしましょう。言葉だけでは説明しにくいのでこちらへどうぞ」
そういうと佐々木は立ち上がり、隣の部屋へと歩いていった。明も佐々木のあとを追った。その部屋はさまざまな資料や写真などの山で埋め尽くされていた。隣の診察室の整理整頓された状態から考えると、まるで異世界に来てしまったかのように感じられた。佐々木はいすに座り、明にも座るよう言った。明が座ると佐々木は説明を始めた。
「では当院独特の特殊整形について説明をいたしましょう。しかしその前に、そもそも整形とはなにかについてから説明せねばなりません。斉藤さんは美容整形とは何だと思いますか?」
急に質問を受けてしまい、明はどぎまぎしてしまった。
「美容整形とは何か、ですか。うーん‥‥なんですかね」
「いえ、そんなに難しく考える必要はないのですよ。整形というのは、『顔や体の形を変えること』であります。事実を述べればそれまでです。しかし、美容整形を希望する人々の目的は、『顔や体の形を変えること』、それ自体が目的ではありませんね」
「はあ」
明は適当な相槌をうった。
「そう、美容整形を受ける患者さんの目的は『顔や体の形を変えること』にあるのではなく『今よりも美しくなること』にあるのです。『そして今よりも美しくなる』という事をさらに突き詰めると、『自分は醜いという苦しみから解放されること』が目的であるといえます。この『自分は醜いというコンプレックスを解消する』という事が美容整形の目的であります。しかし、ここで厄介なことは美しさというものは絶対評価をすることはできない、ということでしょう。美しさというものの基準は見る人それぞれです。どんな絶世の美女でも、百人が見て全員が美しいと思うとは限らないでしょう? 中にはその美女を醜いと感じる人もいるかもしれません。例を出してみましょう。ちょっと言い方は悪いですが、自他共に認める不細工な女性がいたとします。その不細工な女性は、自分は不細工であるという苦しみから解放されたいと願い、美容整形をしました。整形が終わり、周りの人々は彼女を見て、以前よりもずっと美人になったと感じました。しかし、当の本人は、整形の結果に納得がいかず、自分は美しくなったどころか、自分は前よりも不細工になったとさらにコンプレックスを抱えてしまいました」
佐々木は一つ咳払いをして続けた。
「さてこの場合、彼女の整形手術は成功したといえるでしょうか?彼女は周りの人々が考えている美しさは手にしましたが、彼女の中では自分は醜いというコンプレックスを抱えたままです。美しさを測る絶対的なものさしがないために、外見を変えるだけの、従来の整形手術では、『自分が醜いという苦しみ』から解放されないことがよくあるのです。そこで、私は新たな整形手術である特殊整形を考え出しました。」
そこまでぼんやりと聞いていた明は、いよいよ本題に入ってきたと感じあわてて背筋をのばした。
「特殊整形は従来の整形とは異なり、根本的な解決を図るものです。自分が醜いと感じる患者はこの特殊整形のある方法によって、患者は自分が満足できる完全な美を得ることが出来ます。さらに画期的なことに特殊整形は、自分の醜さの苦しみだけでなく、人間が抱える全ての苦しみ、コンプレックスを解決できるということです。どんな悩みも特殊整形さえすれば全て解決なのです」
明は驚いた。自分が知らぬ間にそんなに医学が進歩していたとは。しかし、いったいどのような方法なのだろうか。質問しようとする明を遮るように佐々木は立ち上がり、部屋の電気を消すと壁の何かのスイッチを押した。すると映写機が動き出し壁に映像が映しだされた。
これまで短編しか書いてこなかったので、連載モノの難しさを実感しています。短編とはまた違った難しさがありますね。最近では家でも電車でも小説のことばかり考えています。なので、感想、アドバイスいただけたら幸いです。
よろしければ、この話の続きにもお付き合い下さい。




