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第2話 「遥との出会い」

   ― 1ヶ月前 ―

 

 会社ではみんなそれぞれの仕事を終えて、家路に着き始めていた。携帯電話で奥さんに、仕事を終えて今から帰ると連絡をしている課長。笑い声をあげて話しながら、肩を叩き合っている同僚。おそらくこれから飲みにでも行くのだろう。


 明もデスクに散乱した書類を鞄に詰め込んで、帰り支度をしていた。しかし、明は頭では別のことを考えていた。恋人の遥のことだ。家で明のために夕食を作って待ってくれているはずの遥の姿を想像していた。


 明は、遥と付き合いはじめてもう三年になる。

 知り合ったきっかけはドラマチックでもなんでもなく、友人主催の合コンだった。明は大学時代から女性にはもてたほうで、自分でもそのことを自覚していた。明がこれまで付き合ってきた女性は、彼にとっては単なる娯楽の一部でしかなかった。女性と出会って、適当に遊んで、ホテルへ行く。そのゴールまでいかにして到達するか。徐々に相手の気持ちを盛り上げて、いかに自分の思い通りに相手の心を掴むか。サッカーの作戦でも考えるようにして、自分の考えた筋書き通りに事が進む。そのときに明はまるでゲームに勝ったような快感を覚えた。


 男女関係なんてきっとそんなゲームみたいなものだ。心が通じるなんてそんなものは幻想だ。赤い糸なんてものは少女漫画の中だけにしてくれ。明はそんなふうに考えていた。しかし、駆け引きを楽しむ恋愛ゲームの繰り返しにだんだん嫌気が差し始めていたのも事実だった。そんな明だったから、遥と合コンで出会って初デートに誘うまでは、いつも女性を誘うときのように完全に遊び感覚のつもりだった。


 合コンの三日後。明は仕事を早めに切り上げて、遥を素晴らしい夜景を見ることができるレストランに連れて行った。ここは明が女性と付き合う初デートのときに必ず連れて行く場所だ。長年務めているウェイターらしき男性が、来るたびに女性を変えている明の顔を覚えてしまったようで、やっかみ半分、羨望半分のまなざしを浴びせながら料理を置いていった。そんなまなざしを受けることも明にとってまた快感だった。


 料理も一通り出揃って、ここからが恋愛ゲームの始まりだ。

 テーブルを挟んで交差する視線。共に笑顔を見せながらの腹の探りあい。気のあるそぶりや意味ありげな台詞を交わす。ときには押してみたり引いてみたり。そんないつもどおりの応酬が繰り広げられると思っていたのだが、食事を続ける間に遥からそういった駆け引きが持ち出される気配は一切なかった。

 遥は会社での面白かった出来事や、自分の生い立ちなどを目を輝かせて一生懸命喋っていた。そして、明のちょっとした冗談によく笑った。そこからは恋愛の駆け引きといったものは感じられなかった。明はなんだかじれったくなってたまに鎌をかけてみたりしたが、そんな明の思惑に気づきもしないのか、遥はなおも楽しそうに話を続けるだけだった。

 

 レストランを出て、だいぶ遅くなったのでこの日のデートはそこで終わった。明は車で遥のマンションまで送っていったが、明は家に帰ってもなぜか遥のことが頭から離れなかった。

おかしい。これは俺のペースじゃない。なんだかあの子に引きずられている気がする。全く、あの子は一体どういう子なんだ。

 思い通りにいかない展開に苛立ちと悔しさを感じながらも、何となくその笑顔から感じられる純朴さが気になり、その後も何度か会うようになった。


 明は遥の笑顔を見ていると、なんだか暖かい気持ちになる。自分でも信じられなかったが、時がたつにつれて明はそんなことを感じ始めるようになっていた。彼女が笑えば明も笑う。明が今まで付き合ってきた女性とは違い、一緒にいればいるほど、自分が彼女に惹かれていくのを感じた。

 恋に理屈など関係ない、というどこかで耳にしたようなフレーズ通りの体験をまさか自分がすることになるとは。そんな自分に明は気恥ずかしさを感じながらも、どこか嬉しさを感じた。

 そして、いつの間にか明は遥のことを本気で思うようになっていた。これが本当の恋というものだったのか。今まで自分がしてきたのは恋愛でさえなかったのだということを実感した。二十三歳にもなってこんな感情を初めて感じるなんて、自分の青さに苦笑するしかないが、妙に明は幸せだった。


 そして、出会って一ヶ月が過ぎた頃。明は生まれて初めて本気の告白をした。駆け引きも何もなくストレートに。遥に気持ちを伝えるには婉曲表現では伝わらないということをようやく悟ったのだ。

 いつものように食事をしてから、公園に向かった。ベンチに座って、明は遥の目を見つめる。

 しばらくの沈黙。それから明は心を決めた。

「あの、言いたいことがあるんだけど聞いてくれる?」

「何?」

 遥は小動物を連想させる丸い目を明に向けた。

 なんで俺緊張しているんだ?こんな状況もう慣れているはずなのに。

「えーとね、あー、つまり‥‥」

 うまく言葉が出てこない。遥はじっと明の顔を見つめている。

 明は緊張を振り切るように大きく深呼吸して、思い切って正直な気持ちを言葉にした。

 

「好きです。俺と付き合ってください。」

 ああ、だめだこりゃ。やっぱり自分の素直な気持ちを人にぶつけるなんて、俺の流儀じゃない。ダメならダメでしょうがない。遥から断られる不安を覆い隠すように、明はなんだか妙な言い訳を心の中で必死にしていた。


「ふふっ」

 遥が笑う。

「へ?」

「明くんって面白いね。はじめてあった時はもっとクールな人かと思ってたのに。今の告白なんて、なんだか中学生みたい。ふふふ」

 やばい、笑われてる。どうしよう‥‥

 やっぱりストレートすぎたかな。ああ、もっといつもみたいにちゃんと口説き文句を考えてくるんだった‥‥

 明は遥の笑いに合わせて苦笑いを浮かべる以外に、どういう表情を浮かべていいのかわからなかった。


「じゃあ、今度はどこに連れてってもらおうかな」ぼそりと彼女が言う。

「へ?」

「そうだ、この際もっと中学生気分を味わうために遊園地なんかどう?久々にジェットコースターに乗ってみたいな」

 それを聞いて、明は確認するかのように遥に問う。

「じゃあ、それってつまり‥‥オッケーってこと?」

「当たり前でしょ。嫌だったらこんなに何回も会うわけないじゃない。もう、明くんしっかりしてよね」

 そう言って遥は、また微笑んだ。

 それを聞いて、明は思わず何年ぶりかのガッツポーズを見せてしまった。



わかりづらいかもしれませんが、この第2話からは、1行目にあるとおり第1話から1ヶ月前の話です。それをうまく表現できればよかったんですが、なかなか難しいですね。よくわからなかった方はもう一回読んでみてください(笑)

作者は恋愛の絡む話を書くのが初めてだったので、結構苦労しました。でも書いてて楽しかったです。ちなみに、この第2話は話全体から妙に雰囲気が浮いている気がします。

もし、よろしければこの続きもお付き合い下さい。


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