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第9話:空っぽの箱庭と、鎧の下の本当の願い

 蜘蛛の巣状に割れたスマホの破片を見下ろしながら、俺の口から滑り落ちたのは、氷のように冷たくて、最低な責任転嫁だった。


「……結局お前も、俺の言葉より自分の数字ノリが大事なんだな」


 わざとだった。


 葵の古傷を容赦なく抉ってしまった己の罪悪感と、『安全な場所から見てるだけ』という残酷な図星。その両方の激痛に耐えきれず、俺は自分の非から目を逸らした。


 脳裏にフラッシュバックする中学の記憶。俺の緻密な分析を「ノリが悪い」と笑い飛ばしたあの空気を盾にして、俺は最も卑怯な「プロデューサーの鎧」へと逃げ込んだのだ。


「ああ、お前の言う通りだ。俺は傷つくのが怖くて、安全な場所からお前を利用してただけだ。……お前が自分を捨ててまで数字にすがりつくなら、俺の分析はもう必要ない。契約は終わりだ」


 葵は何も言い返さなかった。震える手で破片を拾い上げ、顔を伏せたまま教室を出て行く。スライドドアの重く鈍い音が、俺たちの間に決定的な境界線を引いた。


 双方が『プロデューサー』と『インフルエンサー』という鎧を言い訳にして本音を隠し、互いの地雷を踏み抜いた結果。俺たちの関係は、最悪の形で決裂した。


 ――それから数日後。文化祭前日。葵が倒れた。


「星野さん、過労で倒れちゃったみたい」


 廊下でクラスの女子がこぼした噂話が、耳の奥で不快な耳鳴りとなって反響し続けている。


 放課後の教室。段ボールの埃っぽさと、油性マジックのツンとした匂い。明日のメイドカフェに向けた準備が進む中、浮き足立つクラスメイトたちは次々と帰宅し、俺は一人で裏方準備をこなしていた。


 ビーッ。ガムテープを引き裂く鋭い音が、静まり返った教室に虚しく響く。


 窓の外は毒々しいほどの夕焼け。床には、長く伸びた俺の影だけが黒々と落ちている。


 あの決裂以来、葵とは一切口を利いていない。俺は「裏方のプロデューサー」だ。演者の体調管理不足を咎めることはあっても、今さら心配してすり寄る真似はできない。そう理屈をこね、一人で灰色の箱庭に逃げ込んでいた。


 だが、ポスターの裏に両面テープを貼るたび、無意識に隣を向いてしまう。


『ねえ悠真、今の私の可愛さ、100点満点で何点?』


 いつもなら、シトラスの香りが漂い、鬱陶しいほどの熱量で俺の境界線を強引に侵食してくるはずだ。だが今は、どこまでも無機質で冷たい静寂があるだけ。


 手に無意識に力が入り、ベキッ、と段ボールの端が醜く潰れた。


「……違うだろ」


 埃っぽい空気ごと、乾いた独り言を吐き出す。


 俺は、自分の分析力が通用することを証明したかったんじゃない。


 ただ、俺の独り言を笑わずに「面白いじゃん」と言ってくれる奴が欲しかった。


 ストリート系のくだらない格好で、ハンバーガーを食いながら馬鹿みたいに笑い合える時間が欲しかった。


 俺が本当に欲しかったのは、「プロデューサーとしての成功」なんかじゃない。


 「星野葵という親友」だったんだ。


 その単純で、どうしようもなく切実な事実に気づいた時。


 俺が必死に纏っていた「傍観者」という分厚い鎧に、ピシリと、致命的な亀裂が走る音がした。

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