第8話:安全圏の観客と、剥き出しの刃
リングライトの暴力的な白刃が、薄暗い放課後の教室を不自然に切り取っている。
「――だからさぁ、アンチの人たちってホント暇だよね! わざわざ動画見てコメント残してくれるなんて、もはや大ファンじゃん!」
レンズに放たれる葵の声は、ひどく甲高く、上ずっていた。
厚塗りのファンデーション、挑発的に跳ね上げたアイライン。鼻を突くのは爽やかなシトラスではなく、焦燥の汗と、むせ返るような化粧品の匂い。
不快なノイズだ。脳内のアラートは、とうに限界を超えて鳴り響いていた。
「……ストップ。録画を止めろ」
パイプ椅子を蹴り倒し、冷たい床を踏み鳴らしてリングライトの前に歩み出る。
「えっ、ちょっと悠真! 今いいところだったのに」
「どこがいい。間も、声のトーンも、全部ブレてる。何より……」
画面越しの虚像ではなく、目の前に立つ星野葵という生身を真っ直ぐに睨みつけた。
「お前、今全然楽しそうじゃないぞ。そんなの『自分らしさ』の安売りだ」
残酷なまでに的確な分析。俺の正論が、暴走する葵を止める唯一のカードだと信じていた。
――あっ。
口にした瞬間、背筋が凍った。
あの休日のテラス席でこぼれ落ちた、こいつの塞がっていない過去の傷口。『つまらないと言われて、人が離れていった』というトラウマ。
俺は今、一番踏み抜いてはいけない地雷を、悪気もなく踏み躙ってしまったのではないか。
だが、遅かった。
ガンッ!
教室に荒々しい破裂音が響いた。葵が、三脚ごとスマートフォンを床に蹴り倒したのだ。
「……っ、るさい」
俯いた葵の肩が、小刻みに震えている。
「うるさい、うるさい、うるさい!!」
跳ね上がった顔。その瞳には、かつてない激怒と、生々しい絶望が渦巻いていた。剥き出しの刃が、俺の喉元に突きつけられる。
「何もしないくせに偉そうなこと言わないでよ!」
喉を引き裂くような叫びが、鼓膜を殴りつけた。
「私の何がわかるの!? 忘れられるのがどれだけ怖いか、毎日数字に怯えるのがどれだけ苦しいか……悠真には絶対わかんないよ! だって悠真は、いつでも『安全な場所』から見てるだけのくせに!」
「……っ」
息が止まった。
『安全な場所から見てるだけ』。
その一言は、俺が必死に着込んでいたプロデューサーという分厚い鎧を紙屑のように貫き、心臓の一番柔らかい部分を深々と抉った。
――そうだ。俺は、中学の時に俺のノートを笑った奴らと同じだ。
自分では決して舞台に上がらず、傷つくリスクも背負わず、安全な観客席から他人の必死な足掻きを採点しているだけの、卑怯な評論家。
「……もういい。悠真の冷たい分析、もう聞きたくない」
葵は乱暴にリングライトの電源を引き抜いた。
プツン、と光が死に、教室は元の灰色の薄暗さに沈む。
床に転がったスマホの画面には、無惨な蜘蛛の巣模様が広がっていた。暗闇の中、互いの顔を見ることもできず、ただ荒い呼吸音だけがひどく虚しく響いていた。




