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第5話:ストリート系のノイズと、等身大の秘密

 初夏の日差しが、駅前広場のアスファルトを白く焦がしている。


 機材の詰まったリュックを膝に抱え、俺は日陰のベンチでスマホの時計を睨んでいた。今日は新しいロケ地での撮影だ。


「よっ、悠真。待たせた」


 頭上から降ってきた低い地声に顔を上げ、俺は思考をフリーズさせた。


 そこに、10万人の視線を奪う完璧な「Aoistar」はいない。


 オーバーサイズの黒Tシャツに、ダメージジーンズ。首元には無骨なシルバー。足元は履き潰したハイカット。どこからどう見ても、ただのストリート系の男子高校生が立っていた。


 鼻を突く甘いシトラスの香水は消え、風が運んできたのは、洗い立ての洗剤と微かなミントの匂いだけ。


「……何の冗談だ。その格好じゃ『魔法』はかからないぞ」


「たまにはいいじゃん、魔法の休肝日」


 葵はスニーカーの踵でアスファルトを蹴り、悪びれずにニッと笑う。


「今日はロケハンってことで。男同士、気楽に行こうぜ」


 そう言って、俺の腕を強引に引っ張り上げた。


 街を歩く。普段なら磁石のように視線を集める葵が、今日は休日の雑踏というノイズに完全に溶け込んでいる。俺たちに向けられる他人の視線はゼロ。


 それは、観客席にすら座っていない、ひどく居心地の良い「透明な時間」だった。


 ファストフードのテラス席。結露した紙コップが指先を濡らす。


 葵は口の周りのソースも気にせず、ジャンクなフライドポテトを乱暴に放り込んでいた。


「んーっ、うまっ! カロリー最高!」


 そこに、10万人に向けた「計算されたあざとさ」は一ミリもない。ただ腹を空かせた、等身大の男子高校生。


 ストローを噛み潰しながら、俺はその無防備な横顔を観察する。


「……『自分らしく』って、めっちゃ便利な魔法の言葉だよね」


 氷の溶けかけたコーラをストローでかき混ぜながら、葵がぽつりとこぼした。


「みんな勝手に感動してくれるし。……でもさ、Aoistarがウケてるのは、『悩みのない無敵な可愛い男の娘』だからなんだよね」


 葵の視線が、手元の紙コップに落ちる。


「前にさ、友達のグループで、ちょっと素で落ち込んだ話をしたことがあって。そしたら、『ノリ悪いな』『最近つまんない』って、一気に人が離れてった。……みんなが好きなのは『面白いキャラクター』であって、星野葵じゃないんだよね。分かってるんだけどさ」


 自嘲するような、迷子のような声。


「だから……本当の『私』って、どれだっけ?」


 完璧な虚像の隙間から、ひどく脆い素顔と、塞がっていない過去の傷口が零れ落ちた瞬間だった。


 俺はプロデューサーとしての、気の利いた正解セリフを探そうとして、やめた。そんなものは、今のこいつには必要ない。


「知るかよ。だが、口の周りにケチャップつけてる今の間抜けな顔は、どう見ても『ただの星野葵』だろ」


 丸めた紙ナプキンを投げつけると、葵は一瞬きょとんとし――腹を抱えて吹き出した。


「あははっ! なにそれ、悠真やっぱ最高!」


 笑い声が初夏の青空に溶けていく。


 打算の契約で結ばれたはずの俺の灰色の世界が、レンズ越しではなく、肉眼ではっきりと、鮮やかな色に侵食されていくのを感じていた。

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