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第2話:完璧な虚像と、0.5秒のノイズ

 その日の朝、灰色の教室に強烈な色彩が放り込まれた。


 転校生、星野葵。誰もが息を呑む完璧な女装と、教室の空気を一瞬で掌握する底抜けの明るさ。彼女――いや、彼が「Aoistar」という名で10万人のフォロワーを抱えるインフルエンサーであることは、昼休みにはクラスの共通認識となっていた。


 群がる輪の中心で、葵はひまわりのように笑う。俺は指定席から冷めた思考を巡らせていた。完璧すぎる。隙がない。あれは緻密に計算された「愛されるためのパッケージ」だ。俺みたいな日陰の観客には、あの光は痛い。


 放課後。西日が教室をオレンジ色に切り裂く頃。


 俺はライトノベルで視線を隠し、息を潜めていた。窓際では、葵がスマホを三脚に立て、TikTokの撮影を繰り返している。


「よしっ、もっかい!」


 かすかに漂う甘いシトラスの香り。葵は「可愛く変身するトランジション動画」を何度も撮り直していた。画面に向かって完璧な笑顔を作り、あざとい仕草をループする。


 だが、十数回目のテイク直後だった。


「……あー、マジ疲れた」


 ふいに、ひどく低い、男特有の地声が教室に落ちた。


 ピンと張った背筋が崩れ、無防備な猫背が晒される。先ほどまでの輝くオーラは霧散し、そこにはただの「疲弊した男子高校生」が立っていた。


 その生々しいバグを見た瞬間、俺の脳内でカチリと歯車が噛み合った。


 思考のストッパーが外れ、かつて呪いと共に封印したはずの「分析」が口を突いて出る。


「……あの動画、構成はいいけどオチのタイミングが0.5秒遅いんだよな。テンプレ通りの完成された可愛さなんて、フォロワーはもう見飽きてる」


 しまった。自分への独り言は、静かな放課後の教室に思いのほか響いた。


「さっきのNGテイクの、低い声で『あー、疲れた』って素に戻った瞬間から、音ハメで100点の『Aoistar』に切り替わる動画にした方が絶対伸びる。作られた虚像と、裏側の生身の男子のギャップを見せた方が、エンタメの強度が……って、なんで俺がインフルエンサーの分析なんかしてんだよ」


 慌てて口を噤む。またやった。どうせ「キモい」「理屈っぽい」と笑われる。嘲笑を覚悟し、身を固くした。


 その時だった。


「……それ、めっちゃ面白いじゃん!」


 弾むような声。顔を上げると、葵が目をキラキラと輝かせ、こちらを真っ直ぐに射抜いていた。俺のオタク的な分析を微塵も馬鹿にせず、食い入るようにスマホを操作し始める。


「ねえ、BGM入れるタイミングここ!? やば、これ絶対バズる!」


 葵は俺の指示通りに編集し、躊躇いなくアップロードボタンを押した。


 結果は、数百万再生という過去最高記録の大バズりだった。


『待って、素の声イケボすぎない!?』


『裏側から完璧なアイドルになるの最高』


『ギャップ萌えで死んだ』


 コメント欄の爆発を眺めながら、俺は静かに震えていた。俺の言葉が、俺の見ていた世界が、初めて外の世界に通じた瞬間だった。


 翌朝。


 登校して席についた直後、目の前にドンッ! と勢いよく影が落ちた。


「おはよっ!」


 極上の笑顔の葵が、俺の机にバンッと両手をつき、顔を近づけてくる。昨日よりも濃いシトラスの香りが、俺のパーソナルスペースを強引に侵食した。


「ねえ悠真。昨日から私の専属プロデューサーになったんだから、次はどうする?」

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