第12話:鎧の抜け殻と、揺れるスカート
ざわめきが波紋のように広がるフロアを、俺は一歩ずつ進んだ。
無数のレンズが、今度は俺という異物を捕捉しようと一斉に向けられる。背中を冷や汗が這い、肌が粟立つ。だが、不思議と足は止まらなかった。
「……ゆ、ま?」
膝をつき、必死にひきつった笑顔を保とうとする葵が、掠れた声で俺を呼んだ。
至近距離で見下ろした顔は、汗と涙でファンデーションが無残に溶け落ちている。完璧な「Aoistar」の面影は、もうどこにもない。
俺は無言で手を伸ばし、震える手首を強く掴んだ。
ビクッ、と葵の肩が跳ねる。指先から伝わってくるのは、トップインフルエンサーの虚勢ではない。怯えきった、等身大の高校生のひどく冷たい体温だった。
「……もう、十分だろ」
絞り出すように告げた、その瞬間。
葵の顔から、張り付いていた「Aoistar」の仮面が音を立てて剥がれ落ちた。
「う、ぁ……っ、あぁぁ……!」
10万人に向けた可愛い声ではない。ただの泣き虫の高校生が漏らす、不格好で泥臭い嗚咽。葵は俺の手を、縋り付くように強く握り返した。
「ちょっと、何!?」
「佐藤くん、何してんの……?」
突如乱入した裏方に、クラスメイトたちが戸惑いの声を上げる。
無数の視線。かつて俺を縛り付けた、嘲笑のノイズ。その圧倒的な熱のど真ん中で、俺は不器用に、しかしはっきりと声を張り上げた。
「こいつは、俺の最高のダチだ」
静まり返るフロア。呆気にとられる観客たちを置き去りにして、俺は葵の腕を引き、むせ返るような狂騒の渦から無理やり連れ出した。
***
文化祭の狂騒から数日後。
俺たちの秘密基地となった屋上には、初夏の少し強い風が吹き抜けていた。
「あー、あの時の私の大号泣動画、ついに運営に消されちゃったかー。せっかくバズってたのに」
「当たり前だ。あんな放送事故、残しておいて誰が得する」
コンクリートに座り込んだ葵が、スマホを見ながらケラケラと笑う。
そこにはもう、忘れられることに怯える虚像も、傷つくことから逃げるための鎧もない。ただの佐藤悠真と星野葵として、他愛のない時間を笑い合っているだけだ。
立ち上がり、フェンスに寄りかかる葵。そのスカートが、自然な風にあおられてふわりと揺れた。
「……なんだよ、その顔」
「んーん。悠真って、意外と熱いとこあるんだなーって思って」
「うるさい、分析官の気まぐれだ」
俺がそっぽを向くと、葵は腹を抱えて笑い声を上げた。
吹き抜ける風が、微かなシトラスの香りを運んでくる。
10万人の「いいね」なんて、もうどこにもない。
ただ、初夏の眩しい青空の下、親友のスカートが鮮やかに俺の青春を揺らしていた。




