30年2月◯日
うちの推しが可愛い。
無理難題を言ってるつもりなのが丸わかりなのが特に可愛い。
家に連れて帰って飾りたいくらいだ。式さえ上げれば願いは叶うのだが、それすら待ち遠しい。永遠かと思えるほど。
同じツンツン系統とはいえ、家にいる二人とは大違いだ。
そもそも、あの二人を可愛いと思ったことは一度もない。
しかし、香澄の気持ちが透けて見えるのは二人のおかげとも言える。そこだけは感謝する。
口に出すことは絶対ないだろうが。
「ウエディングケーキには絶対にエリザベスの人形を載せたいですわ」
なるほど、亡きエリザベスに見守られ、祝福されて式をあげたいと。
つまり、結婚式そのものは受け入れている。
「わかった。エリザベスの写真か何か資料を提出できるかい? 早めに準備しておくほうがいいだろう」
「えっ? ええ、そうね。写真ならあるわ。それだけじゃないですわよ」
「ええ、聞かせてください」
「執事の……ゲン爺も式に呼びたいわ!」
「当然ですね。リストに加えておきましょう。他に呼びたい方はいませんか?」
大切な人たちに見守られて式をあげたい。推しの優しい気持ちがよくわかる。
彼女にとっては単なるイベントではないのだ。亡くなった者も、遠くにいる者も、全員呼び集めて、その前で誓いを立てたい。そういう式にしたいのであろう。
こんな可愛い子が婚約者という事実。
もしかしたら明日死ぬかもしれない。
そんな不安さえ襲ってくる。
相手を変えたいとだけ言わないならば、どんな願いでも叶えてあげたい。
「皆様の前へはゴンドラに乗って登場したいですわ」
なるほど、ゴンドラならわざわざ撮影用に場所取りしなくても、どの席からでも見ることができる。足腰の弱い年配者や立場上自由に動けない義父への配慮。
……背が低いコンプレックスからちゃんと見えるように。
推しの心優しさにノックアウトされそうになる。ああ、今すぐその胸に顔を埋めて眠りたい。
「いい案ですね。スモークをたきますか? あとはピンスポットライトにするか、ムービングライトにするか。色々と悩みどころですね」
「えっ? ええ。その辺りはお任せしますわ。お願いしても大丈夫かしら?」
「ええ、任せてください」
適所適材。
苦手なことは素直に他人に──いや、この場合は婚約者に任せれる。
テンパって、ついうっかり素を出してしまう、そんなところが可愛くて仕方がない。
頬がうっすらと紅色に染まる。そんな姿をずっと横で見ていたい。
「あとはね──そう、お色直しは3回はしたいわね」
「わかりました。3回でいいのですか? もっと回数を増やしてもいいのですよ」
推しのコスチュームプレイを合法的に間近、いや、真横で堪能できる。何なら7回ほどしてくれないだろうか?
純白のウエディングドレスに和服、チャイナ服……ああ、妄想が止まらない。
しかし問題は時間だ。着替えからお披露目までを含めると式として軽く5時間は超えるはずだ。
「可愛い──」
はずだ。式の写真は別撮り用のカメラマンを専属で用意しなくては。お色直し専用のアルバムを作らねば。
「──3回でいいわ」
どうやら冷静な判断もできるようだ。
推しの成長を確認できた喜びと、普段見ることのできない装いを見るチャンスを逃したことへの悲しみとで、複雑な気持ちになる。
いや、これこそが推しのそばにいる醍醐味ともいえる。堪能してこその推し活。
実際に何を着たいか、どの順番で着るのか、どれくらい時間がかかるのか、シミュレーションを確認した結果、お色直し2回、3着に決まった。
ああ、チャイナドレスが……
目の前が少しずつ暗くなっていく──
「はい、どうぞ」
視界の隅に白い物体が入った。
慌ててじっくりと見る。
リボンのかかった小さな包みが香澄から差し出されている。
「……これは、何ですか?」
「バレンタインですわ。本命ですわよ」
大真面目な顔で言い放つ。
ついでに誇らしそうに胸まで張る。
やめて欲しい。それはずるい。
「ありがとうございます。いただいてもいいですか?」
「どうぞ。ゲン爺から異性に渡す日だと教わりましたの。渡す相手はあなた以外にいませんから本命以外の何物でもないですわ」
なるほど、もしかしたら初イベントなのかもしれない。
本命と義理との区別がついていないようだ。
しかし、渡す相手が私一人だという事実を確認できたのは収穫だ。
義理だとしても実の父親にすら配っていないなら、それだけで十分。お腹いっぱいになる。
「大切にいただきます」
「ええ、どうぞ。来月のお返しは3倍ですわよ。ゲン爺からそう聞いてますの」
ゲン爺、余計なことを教えてくれる。
しかし、3倍で済ますわけがない。
お礼の品が3倍で収まるわけがない。
何なら30倍くらいになるかもしれない。




