30年1月◇日
合法的に推しを近くで見守ることのできる最高の肩書を得た。
すなわち婚約者である。
この肩書きにより、近くにいても不審がられるとなく、さらに不穏な輩を排除することができるのだ。
そう、こんな風に。
初詣の最中、所用を足して戻ったら香澄がナンパされていた。
寸胴の彼女が着物を着ると確かに似合う。
派手な柄でないもののあつらえの良さから普段の幼さが完全に消えていた。
声をかけたくなる気持ちはわからないでもない。しかし、初詣客で賑わう境内でナンパする不届な行為は見逃すわけにはいかない。
何といっても彼女はすでに私の婚約者である。
推しを守るのも婚約者の務めだ。
「香澄、お待たせ!」
波風立てないよう、一番無難な形を取った。待っていた連れが来たとわかれば引くのが女性への声掛けの基本的ルールだ。
「ああ? なんだ?」
柄の悪そうな二人組がこちらを振り返った。
少し酒臭い。
不躾に上から下まで舐め回すように見てくる。
「ああ、お兄さんには悪いけど、妹さんと意気投合したからこれから一緒に遊びに行くことになったんだよ」
「そうそう。だからお兄さんは引っ込んでてください」
少しあざ笑うような口調で言い放った。
なぜ兄妹?
いや、兄妹なら目の前から連れ去ってもいいという理屈はなんだ?
酔っ払いに構ってる暇はない。
何より、私の推しが怖がっている。
「ああ、済まないが私の推し──婚約者を解放してくれないか? 君たちもことを荒げたくないだろ」
正月なので見回りの警察官も多数見かけた。
大声を上げるだけですぐに駆けつけるだろう。
人前では頼りになるんだよ、日本の警察は特に。
「あん?」
「──婚約者?」
不躾にじろりと睨みつけてくるがひるむ気はない。
さりげなく二人と香澄の間に身体を割り込ませる。酔っ払いが気安く見ていいものではない。
「確かに兄妹にしては似ていないな」
そっと背中にしがみついてくるのを感じた。
我々二人を交互に見ると舌打ちをしながら去って行った。
「ちぇ、呼び捨てしてるから兄貴かと思ったじゃねえか──」
失礼な。普通なら彼氏と思う場面だろう。
どこをどう見たら兄妹に見えるんだ。
振り返ると少し香澄の頬が赤い。
彼らに囲まれて恥ずかしかったのか、もしかしたら卑猥な言葉でもかけられたのかもしれない。
「大丈夫でしたか? 遅くなってすみません、香澄」
「いえ、大丈夫ですわ! そ、そ、それより呼び捨てですわよ」
ああ、先ほどとっさに呼んだ流れでそのまま香澄と言っていたようだ。
無意識だったが、この機会は利用させてもらう。
「ああ、そうですね。でも、もう婚約者なんですから──嫌でしたら戻しますよ、香澄」
推しが可愛すぎて、わざと耳元で囁くように言う。
さらに顔を真っ赤にするのが可愛い。こんなに近くで見られるなんて神に感謝するしかない。
「そ、そうね。婚約者ですものね。べ、別に嫌じゃないわ。呼び捨てにすることを許してあげる」
照れて視線を合わせれずに、視線を背けるのがたまらなく可愛い。
彼女の虚勢を張る姿勢は尊重して、あえて何も言わずに手を繋いだ。
嫌がっても手を離す気はない。
そもそも婚約者だ。
推しの体温を感じられる幸せを噛み締める。
「あっ──」
「はぐれたら大変ですからね。手を繋いでおきましょう。いいですよね?」
何かを言おうとする前にこちらから言い切った。
そう、こんな悪い男に手玉に取られないように守らなければならない。
「──」
返事はないが握り返す手に力が入った。
悪い男は承諾と受け取るんだよ。推しにはもっと頑張って欲しい。
何といっても可愛すぎる。
人混みの中、少し遅れ気味になるので最終的には腰に手を回して支える形になった。
少し密着しているが人混みをかき分けるには一番無難だ。
そして、何といってもすぐそばに推しの体温を感じられる。
いや、邪な気持ちなんて1ミリもなく、はぐれない為の手段であることは神に誓える。
そう、初詣でそんな気持ちになるわけがない。
「幸せだ」
ついうっかり言葉が漏れてしまっても仕方ない。
すぐそばにいる彼女の体温がどんどん上がっていく気がするのも仕方ない。
一番冷静であるべき私が一番浮かれているのだから。
正月ゆえ、お屠蘇で酔っ払ったことにしておこう。




