29年7月▲日
前回と同じ店で彼女と再会の約束をした。
『断られるとしても、男性からアプローチをしないのは最低。
気に入らないのであっても女性側から断りを入れてもらうべきである』
そうなると、取る手は一つしかなかった。
「3週間後の日曜日、午後2時。また、この場所で会えますか、香澄さん?」
当然、答えはノーだと思っていた。
「ええ、わかりました。ロリコン疑惑も晴れてないので次回こそ決着をつけますわ。よろしくて?」
「はあ、お手柔らかに」
挑発するように弾むような声が耳に心地よい。そして、キラキラした目でこちらを見つめてくる。そんなにロリコンにしたいのだろうか?
予想外の返事に頭の混乱が収まらなかった。
帰宅後に釣り書きを改めて確認する。
藤原香澄、20歳。家族構成は父一人子一人。母親は彼女が小学校に上がる直前に亡くなっている。個性的な性格にその影響がないとも言えなさそうだ。
趣味の欄にエリザベスとのみ書かれている。これが手掛かりとなるのかどうかは不明だが、他に手掛かりとなるような情報は書かれていない。
正体不明のエリザベスについては、機会があれば聞いてみるとしよう。
シミュレーションは完璧のはずだった──そう、完璧だったのだ。
しかし、それは無惨に打ち砕かれた。
猫カフェに入り香澄の姿を探すが見当たらない。あれだけ特徴的な彼女を見落とすはずがなく、まだ来ていないと判断して先に座ろうとした時に肩を叩かれた。
反射的に振り返るとツインテイルの店員が立っていた。
完璧なツインテイルがいる。何となく頭をよぎったのはそれだけだった。他に他意はない。
よく見ると香澄だった。
前回より幼く見えるのは気のせいではないだろう。
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
胸の前で両手の人差し指と親指でハートマークまで作っている。
……はっ?
一瞬、店内の時間が止まった気がした。
周囲の客がこちらを振り向く。
猫まで固まっている。
いや、待て。
何だこれは?
「寂しかったよ、お兄ちゃん!」
さらに追撃。
目がキラキラしている。
演技なのか素なのか判断がつかない。
見事に声色まで使い分けている。いや、君は何者なんだい香澄? ただのお嬢様だと思っていたけれど──ただ一つ確かなのは破壊力が高すぎる。
ロリコンの気持ちがわからないと言い切れない。
年齢を超えた可愛さは否定できない。
こんなのを他の男に向けたら、確実に付きまとわれる。
いや、下手をすれば事件になりかねない。
「……香澄さん、どうしたんですか? 今日はその……」
言葉を選んでいると
「どうしたもこうしたも、ロリコン疑惑の決着をつけに来たのですわ!」
胸を張って言うあたりは本人は完全に正義のつもりらしい。
──なるほど。
前回のロリコン判定は、今日のための布石だったのか。
いや違うな。
この子にそんな計画性があるとは思えない。
誰かが吹き込んでいる。
誰だ?
……まあいい。だが、問題はそこじゃない──
問題はこの子が危険すぎるという事実だ。
無防備。
警戒心ゼロ。
自覚なし。
しかも、破壊力だけは一級品。
こんな状態で世に出したら、絶対に変な男に捕まる。
「香澄さん、あまりそういうことは……」
「えっ? 嫌いでした? ロリコンじゃないんですね! よかった!」
勝ち誇った笑顔。
なぜ勝ち誇るのかわからない。
だが、彼女が“嫌われた”と思っているのは、表情から何となく察せられた。
嫌がっているわけではない。危なかっしくて目が離せないだけだ──
守らなければ──誰かが見ていないと危険だ。
放置すれば確実にトラブルに巻き込まれる。
知ってしまった以上、このまま放置しておくわけにはいかない。
惚れたとか、可愛いとか、何とかしたい、そういう邪な気持ちではない。
ただの危機管理だ。
深く息を吸いながら、気持ちを落ち着かせる。
ぶちゃいくが彼女の足元に近寄ってきたのを確認して口を開いた。
「席に座りませんか? 話はそれからにしましょう──」
彼女は嬉しそうに頷くとぶちゃいくを拾い上げると席に向かった。
その笑顔がまた危険だった。
黒ワンピースにフリル付きのエプロンなんて、物理的にもっと危ない。
すでにぶちゃいくのターゲットにされている。
彼女の膝の上でフリル相手に格闘を始めていたぶちゃいくに手を出すが振り返りざまガンをつけられた。
我何してんだよ!
その顔が物語っている。
ぶもぉー!
とても猫とは思えない鳴き声に私は手を離した。
エプロンの1枚や2枚、諦めた方が早い。
ただの猫のおもちゃだ。
「失礼します。ちょっと動かないでくださいね」
断りを入れると腰で結んでいる紐を解き、ぶちゃいくごと持ち上げて香澄からエプロンを外した。
そのままぶちゃいくにプレゼントする。
満足そうなぶちゃいく。
不思議そうな顔をする香澄。
幸せそうに堪能しているの姿をずっと眺めていたかったが、大人の責任という名の行動で、断腸の思いで断ち切ったのだ。
「勝手なことをしてすみませんでした。今度、エプロンの代わりに何かプレゼントしますね」
「ええ、お気になさらずに──プ、プレゼント!? えっ?」
「何か問題でも?」
「結構ですわ! 所詮は安物ですもの。それに、プレゼントなんて貰わなくても、自分で買いますわ!」
「何を?」
「えっ? も、もちろん、エプロンですわ! 他に何があって?」
「そうですね。では、楽しみに待っていてください」
こういう言い方をすれば次回の再会を断れないとわかっていて言ってるのはずるいと思う。けれど、このようなことにちゃんと対応できないようではまだまだひとり立ちは無理だと判断するしかない。
まだしばらくの保護が必要だ。
そして、彼女は学ばなければいけない。
どのようにスマートにかわしていかないといけないのか。かわさなければどう追い詰められるのか身をもって体感しなければならない。
そう、これは彼女への教育なんだ。
「──ええ、仕方ないですわね。そのしょうもないプ、プレゼント、受け取ってあげてもよろしくてよ」
真っ赤にした顔を横に背けながら、香澄が喜びの声をあげる。同種の人間が二人も家にいるゆえに、彼女の気持ちが透けて見えてる。とはいえ、わかりやすすぎる。
これでは百戦錬磨の男どもにとっては赤子の手をひねるより簡単だろう。
さて、どう教育するべきか。問題は山積しているようだ。




