29年6月▼日
断れない見合いとはいえ、待ち合わせ場所が猫カフェとは、聞くのもするのも初めてだった。
見合い相手である彼女の初対面の言葉が『ミックスこそ至高』
との呟きだった。
腰まである艶のある黒髪は手入れが行き届いており、育ちの良さを象徴していた。
合い向かいに座るも気づかないので様子を見ていると膝に猫を乗せて固まっていた。
猫嫌いなのに猫カフェ?
と首を捻っていると、どうやら撫でたいのを我慢している様子。
ぶちゃいくな猫は太々しいく野太い声で、早く撫でろと催促している。
両者の対決をしばらく眺めていたが、ふと我に返り、当初の目的を思い出した。
このままでは閉店まで終わりそうにない。
本来の見合いをせずに帰るというのはお互いにまずい、大人としてまずい。
見た目には小柄で中学生といっても通るほど線が細い。きちんと食べているのか心配になる。うちに連れて帰ったら絶対に母や姉に構われるタイプである。何せ可愛いものには目がない。いや、何でも可愛く見えるようだ。いまだに子供扱いするのもその延長であろう。
子どもが見合いするだろうか? 矛盾したことをしていると本人たちが理解していないので最初から話にならない。こちらが折れるしかないのだ。
彼女からもうちの女性陣たちと同じ匂いがする──つまり同類だと予感が警告している。
ぷるぷる震えているのは我慢の限界なのだろう。決してトイレとかではないと思う。
「可愛い」
思わず口から言葉が出ていた。お互いの自己紹介も済んでいないのに失礼なことだ。
膝の上の猫を見つめていた彼女が私の失言に気づき顔をあげた。私の顔と膝の上のぶちゃいくとを交互に見つめるとぶちゃいくを抱き抱え私に渡してきた。
反射的に受け取る。
「どうぞ。十分に撫でるといいわ」
どうやら私の呟きの対象をぶちゃいくだと思ったようだ。受け取ったぶちゃいくはずっしりと重い。よくそんなか細い腕で持ち上げたと感心しつつ、ぶちゃいくを撫でる。
猫の扱いに関してはそれなりに自信がある。猫と共に育ったと言っても過言ではない。姉と猫に鍛えられてきた幼少時代。すいも甘いもの猫に教えられたのだ。
喉の下を撫でて、首の後ろを揉みほぐし、舌を出して完全になされるがままになっている。
彼女の視線に気づき、溶けたぶちゃいくを彼女に返却した。
そのまま彼女の膝の上で溶けている。大人しくしてくれると、こちらとしても助かる。
本番──見合いはこれからだからだ。
「挨拶が遅れました。私、大月雅、28歳。独身、あっこれは不要でしたね」
そう、不要だ。既婚者が見合いに来るのは御法度だ。恋人がいるのは……稀にいるな。
はあ、なぜ2回も続けてそんな物件に当たるんだろう?
くるくるとしたまん丸な瞳がこちらを見つめてくる。そんなに不思議なことを言っただろうか?
確か釣り書きには今年短大を卒業したと書いてあったので、まだ二十歳になったばかり。一回り近く年下だ。犯罪とは言わないけれど、やはり父親に近い感覚なのだろうか?
首をこてんと横に傾げながら彼女が口を開いた。
「あなたって、ロリコン?」
「ぶふっ!?」
予想外の発言に飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
言うことに事欠いて、ロリコンだと!?
確かに彼女の容姿だと日本人形のように見えなくもないけれど、二十歳超えてるなら成人だ。歳が8つ離れていようとロリコン扱いされるのは心外だった。
「ちなみにどうしてそう思ったのかな? 聞いてもいいかな?」
なるべく声を落ち着かせて、ゆっくりと噛んで聞かせるように話す。
彼女の瞳の色からは冗談で言ってる様子は感じ取れなかった。つまりは本気で疑問に思っているようだった。
「そうね。正直に言うわ。ゲン爺……うちの執事からの助言なの。最初にロリコンかどうか聞いておけば将来波風が立たないと言ってたわ。意味はよくわからないけど」
なるほど、完全に箱入り娘で対外的に言っていい言葉と言ってはいけない言葉の判断がついていないようだ。
こんな危険人物を野放しにしてくわけにはいかない。
「そうだね。執事の忠告なら大事なことだ。ちなみに他に何か言っていなかったかい?どんな些細なことでもいいから教えてくれると助かる」
「そうね、確か──『ロリコン、つまり、お嬢様の容姿に惹かれる奴らのことですが、これが非常にたちが悪い。成長期のお嬢様がボンキュッボンに成長すると途端に興味をなくすのです。突然手のひらを返す悪党どもです。最愛の妻が子どもを産んで乳が大っきくなった途端に興味をなくす屑どもです。最初から近寄ってはなりませぬ』だわ。何度も聞かされたから暗記しちゃったわ」
なかなかに衝撃的な話を聞かされた。
確かに、スレンダー体型を好むロリコンには豊満な人妻タイプは正反対の嗜好なのだろう。それでも自分の妻なのに、そんなことがあるのだろうか?
とても、理解できそうにない。早くうちに帰りたいが、こんな危険物を処理せずに放置などできない。大人として当然の義務だ。
ここは第一発見者の私が対応するのが筋というものだ。
「そうだわ!」
何かを思い出したかのように手を叩きながら叫んだ。
「まだ自己紹介がまだでしたわね。藤原香澄、二十歳。この春に短大を卒業した家事見習いですわ」
椅子から立ち上がるとその場で一礼をした。育ちはいい、ただ常識は──疑問が残る。
「これはご丁寧に、では香澄さんとお呼びしてもいいですか? 私のことは雅と呼んでください」
「はい、結構ですわ。それで──雅は私と結婚するつもりですか?」
「ぶふっ!?」
またまた、茶を吹き出しそうになった。まさか狙っているのか?
「いきなりの質問ですね」
「ええ、でも大切なことでしょう?」
「それはそうですね」
いきなり過ぎて真意が掴めない。相変わらずのクリクリした目には何かを企んでいるようには見えない。
「こちらには拒否権が──」
ポツリと呟いた彼女の一言は最後まで聞き取れなかった。
彼女の家と我が家は同業ということでしのぎを削っていた。ただ、多角化を早くから進めていた我が家の方が時代の変化への対応に強く、取り残されて苦境に立たされている彼女の実家への支援を検討中だ。
それ以外の繋がりはない。
そもそも、今回の見合いについても、あまりにも見合い運……女運が悪い私の現状を見かねた母と姉が画策したものだ。
断られる前提でも若くて綺麗なお嬢さんは目の保養になると、失礼なことに容姿と若さで選んだのが彼女になる。
これはバレたら絶対に怒られるやつだ。
「聞き取れなかったので、もう一度お聞きしてもいいですか? 何とおっしゃりましたか?」
「いえ、父から今回の見合いの話を聞きましたので、こちらからは──お断りできません」
途中まで言い淀んでいたが、覚悟を決めたのか香澄が爆弾発言を落とした。
つまりは、婚姻前提でこの場に、見合いに、顔合わせに来たと自白したのだ。
「──」
「ですから、断るなら早めにお願いします」
「──」
「今はこんな形ですがまだ成長期が来てないだけなんです。すぐにキッュボンキュになるので、ロリコンさんには合わないと思うんです!」
発言しているうちに気が昂ったのか、最後には胸を張っていた。
はあ、確かに寸胴だ。ロリコンにはたまらないのかもしれない。それでも危険すぎる。野放しにするなんて──
そもそも、キュッボンキュなら今より凹んでるよ。




