10 勇者たちのその後
広間に静寂が落ちる。
つい先ほどまで激しい戦いが繰り広げられていたとは思えないほど、空気は静まり返っている。
崩れた天井から差し込む光が、瓦礫と血に染まった床を照らしていた。
魔王の体は動かない。完全に決着はついた。
レオンはしばらく魔王を見下ろしていたが、やがて聖剣を振って血を払い、静かに鞘へと収めた。
「...終わったな。」
その言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。
だがそこで緊張が解けたのか、エリスがその場に座り込む。
「はぁ...本当に...終わったんですね」
「みたいだな」
ユリウスも大きく息を吐きながら壁にもたれた。
「正直、途中まではどうなることかと思ったが...。」
「...」
セリアは無言のまま、崩れた天井を見上げていた。
そして小さく呟く。
「世界、救えましたね。」
その言葉を聞き、レオンは肩をすくめた。
「まあ、まだ完全に終わりじゃないだろ。残党とかもいるしな」
「それでも、魔王が死んだのなら戦争は終わりです」
エリスが言う。
「指揮官がいない軍は長く持ちませんから」
その時だった。
広間の隅から、重い足音が響いた。
ゆっくりと、巨大な影が姿を現す。
ドラゴンだった。
瓦礫に埋もれていたはずの巨体が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
だが、その歩みには先ほどまでの敵意が感じられなかった。
レオンの前まで来ると、ドラゴンは低く唸る。
「...グルル」
レオンは聖剣に手をかける。
だが。
ドラゴンは、ゆっくりと頭を下げた。
「...?」
ユリウスが眉を上げる。
「おいおい、どういうことだ」
ドラゴンはレオンを見つめている。
その目に敵意はなく、むしろどこか静かな光が宿っている。
「強者」
低く、重い声が響いた。
人の言葉だった。
「人間...強い」
レオンは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに平然とした表情に戻る。
「喋れるのか」
「...魔王、主」
ドラゴンが横に倒れている魔王を見る。
「主...死んだ」
しばらく沈黙が流れた。
やがてドラゴンは再びレオンを見る。
「人間...強者...認める」
そしてゆっくりと翼を畳んだ。
「我、ここに残る」
「ほう?」
ユリウスが腕を組む。
「つまり、人間を襲うつもりはないってことか?」
ドラゴンは頷くように首を動かした。
「強者の国...守る」
「守る、ねぇ」
レオンはドラゴンの巨大な頭を見上げ、少し笑った。
「いいんじゃないか」
その言葉に、エリスが目を丸くする。
「いいんですか?」
「別に悪いことじゃないだろ」
レオンは軽く肩をすくめた。
「強い守護者が一匹増えるだけだ」
ユリウスも苦笑する。
「まあ、確かに人類にとってはありがたい話だな」
セリアは小さく微笑んだ。
「この世界の人たちも安心ですね」
ドラゴンはそれ以上何も言わず、ゆっくりと城の奥へと歩いていった。
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魔王の死は、すぐに世界中へ広まった。
魔王城にいた魔族たちは統率を失い、次々と逃げ出していく。
各地にいた魔族軍も同様だった。
幹部はすでに全滅している。指揮官を失った軍は、もはや軍とは呼べなかった。
人間側の軍も、ようやく反撃を開始する。
だがその戦いはもはや戦争ではなく、崩れた軍を追い払うだけのものだった。
そして魔王が倒れてからわずか三日後。戦争は終結した。
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五人はその間、城の近くの街に滞在していた。
残党を倒しに行くかどうか話し合ったが、この世界の人たちで解決できるのなら任せよう、という結論になった。
「勇者様!」
「ありがとうございます!」
街を歩くと、人々は何度も頭を下げてきた。
「ゆうしゃさま!ありがとう!」
小さな子どもがレオンにお礼を言ってくる。
それを聞いてレオンは少し困った顔をした。
「そんなに礼を言われると調子狂うな」
元の世界では、『世界を救うのは当たり前のこと』と思われていた。
魔王を倒した後も、感謝というよりは『とうとう成し遂げたな』という誉め言葉が多かった。
なので、こんなにも感謝されるとは思わなかった。
「世界を救ったんですから当然ですよ」
エリスが笑う。
それを見たユリウスは肩をすくめた。
「まあ、感謝されるくらいは受け取っておけ」
「...そうだな。」
レオンはしゃがみこみ、子どもの頭に手をやる。
「でもな、世界を救えたのは俺たちだけの力じゃないんだ。」
「そうなの?誰のおかげなの?」
「...俺たちが来る前に必死に戦って、お空に帰って行った、名も知らぬ勇者様のおかげだよ。」
「なにそれー?」
子どもは不思議そうにしていたが、レオンはそれ以上何も言わなかった。
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セリアは子供たちに囲まれていた。
「勇者様すごい!」
「魔王倒したの!?」
「え、ええ...」
少し照れながらそう答える。
元の世界では、こんな風に声をかけてもらうことは滅多になかった。
慣れていないため、真っ向からお礼を言われるというのは少し恥ずかしくなってしまう。
そんなセリアから少し離れた場所で、クロウが静かに立っていた。
子供たちはクロウには近づこうとしない。
だが、クロウはそれを特に気にした様子もなかった。
魔王城の前で陽動を任された後。
魔王が倒された瞬間、クロウのところに来ていた魔族軍は一気に狼狽えだした。おそらく魔王の消滅を感じ取ることができたのだろう。
クロウはそこで一気に力を放出し、押し寄せていた魔族軍をまとめて吹き飛ばした。
魔王の直接撃破には参加しなかったが、クロウも間違いなくこの世界を救うために戦った勇者だ。
クロウ本人がどう思っているかわからないが、それは間違いなく事実だった。
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その夜、五人が宿の部屋に集まっていた時に、突然部屋の中に光が発生した。
眩しい光。
その中から、一人の女性が姿を現す。
「よくやりました。」
現れた女神の穏やかな声が響く。
「あなたたちのおかげで、この世界の崩壊は防がれました」
それを聞いたエリスが嬉しそうに言う。
「本当ですか!」
「ええ。魔王は崩壊の原因でした。それを取り除いたことで、この世界は救われました。」
レオンが腕を組む。
「つまり、仕事完了ってわけか」
「はい」
女神は静かに微笑んだ。
「ですが」
その言葉を聞き、全員が次の言葉を待つ。
「まだ終わりではありません」
ユリウスがため息をつく。
「だろうな」
「世界崩壊は、この世界だけではありません」
女神の声が少しだけ重くなる。
「他にも、崩壊に向かっている世界が存在します」
レオンが立ち上がった。
「つまり、次の世界か」
女神は頷く。
「あなたたちには、引き続き世界を救ってもらいます」
エリスは苦笑した。
「少し休みたかったんですけどね」
「安心してください」
女神は言う。
「時間の流れは世界ごとに違います。私の管理する空間で少しの休息を取ることもできますし、元の世界ではほとんど時間は経ちません」
「それなら問題ないな。」
レオンは笑った。
「どうする?」
四人を見てそう問いかける。
「やるしかないだろ」
ユリウスが真っ先に答え、続いてセリアも頷く。
「はい」
クロウも小さく言った。
「...問題ない」
そしてエリスも答える。
「人々を救うのが、わたしの役目です。当然行きます。」
女神は満足そうに微笑んだ。
「では、次の世界へと転移します。」
光が五人を包む。
夜の街の宿から、勇者たちの姿は静かに消えた。
こうして、一つの世界が救われた。
だが、五人の勇者の旅はまだ始まったばかりだった。
彼らの戦いはここからだ!




