かわいい知能犯
そこは、閑散とした、とある住宅街の一角。ここは、この世の悪や陰謀などとは、遙かかけ離れた世界である。暇そうにみえ、誰ひとりとして歩いている者すらいない。痩せた野良犬が、一匹、腹を空かせた様子でうろうろとさまよい歩いているくらいなものである。
しかし、現実世界の悪党連中は、こんな平和な住宅街にも魔の手を伸ばそうとしていたのだ。それが証拠に、この住宅街の隅にある郵便ポストの陰に、今しも、見るからに凶悪そうな面構えのふたりが、コソコソと隠れて、あたりの様子を、それとなく窺い探っていたのだ。ひとりは背が高く、黒いサングラスに、口の周りにもじゃもじゃの髭を蓄え、黒いコートの襟を立てて、ちびた煙草を咥えている。もうひとりは背が低く、ずんぐりとして、禿げ頭で、赤ら顔のパッとしない中年男であった。
「おい、どいつなんだよ、そのガキってのは?」
と、背の高い沖村が聴いた。
「あいつですよ、あの壁にもたれてスマホいじってる奴です」
と、背の低い田村が答えた。その通りである。彼らから少し離れた住宅の塀にもたれて、一生懸命にスマホで遊んでいるらしい。さすがは、子供である。スマホ遊びに夢中だ。他には誰もいない様子だ。今がチャンスかもしれない。しかし、悪党だけに、沖村も田村も慎重だ。あたりをキョロキョロと見渡して、油断がない。今か、今かとチャンスを待っていた。
するとである。
その子供が、スマホに飽きたのか、何だかつまらない様子で、半ズボンのポケットに、ポイとスマホを放り込むと、向こうの方にスタスタと歩き出した。見失ってはマズい。そこで、狡猾な沖村と田村のふたりは、そっと跡をつけていく。気づかれぬように、抜き足差し足である。
やがて、少年は、住宅に挟まれた道路を歩いていくと、何を思ったか、突然にクルリと踵を返してこちらに向かってくる。つけていたふたりは、ビックリとして大慌てである。急いで、ふたりとも、何気ない素振りで、街角で立ち止まり、煙草を吹かしながら、意味のない雑談を始めた。
「そりゃそうさ。君の言い分も分かるがね、先方が取引をせかすんだ。仕方ないよ」
「何とか、来月まで待って貰えないものかな?」
とか何とか言ってるうちに、少年は、何も気づかなかったらしく、ふたりの横を素通りしていく。ふたりは、ホッと溜息をついて、彼の後ろ姿を見守る。これでいい。あとは、じっくりと跡をつけて誘拐するタイミングを見計ろう。それで、また足音を立てぬようにそっと跡をつけていく。
すると、また少年は、踵を返して、こちらを向いた。ふたりは、ビックリ仰天して、あたふたとしている。
すると、その少年が、横まで来た二人に向かって、難しい顔をして見上げると、尋ねてきた。
「おじさんたち、いつになったら、僕を誘拐する気なの?」
ふたりは、狼狽して答えが出ない。続けて、少年が、
「おじさんたちの行動を観察してたら、それくらい推測できるよ、ねえ、いつ誘拐するの?」
「ませたガキだぜ、こいつ。..................、ねえ、僕.、小学生かい?」
「うん、小学5年生、今は、宇宙物理学の勉強してるんだ、面白いよ、おじさん、ちなみにダークエナジーって知ってる?」
「もういいよ。でも、それなら話は早い。一緒に車に乗って貰えるかい?」
「車か?下手すると、目撃者から、バックナンバーで足がつくよ、いいの?」
「もう、うるせえよ、つべこべ言わず、車に乗れよ」
「分かった、分かった」
少年は、おとなしく跡をついてくる。ふたりは、近くの空き地の隅に停めた車の後部座席に少年を乗せて、車を走らせた。
「出来るだけ、混雑している道路がいいよ、それだけ犯行の足がつきにくいから」
「つべこべうるせえんだよ、お前は。黙って乗ってろ!」
沖村が怒鳴ると、少年は静かに言った。
「安全運転した方がいいよ、警察にチェックされたら、ことだからね?」
「はい、はい、分かりました」
「でさ、どこ連れてくの、僕を」
「郊外のアジトだよ。お前に関係ないよ」
「もう、そろそろお昼だよ。ご飯の準備はしてあるの?」
「黙ってろ!」
車は、街角を抜けて、やがて国道から、山道に出る。そして、鬱蒼とした山林を抜けて、郊外の森の中にある小さなロッジ風の山小屋に来た。
「なかなか洒落たコテージだね。ここが、おじさんたちのアジトなの?」
「そうだ、さあ、中に入れ」
階段を上って、玄関からロッジに入る。中は、西洋風に飾り付けられて、なかなかに居心地が良さそうだ。少年は、デンとしつらえたソファに座って、
「お腹、空いたよ。僕、デミグラスハンバーグが食べたい」
「お前、注文つける立場か?黙って座ってろ」
ふたりは、話し合い始めた。田村が言う。
「どうする?身代金?どうやって連絡つけるんだ?」
「あの子の家なら、下調べしてあるよ。何でも、駅前で大きな宝石店を経営しているらしい。結構、金になると思ってな」
「じゃあ、電話番号知ってるのか?」
すると、少年が、
「店の番号だろう?僕が知ってるじゃないか?何、やってんだか」
「おい、教えろ」
少年が番号を告げると、沖村が慎重な面持ちで、スマホの電話を掛ける。しばらく、着信音が鳴って、相手が出た。すると、いきなり、沖村が、
「お宅の息子を預かってるぜ、返して欲しければ、金を用意するんだな。分かったな!」
それで、電話を切った。どうやら沖村は興奮しているらしい。肩で息をしている。
「その様子じゃ、おじさんたち、初犯だね。大丈夫かな?」
「余計なお世話だ!」
やがて、居間の冷蔵庫から、弁当が3つ出されて、電子レンジで温められる。そして、食卓に出される。すると、少年はニヤニヤしながら美味しそうに食べ始めた。
「まあ、子供や若者の好きな唐揚げ弁当だから許してあげる。今度こそ、ハンバーグだよ」
「黙って喰え」
食事が終わると、また少年は、深々とソファに身を沈めて、
「次の電話は、警察が傍受している。出来るだけ、短く用件を済ませたほうがいいよ」
「言われなくても、分かってるよ。おい、田村、身代金、いくらにする?」
「5000万円くらいでどうだ?」
「甘いなあ、おじさん。でっかく、10億円で行こうよ、それくらいは、充分持ってるよ、お父さんも」
「じゃあ、それでいこう。で、お金の引き渡し方法だ、どうする?」
すると、田村が、
「公園に現金を入れた鞄を置かせるってのはどうだろう?後から様子を見て取りに行けば」
「甘いよ、それじゃ。警察の警備って侮れないよ、絶対取りに行くのを見つかるから」
すると、沖村が、
「現金を小切手に換えて、郵便局留めで受け取るってのはどうだ?これならバレないだろう?」
すると、少年が、食後のジュースをゴクゴクと飲みながら、
「それも駄目。いざ、銀行で、換金するときに、小切手に銀行の発行する小切手番号がついてるから、窓口の銀行員に発覚しちゃうよ、無理、無理」
「じゃあ、小僧、お前にいい案でもあんのかよ、言ってみろよ?」
「聞きたい?」
「ああ、無理だろ」
少年は、ニコニコして、
「ひとつ取引といこうよ。僕が教えてあげる代わりに、僕も100万円が欲しいんだ。買いたいスマホの新型とかさ、高額のポケモンカードとかさ、プレミアのついたガンダムのフィギャーとかさ」
「分かった、分かった。で、その方法ってのは、どうなんだ?」
ソファに身を沈めた少年は、慎重な口調で言った。
「まず、お父さんに、10億円の入った鞄を用意させる。そして、その鞄とスマホを持たせて、東京発の長距離列車に乗せるんだ。出来るだけ、長距離がいい。そして、列車の窓際に座らせる。それからがスマホの登場だ。お父さんは、君たちとスマホで連絡を取る。そして、君たちが一番都合のいい場所に来たら、その鞄を、列車の窓ガラスを外へ破って、投げ落とさせるわけだ。すると、下で車を用意している君たちの所に落ちてくるから、それを拾って、急いで車で逃げればいい。どう?面白い?」
「なるほど。それなら、場所は分からんし、こっちにも都合いいか?」
「お前、どうしてそんなに頭いいんだよ?小学生だろ?」
「僕が小学生だって舐めちゃいけないよ。たまには、こんな子供もいるのさ、そんなことより、話を進めようよ」
かくして、少年の計画が採用され、悪党ふたりは、部下同然の立場と成り果てた。そして、身代金の電話が掛けられ、少年の推測どおり、通報を受けた警察の誘拐犯担当の刑事たちが電話を傍受していたが、この手口には手も足も出なかった。携帯の逆探知の時間も足りずに、短く終わったために、どうしようもなく、とりあえずは犯人の要求を呑むより手はなかった。刑事たちは、必ず犯人を逮捕しますと宣言したので、両親たちは安心して、銀行から10億円の現金を出金して、大きな革鞄に詰めると、父親が上野駅で、スマホを持って、犯人からの連絡を待った。スマホが掛かった。上越線に乗れという。乗り込み、言われた通りに窓際の席に座り、両腕に大事そうに革鞄を抱えて、スマホの連絡を待った。
すると、長距離列車が群馬県に差し掛かった頃に、電話がかかってきた。隣の席に刑事も同伴していたが、自分でも役には立たない予感がしていた。
そして、群馬県の谷川岳付近に来たときに電話がかかってきた。次の鉄橋が来たら、その途中で、窓ガラスを割って、鉄橋の下へ鞄を落とせという。仕方なく、父親は、窓ガラスを破壊する覚悟で、言われた通りに鉄橋がやって来るのを待った。
あたりは、鬱蒼とした山肌に囲まれていた。空気も爽やかで、静かな環境である。大きな鉄橋の真下の河のほとりで、車を停めて、二人は、列車がやって来るのを待っていた。河の水は澄んで、せせらぎの音が爽やかに聞こえていた。少年は、その間、車の中でスマホのゲームに興じていた。やがて、列車が到着し、予定通りに、窓ガラスが割られて、大きな鞄が落下してきた。それは、窓ガラスの破片と一緒に河の中へ落ちていく。バシャンと激しい水しぶきが上がった。急いでふたりは川に沈みかけている鞄を拾うと、車に戻り、慌ててその場を後にする。少年があくびしながら、焦らなくていいのに、と言ったが、そこは悪党の心理だろう。必死になっている。車のアクセルも急発進で、近くの国道へ出る。あとは高速道路だ。
高速に乗った頃、ふたりは喝采を上げて成功を喜んだ。よほど嬉しいらしい。後部座席には、少年と革鞄がちんまりと座っている。そして、少年がこう言った。
「ねえ、おじさんたち、次のドライブインで、チョコパフェ奢ってよ。お金ならあるんでしょ?」
「ああ、ご褒美に買ってあげるさ。でも、それ喰ったら、東京まで急いで戻るんだぞ」
森の中のアジトに帰った三人は、取り寄せた豪勢な昼食を取った。部屋中に札束がばら撒かれて散乱していた。札束の山だらけである。沖村が言った。
「どうする、この金?」
すると、田村が、
「俺、新しい外車でも買うか?それとも、金貨でも大量に購入して、資産運用するか?どうだろう」
「俺なら、家でも購入して、住んでみるか?大邸宅ってのも悪くないな」
すると、少年が、笑って、
「馬鹿だな、おじさんたち。その金、全部、出金した銀行が紙幣番号を控えてある。だから、下手に使うと、お縄頂戴になっちゃうよ。だから、使うんなら、闇ルートを経由して使わないと。そんなことも知らないのかい?」
「へえ、銀行って凄いんだな?」
「問題は頭だよ、頭。頭、使わなきゃ」
「本当、お前、小学生のくせにませてんな?」
「それでさ、ここだけの話、実は今回よりも、もっと面白い遊びを思いついてさ、それ聴く?」
と、少年が身を乗り出して囁く。ふたりは、興味津々の様子である。
「何だよ、また犯罪かよ?もっと面白いって、まさか殺しか?」
すると、少年は身震いして、
「冗談じゃない、危害を加える気はないよ、詐欺だよ詐欺」
「俺たちに詐欺師になれってのか、どういうことだよ?」
すると少年が、
「実はさ、ある大物有名人を嵌めて、また大金をせしめようっていう寸法だよ、いい方法思いついたんだ、この話乗る?どう?」
沖村も身を乗り出して、
「ふん、なるほど。面白そうじゃないか、教えろよ?」
アジトの三人は、皆、顔を合わせて話し込んでいる。悪党揃いである。そんなこんなで、悪人たちの時は静かに過ぎていくのであった......................。




