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芳一郎奇談-四谷怪談  作者: 水嶋


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1/15

予約

この日は仕事で四谷に来ていた。


四谷には大学も沢山あり、俺は大学の心理学の客員教授として通っていた。


四谷は大学やオフィスが多いが都心にしては自然も豊かで歴史も古く落ち着いた雰囲気で好きな街だ。


ミシュランガイド掲載店や多国籍料理店、カフェなど、さまざまなジャンルの飲食店も集まる事でも有名だろう。


しかし、そんな有名店でない、隠れた名店を探すのも楽しみの一つだ。


今日も新しい出会いを求めて仕事帰りに当てもなく歩いていて、行った事の無い店を見つけた。


そこはまるで周りの風景に溶け込んでいるかの様な、気にしていないと目に止まらない様な小さくて隠されているかの様にひっそりと佇んでいた。



「臥遊」



と小さく書かれた看板があった。


「 臥遊 がゆう 」か…


寝そべりながら、山水の絵を眺めて、その世界に遊んだ気持ちになること


まさにピッタリと来る店名だなと思い、引き寄せられる様に店に入った。




「いらっしゃいませ」




中に入って驚いた。


外からは想像も出来ない内装だった。


店内はかなり広くてまるで一流ホテルや海外のセレブなんかが行くような豪華なものだった。


「此方へどうぞ」


と、席に案内された。


これは高くつきそうだ…

と少し後悔していた。


幾らぐらいかかるだろう…




「お客様…舌がお悪い様ですね」


「!?どうしてそれを…」



そうなのだ。俺は所謂、味音痴って奴だった。

全く分からない訳では無いが味が分かりにくい。味覚障害だった。


苦味・酸味・甘味・塩味・うま味の内、苦味だけはしっかり分かる。


苦味は人体に危険な物が多いから人間の本能的に危機を察知する能力は備わっているのだろう。


そんな人間がなぜ食べ歩きが趣味…

と思われているだろうが、分からないからこそ知りたいと思う知的好奇心だろうと自分を分析している。


これも心理学なんてやってる人間の性だろうか。



「それではお客様のお好みをお聞かせ頂いて宜しいでしょうか?酸味・甘味・塩味・うま味の内どれがお好きでしょうか?」



苦味が選択肢に無い…


俺の事が分かって言っているのか、単に苦味が美味しい物から省かれているだけなのか…


「好み…と言われましても、仰る通り俺は味が分かりにくくて…どの味が好きなのか…」


「では…この中でどの味が分かる様になりたいでしょうか?」



この中からなら…


恐らくこの先しっかり分かった方が良いのは「塩味」だろう。

塩分が分かりにくくて過剰摂取していると様々な病気になりやすい。


五味の内、1番感じやすいと言われているのも塩味だ。



「では塩味で」



味の好みと言うより打算的な考えで選択した。



「かしこまりました。今日はご予約の承りとなりますので、後日また此方にいらして下さい。」


「えっ!?そうなんですか?」


「はい。最高のお料理をご用意いたします。」



正直少しホッとしていた。


まあ、カードは有るがボッタクリの店みたいに何十万とか請求されて後ろから怖いお兄さんに囲まれるんじゃないかとヒヤヒヤしていた。



「あの…」


「はい?」


「また伺わせて頂きますが…お恥ずかしいお話で恐縮なのですが…」



やはり、この謎のやり取りには興味があった。

予約…と言うなら次に来た時にどんな料理が出てくるのか…

恐怖心は好奇心には敵わなかった。



「何でしょう?」


「お幾ら位…ご用意すれば…」



内装にビビってしまい、いい年をして恥を偲んで聞いてみた。



「この店のお代はお客様のお話です。」


「?」


「我々が楽しめればそれに見合うお料理をお出し致します。」


「…我々…?」


「はい。お料理に見合わない様でありましたら…」


「どうなるのでしょうか?」


「お客様に辛うじて残っている塩味の味覚を頂きます。」


「えっ!?」



そんな事が出来るのだろうか…

やはり揶揄われているのだろうか?

何かに騙されているのかも知れない…


知れないが…



「分かりました。」



と答えていた。


「では、ご予約のお名前をお伺い致します。」





「原田 芳一郎です。」




「かしこまりました。それではまたお待ち致しております。」


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