幻想白、白奏
ミュージカル、簡単に言ってしまうと曲を用いた演劇だ。
海外のミュージカル作品はなんというか、今喋りたい事を無理やり曲に乗せましたって感じだが、僕が今見ているこれは違う。
幻想的であり、音楽が主体だと着飾っていながらもセリフなどを音楽に乗せて喋らない、美しい音楽が鳴り響きその舞台の中で「少年少女と海の亡霊の物語」を表しながら音楽に合わせて歌ったりリズムを踏んだりする。
この少年少女と海の亡霊の世界観では死はそこまで重いものではないらしい、死者は、死者の国から年に一度、8月の中旬と10月の下旬の数日は帰ってきて生者と会話や簡単な遊びをするらしい。
まぁそれだけで重くないと言われてもあまり信じられないのだけど、だって年に2回、数日しか関われなくなるし死んだって事実は変わらないのに。
人間の倫理観からはちょっと外れてる気がするけど、それがこの作品のいいところだけどね。
だって、妹を殺された少年に「亡霊が!罪を重ねて、まだ生きようと足掻くのか!お前がどんな場所に逃げたとしても、あの世もこの世も、一片の雫も残さず探し出して!必ずお前を殺してやる!」なんて言わせる作品だからな。
ひどいよ、やってること。
「いい演奏会だねぇ」
言葉を溢すのはこの会場に幻想の力、一般的な妖怪が持つ7つの力の一つを使い、世界を書き換えている張本人。
猫に鏡、二つの要素が混ざり合い生成された巧拙妖怪。
首輪猫、アスキーキャットとも言う。
首輪猫はピアノで音楽を演奏している、だが弾いている音と実際に出ている音は全く違うもので、正しい音で弾いたとしても間違った音になってしまう。
音程が違うとか合っているとかではなく、幻想即興曲を弾いたら月光になってしまうレベルの改変能力。
大抵、妖怪内のネットワークでは妖怪には名前がつかない、余程目立つか強い個体が付けられるものだ。
この首輪猫は新しい種の妖怪というのに名がつけられた妖怪。
首輪猫は遊びでこの演奏会を開いている。
偶然、幸福の感情が大量に集まっているこの会場に赴き、偶然、会場に来ていた少年と少女を操り、負の感情の塊を亡霊として具現化。
観客には「少年少女と海の亡霊の物語」として映っている。
だが、正しくは首輪猫が感情や思考能力を奪い、捕食し、蓄えとする残虐な世界だ。
首輪猫はまだ演奏会を続けていた。




