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4話 夫人の故郷

「ディラック男爵夫人の故郷の村は洪水で流されたのではなく、焼け落ちたようだな」

「そんな……」

 

 チェルシーは信じられない思いで、目の前の光景を見つめる。

 炭とかした民家。苔むした井戸。延焼を免れた錆びた農具。どれも炎により奪われた村人たちのかつての生活を思い起こさせる。


「……お前はここにいるか?」

「一緒に行くわ」


 マイロはチェルシーの手を取ると、村の焼け跡を見て回り始めた。

 村のどこを見ても炭化した家の成れの果てがあるばかりで、まともに残っている建物はなかった。


「火事なら村全体に燃え広がる前に、近くの川から水を汲んで消火するなり、適当な家屋を壊して延焼を防いだりするはずだ。俺たちの村が火事になった時もそうやって対処してただろ? ここまで綺麗に全焼しているなら、焼き討ちにあったのかもしれない」

「焼き討ち……それってまさか……」


 不穏な予想に、チェルシーの声が震える。

 災害で失くなった村は故意に焼かれていたのかもしれない。それなら、村と共に犠牲になった村人たちはどうなったのか。


 それに、何故ディラック男爵は事実と異なる調査結果を夫人に伝えたのだろう。


「やはり男爵は信用ならないな。この村で起きた惨劇は、奴が絡んでると見て間違いないだろう。……おそらく、夫人の侍女の失踪にも関与してる」

「……侍女は自主的に辞めたんじゃなくて、旦那様が辞めさせたの?」

「ああ。辞表も脅して書かせたものだろう。あの侍女はこの村のことを調べると言ってたからな、男爵にとって都合が悪かったんだ。やつは邪魔な人間なら平気で人も消せるんだろう。……だから――」


 声を低くしたマイロはチェルシーに視線を向ける。その顔は今まで見たことがないほど険しかった。


「お前、今すぐ侍女を辞めろ。村の調査をしていたとバレたら、確実に狙われるぞ」

「……!」


 チェルシーは恐怖に体を震わせた。

 相手は貴族だ。平民のチェルシーを消すことなど、容易いことだろう。

 チェルシーはまだ死にたくなかった。身を挺して守ってくれた両親の分まで、長生きしたい。

 

 けれど、即座に頷けなかった。


 それだと奥様はどうなるのだろうか。幼馴染の侍女に突然辞められて、今度はチェルシーまで姿をくらませてしまったら。信頼した者を次々と失ってしまったら。


 奥様は貴族然としているから、きっと表では何事もなかったかのように振る舞うだろう。

 けれど、彼女の内面はとても繊細で傷つきやすい。

 半年間、側仕えとして彼女の言葉を聞いてきたチェルシーは、そのことをよく知っていた。


「……ああ、そうか。いきなり辞めてしまえば、怪しまれるな。男爵が噂通りの人間なら、お前が事実を察したと少しでも疑えば、地の果てまで追いかけて始末するだろうから」


 すくみ上がるチェルシーに、マイロは呆れたような視線を送る。

 だから、男爵家の侍女など辞めろと言っただろう――そんな声が聞こえてくるようだった。


「はぁ……。今さら後悔したところで、侍女になった以上は仕方ない。ルーイさんの頼みを断れるはずもないしな。これからできる対策を考えるしかないか」


 マイロはチェルシーの手を引いて、村を後にした。





 

「あら。もしかして、チェルシー?」

 

 最寄りの街に戻り、これからどうするか作戦会議をしようと宿へ向かっていたところで、背後から声をかけられた。

 

 聞き覚えのある声に、チェルシーは振り返った。


「ミランダ!? ミランダじゃない! 久しぶり! 元気だった?」


 ミランダはチェルシー達と同じ孤児院で育ったひとつ年上の少女だ。

 ミランダが十五で孤児院を出て以来の再会だった。孤児院出身の子は大抵街に留まるのでその後も付き合いはあったが、ミランダはすぐに他の街に行ってしまったからだ。


 チェルシーはすぐに駆け寄り、ミランダはチェルシーの手を取った。

 数年経っても変わらない互いの姿に、ふたりは微笑む。


「ええ! あなたも元気なようで安心したわ! 今もあの街に暮らしてるの?」

「今はディラック領にいるの。ミランダの嫁ぎ先は、この街だったのね」

「そうよ。あなたたちは……新婚旅行?」


 ふたりから少し離れたところで待っているマイロにちらりと視線を向け、ミランダは微笑む。

 チェルシーは慌てて首を振った。


「ち、違うわよ! どっちも独身だし、今日は用があってついてきてもらってるだけで! 全然……そういうのじゃないからっ!」

「そうなの? あなたたち、ようやくくっついたのかと思ったのに。孤児院を出てからも当たり前のように一緒にいるから」

「それは……」


 ミランダが誤解するのは無理もない。

 恋人でもない限りこうして旅までともにする男女はいないだろう。仲の良い幼馴染でも大人になれば少しは距離ができる。


「わかってる、わかってる」


 言い淀むチェルシーに、ミランダは口元に笑みを浮かべて、声を潜めた。


「だってチェルシー、孤児院の頃からマイロのこと大好きだったでしょ?」

「えっ……!? なんで、知って……」

「そりゃ、見てたらわかるわよ。誰かがマイロをからかってたらすぐに助けに行くし、マイロが珍しく他の女の子と仲良さそうに話してたら、ひとり落ち込んでたじゃない。あなた、かなりわかりやすかったわよ」

「そ、そうなの……」


 隠し通せていたと思っていたため、ひどく恥ずかしい。チェルシーは熱くなる頬を抑えた。


「ふふ。そういうあなたを見てるの、楽しかったわよ。まあ、もっといい人がいるのになんでマイロなのとは思ったけど」

「どうして?」

「いろいろ理由はあるけど……マイロって毒舌じゃない。気にかけてあげてるあなたにも遠慮せずにはっきり言うし」


 確かにマイロはざっくばらんだ。痛いところも躊躇せず指摘する。

 だが、チェルシーにとってそれは当たり前のことだ。言われたことに腹を立てることはあれど、隠さず本音を言うことに不満を抱いたことはない。


「マイロは素直なだけだわ。むしろ、変に気遣われる方がびっくりするかも」

「まあ、恋は盲目と言うものね。……でも、わかりやすさで言えば、向こうも負けず劣らずって感じだったけど。普段無口で先生や他の子とはほとんど話をしないのに、あなたに対しては――」

「ミランダ」


 ミランダの肩が大きく跳ねた。

 少し離れたところにいたはずのマイロは、いつの間にかすぐ近くに来ていた。


「お前、孤児院でてからずっとこの街に住んでるのか?」

「え、ええ……」

「そうか。なら……」


 マイロはミランダとしばらく話をした。マイロが尋ね、ミランダが答えるという尋問のような会話だったが、中身はなんてことのない街の日常を問うものだった。


「なるほど、よくわかった。……この街は住むには最適のようだな」

「そうね。……もしかして、あなた達、新居を探してるの?」

「……ああ。まだ完全に決めた訳ではないから、秘密にしておいてくれ」

「いいわ。でも、決まったら一番に教えてちょうだい!」


 ミランダは目を輝かせながらマイロに頷く。そして、チェルシーにこっそりと囁いた。


「私は他にいい男がいると思うけど、あなたが好きなら応援するわ!」


 チェルシーが何か言う前に、ミランダはもう家に帰らなければならないと、良い笑顔を残して去っていった。


「相変わらず、嵐のような女だったな」


 大きくため息をつきながらぼやいたマイロは少し疲れた様子だった。






「マイロ、新居を探してるの?」


 宿に戻ってから、チェルシーはすぐにマイロに問いかけた。

 夫人に調査費を貰ってはいたが、なるべく節約したほうがいいとマイロにアドバイスを受け、マイロと同室だ。子どもの頃は一緒の部屋で昼寝をすることもあったし、徹夜作業のマイロを心配し、彼の店に泊まることもあったので、抵抗はなかった。


「ああ。……無事に男爵家から逃げおおせても、今の街に住むにはリスクがあるだろ? 今のうちに候補は見繕っていたほうがいい。さすがにここは夫人の故郷近くだから無理だが」

「……そっか。ごめんね、マイロのお店、せっかく上手くいってたのに……」


 孤児院を出てからマイロはそれまで貯めていたお金であの店をかりた。それから二年、問題なく経営を続けているが、それがどれほど大変かは側見てきたチェルシーがよく知っている。


「店にも街にも愛着はないから気にするな。お前はとにかく、すみやかに侍女を辞められるように努力しろ。……いや、お前が変に動くと状況が悪化するだけか。いいか、お前は余計なことは一切するな。今まで通りに侍女をしてろ」

「でも、それじゃ、状況は変わらないんじゃないの? あたしだって、気をつければ何かはできるはずよ」

「……それで、上手くいった試しがあったか? 散々俺が後始末をさせられた記憶しかないが……。まあ、それはともかく、お前にはしてほしいことがひとつある」


 目を瞬かせるチェルシーに、マイロはある頼みをした。

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