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3話 男爵夫人の依頼

 ディラック夫人の改まった様子に、チェルシーは何事だろうと身構えた。


「あなたのその人を見抜く能力を活かして、信頼できる探偵を雇ってほしいの」

「探偵って……奥様、何かお困りごとですか?」

「そんなに大したことじゃないのよ。……ただ、わたくしの生まれ故郷が今どうなっているか、こっそり調べてほしいの」 

 

 夫人は結婚後、故郷の家族と時折手紙のやり取りをしていた。村は辺鄙なところにあったため、年に二、三回程度のやりとりだったが、それでも夫人は家族からの手紙が届くのを楽しみにしていた。

 

 だが、二年前、ぱたりと連絡が途絶えた。何度手紙を送っても一切返事がなかった。

 何かあったのだろうかと不安に駆られる夫人をディラック男爵は慰め、村に調査員を向かわせた。


「川の氾濫で村ごと流されてしまったようなの。村のすぐ近くに大きな川があったから……」


 外部との交流もそれほど頻繁に行われておらず、発覚が遅れた。そのため遺体の損傷が激しく、すぐさま埋葬したそうだ。

 その後、ディラック男爵夫妻が墓参りに行って、家族や村人たちの冥福を祈った。


「当時はわたくしの妊娠が発覚した頃だったから、大事をとってすぐには行けなかったのよ。実際に行ったのは出産してから半年後……侍女の募集をする少し前くらいだったかしら」

「つい最近ですね……」

「ええ。長年仕えてくれていた侍女が突然辞めてしまって……わたくしが塞ぎ込んでばかりで見ていられなかったのね。それで、彼女は愛想をつかしてしまったのよ」


 ザザッと、夫人の声に雑音が混じる。

 言うべきか言わないべきか迷い、顔に出てしまったのだろう。夫人は困ったように微笑んだ。


「あなたに隠し事はできないわね。……辞めてしまったのは本当よ。彼女の筆跡で書かれた辞表が残されていたから。でも、わたくしの情けない姿を見たら愛想を尽かす前に、まず叱咤する子だったのよ。あの子とは幼馴染で、お互いのことはよく知っていたから。……なのに、突然手紙だけ残して消えたの」


 夫人はそれに納得できなかった。

 男爵に訴えて侍女を探してもらったが、消息を辿ることはできず、諦めて新しい侍女を雇うことになった。


「あの子は、故郷の村のことを気にしてたわ。引っかかる点があるから調べないとって。……きっと、そのせいで何か事件に巻き込まれたの」


 夫人は悲しそうに目を伏せたが、すぐにチェルシーを見据えた。


「だから、あなたのその目で信頼できる人に調査を依頼したいの」

「それなら、私が調べますよ! 聞き込みする時も、あたしなら嘘を見抜けますし」

「でも、危ないわ。あの子の二の舞いになってしまうかもしれない」


 探偵ならば、こうした危険な調査にも慣れている。だから、そちらのほうがいいのではないかと夫人は言う。

 

「大丈夫です! 心配でしたら、ボディーガードを頼みますから!」







「……で、俺が呼ばれたってわけか」


 呆れたようにぼやくマイロに、チェルシーは反論する。


「あたしが呼んだのは『何か遭った時に頼れる人』であって、あんたじゃないわよ。なんで、あんたがここにいるのよ?」


 夫人にはボディーガードを依頼すると言ったものの、チェルシーには伝手がなかった。

 マイロが度々仕事で治安の悪い街に行っていたのを思い出し、彼ならボディーガードを頼んだこともあるだろうと相談を持ちかけた。


 マイロから適任者を用意すると返ってきたため、さぞ屈強な男が来るのだろうと約束の場所に向かったところ、マイロがいたのだ。


「そりゃ、俺以上の適任者がいないからな」


 チェルシーは思わずマイロの体を上から下まで見る。ローブに隠れて体格ははっきりとは分からないが、さほど身長があるわけでもなく、筋肉もたいしてついてそうには思えない。

 肉体労働をしているわけでもないから、力もさほどないのかもしれない。もしかしたら、チェルシーよりも貧弱なのではないだろうか。


「お前……今、失礼なこと考えてないか?」

「え……!? そ、そんなことないよ!」

「ならいいけど。……ボディーガードを雇うってことは、お前が能力を使っている場面を何度も近くで見られるってことだ。一回や二回程度ならごまかしも効くだろうが、そのうちお前の力を悟られるかもしれない」


 確かにそうだ。チェルシーは考えていることが顔に出やすいと言われている。


 人の嘘を見抜ける能力は物心ついた頃には既にあったため、人の声にノイズが混じるのはチェルシーにとっては当たり前のことだ。だから、人が嘘をついていても通常はスルーする癖がついている。

 だが、調査中は相手の発言の真偽を見極めることに集中しすぎて、顔に出てしまう可能性がある。変に意識すると失敗しやすいのが、チェルシーの欠点だ。


「夫人にも薄々勘付かれてしまったんだろ?」

「うん……。でも、あの方はあたしを利用しようなんて考えてないわよ」

「危険があるかもしれない調査を頼む時点で、利用されてる気もするが……ああ、わかったって。お前が自ら調査するって申し出ただけだったな。だから、そんな睨むな」


 マイロは大きくため息をつく。


「わざわざ危険なことに自ら首を突っ込むのは心底理解できないが……まあ、あの屋敷で今後も働くなら、不安の種ははっきりさせておいたほうがいいんだろうな」

「……ねえ。マイロが一緒に行くとしても、ボディーガードはいたほうがいいんじゃない?」


 夫人からは半月ほどの休みとともに、潤沢な調査費用をもらっている。旅費などを除いても、ひとりくらいなら人を雇える余裕はあった。


「あたしが顔に出やすくてもマイロがいるからごまかしやすいし、馴染の人なら雇いやすいんじゃないの?」 

「俺は他の街に行く時にボディーガードを雇ったことはないぞ」

「え……危なくないの?」

「自分の身くらい自分で守れる。今までもずっとそうだっただろ?」


 そういえば、村で暮らしていた時も孤児院時代も、やたらとマイロをからかう子どもたちがいたが、ある日を境に、彼に関わるのをやめた。

 みんな、マイロのことが恐ろしいと震えていたが……。


「もしかして、いじめっ子達と殴り合いの喧嘩でもしてたの?」

「今頃気づいたのか。あいつらには辟易していたからな、一度やり返したら一切手出しをしてこなくなって楽だった」


 幼馴染の意外な一面にチェルシーは目を白黒させる。

 マイロは饒舌できっぱりと物を言うから、てっきり言葉で相手を黙らせたと思っていた。まさか、拳で反撃していたとは。


 チェルシーの反応にマイロは得意げに鼻を鳴らすと、早く出発するぞと彼女を促した。




 夫人の故郷の村は、チェルシー達が住んでいた街から少々離れた場所にあった。乗合馬車で二日かけて最寄りの街へ行き、そこから徒歩で丸一日かけてやっと辿り着いた。


 くたくたになりながらようやく村に到着し、喜んだのもつかの間、チェルシーは困惑した。


「マイロ。奥様の村って、洪水で流されたのよね……?」

「夫人の話ではそうだな」


 困惑するチェルシーとは対象的に、マイロは平静だ。こうなることを予想していたのだろうか。


「でも、どう見てもこれって……」


 チェルシーは呆然と目の前の光景を見つめる。

 かつて村があったと思われる場所には燃え尽きた家々の残骸があった。

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