空色の瞳【冬の童話祭2026】
山のふもとにある、小さな村の外れ。
木々に囲まれた小道を抜け、大草原の真ん中にポツリとあるのは、ちいさな家。
赤い屋根と白い壁、庭には、季節ごとに咲き変わる花々。
そこに住んでいたのは、年老いた祖母と、ひとりの少女。
少女の名前は、 エリカ。
髪は、夕暮れの空のような赤銅色。
瞳は青く澄んで、まるで湖に映る空のかけら。
村の誰とも違う鮮やかな色彩をまとったエリカは、生まれた時から祖母のもとでふたりっきりで育ってきました。
祖母は、おだやかな人で、森の鳥や、星の巡り、薬草の使い方や、お料理の作り方をエリカに教えます。
エリカは話を聞くのが好きで、想像するのが、もっと好きでした。
花に名前をつけたり、風に手紙を書いたり、石ころと話す方法だって知っています。
「エリカは、風みたいな子だねぇ。どこにも縛られなることなく、きらきらと輝いて、風になって自由に飛んでいく。」
そう言って、祖母は、ころころと笑います。
「風になるって、なんて素敵なんだろう。」
エリカは、祖母のその言葉がとってもお気に入りでした。
ある冬の日の陽だまりの午後。
村の子どもたちと遊んでいたとき、一人の男の子がふと口にした言葉が、エリカの胸の奥に、ひんやりと冷たい石を落としました。
「エリカの目、なんでそんな変な色してるの? それに髪の毛も・・・おまえだけ、おかしいよなっ。」
遊びの輪は、一瞬にして静まり返ります。
誰かが笑い、誰かがうつむき、誰かが気まずそうに目をそらしました。
エリカは、必死で笑おうとしますが、うまくできません。
変な色?
おかしい?
どうして?
その日の帰り道、エリカは初めて、祖母に尋ねました。
「ねえ、わたしって、変?」
祖母は少し黙ってから、いつもの優しい声で言いました。
「エリカは、エリカだよ。変なんかじゃない」
でも、その夜、エリカは、部屋の大きな鏡を一人でのぞきこみます。
そこには、赤い髪と、空のような目をした、自分が立っていました。
ジィっと見つめていると、今まで大好きだったその色が、急に、良く分からない他人のもののように感じられてきます。
誰のものでもない、どこか遠くのもの・・・
そしてその晩、エリカは夢を見ました。
大きな鏡の中にうつるのは、見たことのない・・・けれども、自分の顔。
遠くからは、声がします。
「あなたは違う!」
「ここにいていい子じゃない!」
目覚めた時、エリカの胸には、いままで知らなかった痛みがありました。
それから、エリカは、次第に静かになっていきました。
空を見上げても、鳥の言葉を聴こうとしても、風が話しかけてきても、何も返すことが出来ないのです。
エリカのキラキラとした世界は、ゆっくりと色を失っていきました。
日が経つにつれて、エリカは、ますます口数が少なくなりました。
大好きな祖母に話しかけられても、「べつに・・・」としか答えません。
祖母は、何も言わず、ただそっと毛糸を編みながら見守るだけでした。
村の子どもたちは、悪意があったわけではないのです。
ただ、違うものを「ちがう」と言っただけ・・・
でも、エリカには、その「ちがいっ」が、まるで「まちがいっ」のように聞こえるのでした。
ある日、エリカは、いつものように一人で森へと入っていきました。
誰にも言わずに、音も色も失った森の中へ。
風に揺らされて葉がこすれる音も、小鳥のさえずりも、エリカの耳に届きません。
森の奥・・・木々の影が濃くなる秘密の場所。
そこにあるのは、小さな湖です。
エリカは、水面にそっと顔を近づけました。
水面に映る自分。
赤い髪。
空色の瞳。
「ねぇ、あなたは、どうして、こんな目をしてるの?」
水の中の自分は、何も答えてくれません。
ただ、風に吹かれてゆらりと揺れて顔の形を崩すと、しばらくして、また元に戻るだけでした。
その時、湖の向こうから、一羽の青い鳥が現れました。
鳥は、ふわりと降りて、石の上にとまり、首をかしげてエリカを見つめます。
「あなた、話せるの?」
エリカがそうつぶやくと、鳥は一声、「クルル」と鳴き声をあげました。
エリカは、思わず微笑みます。
しかし、またすぐに、うつむいてしまいました。
「わたし、へんな子なんだって・・・」
鳥は首をかしげたまま、もう一度「クルル」と声をたてます。
「わたし、エリカっていうの。あなた、名前は、ある?」
鳥は、羽をひらりと広げ、空に向かって跳ねるように飛び、またすぐにエリカの元へと戻ってきました。
その羽根の色は、エリカの目と同じ、どこまでも青っ。
「そっか。あなたも、私と一緒のこの色なんだね」
その日から、エリカは毎日、湖に通いました。
青い鳥は、エリカがあらわれると、どこからともなく飛んできて、何も言わずに、エリカのそばで鳴き声をあげるのでした。
この鳥だけは、話さなくても、分かってくれる・・・
エリカは、鳥の前では、笑顔をつくることができるようになりました。
ある日、鳥はエリカの前で、小さな羽を落とします。
青い、小さな羽根。
「えっ、これ、わたしに?ありがとうっ。」
頷く青い鳥に、お礼を言いながら、エリカは、それを大切にポケットにしまいました。
その夜のことです。
久しぶりにエリカから祖母に声を掛けました。
「おばあちゃん、わたしの目の色って、どこからきたの?」
祖母は、暖炉の火のそばで本を閉じると、ゆっくりと語りはじめました。
「あなたのお父さんの髪は、真っ赤で・・・あなたそっくり。それに、ママも、とってもきれいな瞳をしていたの。空みたいに、深くて・・・だからエリカの色は、お父さんとお母さんのふたりの贈り物だよ。」
エリカは、目を見ひらきました。
「じゃあ、これって、お父さんと、お母さんの色?」
「そう、エリカだけの、たったひとつの宝物。」
祖母の目が優しく細められると、エリカの胸の中に、きらきらとした小さな光が灯りました。
自分は、変じゃない。
そう思える夜がやってきたのです。
冬も深くなり、森の木々の葉は、すべてなくなってしまった頃。
エリカは、また笑うようになり、空を見上げて、風の匂いを感じることができるようになっていました。
けれども、心の奥の棘は、まだ抜けきってはいません。
どこからともなく聞こえる「ちがう」という言葉が、時々思い出したように胸を刺すのです。
そんなある日、学校で「自分のことを紹介する発表」がありました。
ひとりずつ前に出て、自分のことを語る時間。
エリカは、迷いました。
あの「変な目をした子」って笑われるかもしれない・・・
彼女は、話すのが、とっても怖かったのです。
けれども、自分の番になる直前に、あの鳥の青い羽根を握りしめると、胸の奥に風が吹いたような気がしました。
そして、教室の前に出て、静かに語ります。
「わたしの名前は、エリカ。目は、空の青色で、髪は夕やけの色です。これは、ママとパパからもらった色です。風や空と話すのが大好きで、森に住む青い鳥と友だちです。みんなと違うところもあるけれども、それが、わたしです。」
教室は、しんと静まりかえります。
でも、笑う声は、ありません。
一人の子が、小さくつぶやきました。
「空の色って・・・きれいだね。」
その言葉に、エリカは、胸がいっぱいになりました。
ほかの子とちがうということ。
それが、自分の世界を広げるのです。
大好きな祖母は、言いました。
「エリカは、風みたいな子だ」って・・・
私は、風っ。
わたしは、この目で空を見て、この耳で風を聴いて、この心ですべてを感じる。
誰かに、何かを決めつけられるのではなく、決めるのは、わたし自身。
長かった冬が終わり、青い鳥はもう、湖に現れなくなりました。
でも、エリカには、もう分かっています。
あの鳥は、自分の中に居るのです。
エリカは、前に歩き始めました。
空を見上げて、風の中で、自由に・・・エリカとして。
* * *
エリカは、今日も花に名前をつけ、風に手紙を書き、石ころと話します。
そうして、太陽に照らされるエリカの背中は、光に包まれ、空と同じ色の青い瞳は、きらきらと輝きにあふれるのでした。




