32:白煙の標的
(このままじゃだめ……何か、何かないの!?)
視線を二人から逸らすことなく、鞄の中を必死に探る。
(これなら……)
鞄に入っていたのは、ソーレンが念のために持っていけと渡してくれた発煙手榴弾だった。攻撃力はないが、視界を奪うには十分だ。
ミラは取り出した発煙筒をふたつ握りしめると、ふたりを見つめた。
戦いの最中、ソーレンがチラリとこちらを見て頷く。
ピンを抜き、教わった通りにスリーカウント。
全力で放り投げた発煙筒が白い煙をまき散らしながら、ふたりの少し横に飛んでいく。
「ソーレン!!」
ミラの声を合図に、ソーレンがクロウを蹴り飛ばして距離を取った。
たちまち辺りは真っ白な煙に覆われ、相手の姿は見えなくなる。
クロウはホークのように視覚に依存した戦い方ではない。それでも、視えぬ敵との交戦は避けたいはずだ。
特に、相手からは“視えて”いるという状況であればなおさらだ。
ひらりと近くに後退してくるソーレンに駆け寄りながら、ミラは追加の発煙筒を投げた。
「ミラ!」
「大丈夫、ソーレン。追えてるわ」
ソーレンの背後から、迷いなく一点を指差すミラ。
確かにその方向から、クロウの押し殺した嗤いが聞こえた。
「目を潰したつもりか? だがな――」
クロウの声が続くより早く、白煙の中でミラの指がスッと左に動いた。
ソーレンは上着からナイフを取り出し、躊躇なく投げつける。
「チッ―――!!」
少し離れた場所から、クロウの驚いた声が聞こえた。
まだだ。血の匂いをさせるようにはなったが、奴はまだ動いている。
ミラは、クロウの焦げた革のような臭いだけに集中した。
再びミラの指先が、クロウの動きをなぞるようにスッと動く。
「ソーレン!」
弾かれるように、ソーレンが飛び出した。
クロウはソーレンの全力の蹴りを咄嗟に右腕で受け止めようとしたが、そのまま大きく吹っ飛ばされる。
「ぐっ――」
薄らいできた白煙の向こうで、ふらりと黒い影が立ち上がった。
骨が折れたのか片腕をだらりと垂らし、明らかな焦りの臭いを漂わせている。
煙の切れ間から、奴の怒りに染まった真っ黒な目が見えた。
ソーレンが拳を構え、追撃しようとしたその時――
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
クロウはちらりと音の方に目をやり、口元を歪めた。
「ちっ、時間切れか……また会おうぜ」
吐き捨てるように言い残すと、煙の中に身を溶かすように姿を消した。




