25:暗闇の狩場
廃倉庫の前に立ち、ソーレンは黙ったまま建物を見上げた。
手に持つ懐中電灯とハンドガンの重みが、これからの展開を予感させる。隣ではミラが小さく息をのんだのが分かった。
「気を抜くな。奴らが本当にここにいるなら、ただじゃ済まない」
低く呟いたその声に、自分でも緊張が滲んでいるのがわかった。
ミラが小さく答える。
「大丈夫。匂いでわかるわ」
ソーレンは無言で頷き、懐中電灯のスイッチを押して、足を一歩踏み出した。
内部は静まり返っていた。照明は切れ、積まれた木箱の影が懐中電灯の光を飲み込んでゆく。
空気が重い。音がないことが、むしろ異常に思えるほどだった。
ミラが隣にいる気配を感じながらも、ソーレンは全神経を前方に集中させた。
過去、いくつもの“暗闇の現場”を歩いてきた。そのすべてが、今この倉庫の空気と重なっていく。
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ソーレンは気づいていなかった。
上階から、ホークが2人を見下ろしていることも──
無線に走る微かな音も、まだ耳には届いていない。
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突如、闇から飛び出した影――!
咄嗟にソーレンは懐中電灯を放り出し、ミラの肩を押して床に伏せさせた。
「伏せろ」
その一言の間に、光源は床を転がり、光が途絶えた。
倉庫内を支配したのは、音と気配だけの世界。
空気が裂けた。──来た!
振り返りざまに肘を突き出したが、空を切った。
女の吐息混じりの声が耳元をかすめる。
「へぇ……見えてないのに、やるじゃん」
冷ややかで愉悦を含んだ声。
次の瞬間、肩口に鉈がかすめ、ジャケットが裂けた。痛みよりも先に、次の一撃が来ると分かる。
腰を落として滑るように回避。床を蹴って距離を取る。
——訓練は裏切らない。暗闇に慣れたこの身体は、反射的に最善の動きを取っていた。
(足音がない……だが、あいつ動きにクセがあるはずだ)
呼吸と衣擦れ、風の流れだけがヒントだった。
だが、相手もこちらを観察していた。リズムを消し、完全に音を断つ術を心得ている。
斬撃。拳。蹴り。
鉈の一撃が迫るたび、ソーレンはハンドガンで防ぎ、足で距離を作る。
一撃は重く、鋭い。だが、モズの動きは鋭利な刃物よりもしなやかだった。
「いいね、もっときなよ」
声は近く、しかし気配は遠く離れている。
──見えてないのは、こちらだけではない。
彼女も、光を必要としていない。完全に感覚で戦っている。
再び気配が動く。拳を闇に向かって放つ。
手応え──だが、すぐに鉈の刃が腹をかすめた。
「っく……!」
痛みとともに血の匂いが立ち上がる。
呼吸を整え、姿勢を立て直す。
(読めない……が、それでもやるしかない)
暗闇の中での攻防は、一秒ごとに命を削っていく。




