20:クロウの影
街は、ようやく平穏を取り戻しつつあった。襲撃の翌朝、ソーレンとミラは静かな歩調で、駅前の通りを歩いていた。
ソーレンの肩には包帯が巻かれている。その腕で、彼は自然な仕草でミラの肩を抱いていた。まるで恋人同士のような近さ――だが、彼の視線は常に周囲を警戒していた。
そのときだった。
黒いモッズコートの男が、ふたりとすれ違う。
一見、何の変哲もない通行人。うつむき加減で、フードを深く被っていた。だが、その存在には、妙な重さがあった。
ソーレンの視線が、その男に引き寄せられる。
「ミラ……?」
隣でふいにバランスを崩した彼女を、ソーレンは即座に支える。
ミラはその胸にすがりつくように身を預け、肩で大きく息をしていた。瞳は定まらず、まるで悪夢から目覚めたばかりのように揺れている。
「この匂い……間違いない……あの男の……」
呟きはうわ言のようだった。
「……あの男? まさか――」
「……あの事故の男。革が焦げたような匂い……間違いないわ。今、ここにいた!」
ソーレンはミラを庇うように抱き寄せ、周囲に目を走らせた。
そして見つけた。
道路の向こう、雑踏の端に立つひとりの男。
黒いモッズコート。
フードの奥から、じっとふたりを見つめている。
言葉はない。ただ、その眼差しだけが、すべてを語っていた。
ソーレンの瞳が、鋭く光る。
それに応えるように、男の口元がにやりと嗤った。フードの影に浮かんだ、冷たい嘲笑。
「クロウ……!」
ソーレンの低い声に、ミラがはっと顔を上げる。
彼女の視線が道路の向こうへ向けられたとき、そこには――もう、誰の姿もなかった。
「……あれが、クロウ」
「――ああ。君の命を狙っている男だ」
「そして……私の両親を殺した男……!」
ミラは、男が立っていた場所をじっと睨みつけた。瞳に、はっきりとした怒りが宿っている。
その横顔を見つめながら、ソーレンは、そっと彼女の背に回した腕に力を込めた。




