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18:眠れぬ夜の告白

「ミラ? 開けるぞ……」


 きぃ、と扉が控えめに軋んだ。

 廊下の灯りが細く差し込み、それと一緒に、ソーレンの匂いが部屋にふわりと流れ込んでくる。あの、どこか陽だまりのような、優しくて温かい匂い。ほんの少しだけ、胸の奥の息苦しさが和らいだ気がした。


「ミラ……?」


 やわらかく低い声が、夢の底から現実へと引き戻してくる。

 足音が近づき、ベッドの端に体が沈む音。そしてその気配に合わせて、頭の奥に残っていた、あの男の臭いがすっと消えていった。


「ミラ、大丈夫か?」


 心の奥に触れるようなその声に、押し込めていた何かがほどけた。

 声もなく、ひとしずくの涙がこぼれた。


「……夢を見たの。パパとママが亡くなったときの……事故の夢……」


 喉がつかえ、最後まで言葉にできない。けれどソーレンは、なにも急かさず、ただ黙ってうなずいてくれる。その手がそっと頬に触れたとき、張りつめていたものが、ゆっくりと崩れていった。


 目を閉じて、ソーレンの体温と匂いに包まれながら、少しずつ呼吸を整える――逃げずに話せそうな気がした。


「……わたし、ちょっと変なの。匂いが……他の人とは違って、色々感じすぎるみたいで……。あのときも、残ってたの。事故のあと、車にぶつかってきた人の匂いが。……でも、誰にも信じてもらえなかった。子どもの妄想だって、笑われたの」


 ぽつりぽつりとこぼすたびに、胸の奥に沈んでいた記憶が浮かび上がっていく。

 そのひとつひとつを、ようやく口にできたことで、ほんの少しだけ、過去の重さがほどけていくようだった。



---




 ミラの話を、ただ黙って聴いていた。

 彼女の吐き出す言葉が、静かな部屋の空気を少しずつ震わせていく。


 ――どれだけ、苦しかったんだろう。


 あのとき見せた怯えは、単なる恐怖の名残じゃなかった。

 何年も、誰にも届かないまま押し込めてきた記憶が、あの夜、無理やりこじ開けられたのだ。


 守るべきだったのに。

 自分は、またしても彼女の痛みに間に合わなかった。


 言葉の尽きたミラが、そっと肩を寄せてきた。

 迷いながらも、その肩に腕をまわす。拒まれることはなかった。


 石鹸と涙の匂い――それなのに、不思議と温かかった


 気づけば、指先が彼女の髪に触れていた。

 ほんの一瞬、頭のてっぺんに唇を落とす。本人にも気づかれなかったかもしれない、小さな仕草。


 ⋯⋯これは、任務の一部じゃない。


 まだ言葉にはできない。けれど、確かだった。

 この手を⋯⋯二度と離したくないと、思っていた。



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