16:試される嘴
郊外にひっそりと佇む廃工場。その一角、
錆びた鉄骨が剥き出しになった無機質な空間。天井には、ひとつだけ裸電球が垂れ下がり、鈍い光を落としていた。
部屋の隅では、古びたアナログテレビがかすかに白黒のノイズ混じりの映像を映している。街角の交差点か、あるいは誰もいない通りか――判然としない。
部屋の中央には、革張りのソファ。その背に深く身を預け、足を組んで座る男がひとり。目を閉じ、微動だにしないその姿には、奇妙な静けさがあった。
ギィ……と、鉄扉が鈍く音を立てて開く。無言で入ってきたのは、黒いコートの影――ホークだった。足音だけがコンクリートに反響し、室内に広がる。
男は目を開けず、ゆっくりと口を開く。
「……報せろ」
ホークは立ち止まり、簡潔に告げた。
「ソーレン・ウルフ。手強い。警察を辞めて何年も経っているはずだが、判断も動きも、現役そのものだった」
「……ふん」
クロウと呼ばれた男が低く短く唸る。わずかに眉が動いた。
「そして――ミラ・アマリ。こちらも侮れない。偶然にしては、察知が早すぎる」
その言葉に、クロウはようやく片目を開き、アナログテレビの画面へと視線を滑らせた。画面には、街の交差点らしき風景がぼんやり映っている。
「だが、今のところ“理由”までは読めない」
ホークの声は変わらず淡々としていた。
クロウはテレビから目を離し、ふたたび瞼を閉じる。
「……面白い」
その時、扉の向こうからまた足音が聞こえた。やや軽く、乱れのない二つの足取り。現れたのは、スターリングとピジョンだった。スターリングは腕を組み、どこか飄々とした様子で立つ。一方、ピジョンは視線を落としたまま、クロウの顔色をうかがっている。
「……あたしらに、次があるって聞いたけど」
スターリングが開口一番に言う。
クロウは目を開いた。だが、立ち上がることはせず、そのままの姿勢で答える。
「そうだ。お前たちに任せる」
「挽回のチャンスってわけだな。乗るよ」
スターリングが唇を片側だけ吊り上げる。
ピジョンは少し声を潜めて言った。
「……具体的には、誰を?」
「ソーレン・ウルフと、女だ」
クロウの声が、天井の電球の下で硬質に響いた。
ピジョンがやっと顔を上げる。
「援護は?」
一拍置いて、クロウはホークに目をやる。それからすぐ、ピジョンに視線を戻し、簡潔に答えた。
「二人で十分だろう」
スターリングは肩をすくめ、笑みとも嘲りともつかぬ表情でピジョンを見やる。
「気が利くねぇ。あの男の首、置いてきてやるよ」
ピジョンはほんの一瞬、クロウの顔を見た。読み取るように。そして、うなずく。
二人は無言のまま、背を向けて部屋をあとにした。再び、静けさが戻る。
ホークはしばし無言のままテレビのノイズを見つめていたが、やがて低くつぶやく。
「……捨てるつもりか」
クロウはようやく重い腰を上げた。ゆっくりと立ち上がり、背後の扉を見やりながら、低く言った。
「舞台に上げる前に、役者の器を測る」
「……どっちの?」
ホークの問いに、クロウはわずかに口の端をつり上げ、笑みを浮かべる。
「――どっちも、だ」