11:口封じの会議
夜の倉庫街は街灯もなく、人けもない。
その倉庫の一室。コンクリートの床に、古びた木箱が無造作に積み上げられている。窓のない室内は薄暗く天井から下がる裸電球が、かすかに灯るだけだった。
ギィ――
軋む音を立てて鉄扉が開き、ホークが無言のまま入ってきた。
肩にかけていた上着をどさりと木箱に放り投げる。握り締めた拳には力がこもっている。
「……見られてた」
短いひと言が、場の空気を凍らせた。
間を置かず、ルークとモズも姿を見せる。彼らもまた黙したまま、ホークの言葉を待っていた。
「通りがかった女だった。怯えて、足がすくんでた。……目が合った。はっきりとな」
ホークの唇がわずかに震え、険しい眼差しが過去をなぞる。
「それだけか?」とモズ。
「違う。すぐ後に男が来た。目つきが……異様だった。ただの通行人じゃねぇ。距離があったのに、まるで、こっちの内側を読まれてるみてぇで」
モズが肩をすくめ、皮肉げに言う。
「探偵……かもね」
「あるいは元警官かもしれん」ルークが低く続ける。「武器は見せなかったが、あれは威圧だけで場を支配する類だ」
沈黙――
と、そのとき、奥の扉が音もなく開かれた。
現れたのはクロウだった。
いつもの黒いモッズコートを羽織り、足音もたてずに入室する。
その眼差しは冷たく、深海の底のように静かだった。
誰も、軽々しく言葉をかけようとはしなかった。
「……どうやら、お前たちの手際も緩んできたようだな」
押し殺した怒気が、低い声ににじむ。
ホークが何か言いかけるが、クロウの一瞥がそれを封じた。
「女は怯えていたが、男の方は……」
ルークが慎重に口を開く。
「あれは“記録する目”だった。見たものを持ち帰る目だ」
「報告はそれで全てか」クロウの声が鋭さを増す。
モズが短く頷く。「ああ。逃げたわけじゃない。これ以上やれば巡回に引っかかってた。撤退は……最善だった」
「結果として逃げたのと同じだ」
クロウは一歩進み出て、埃をかぶった木製テーブルに指を滑らせた。
その指先に付いた薄い灰色の汚れを、ホークの目の前に突き出す。
「顔を晒し、隙を見せた。情報が漏れれば、次の“本命”に支障が出る」
「……で、どうするつもりだ」
ホークが押し殺すように問う。
「口を封じろ」
クロウの返答に、迷いはなかった。
「その様子なら女は容易い。次に現れたときには、恐怖に声も出せまい」
「男は?」とルーク。
「お前たちで片付けろ。まずは尾行だ。どこに現れ、どこに戻り、誰と繋がっているか。全部把握してから、確実に動け」
「痕跡はどうする?」とモズ。「下手に動けば痕跡が残る」
クロウは笑わなかった。ただ一言、静かに告げた。
「“鴉”は跡を残さない。それを忘れたとは言わせん」
倉庫に再び沈黙が訪れる。
クロウは踵を返し、闇の向こうへと音もなく姿を消した。
残された三人は、互いの気配すら避けるように、沈黙の中に立ち尽くす。
しばらくして、天井のどこかから――
雨水が落ちる、ひとしずくの音が聞こえはじめた。