こんなはずじゃなかった
長編を悩みすぎて筆が進まないので気晴らしに書きました。
悪役令嬢ものにチャレンジしたかったけどそうならなかったやつ。
ほら、よくあるじゃない。
『異世界転生した主人公が幼少期に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気づいて、断罪されて罰を受けたくないから品行方正、清廉潔白な令嬢になってやるぜ!なんやかんやあったけど無事に目標達成!これから私は幸せになります!』みたいな小説が。
タイトルを教えろ?いやいや、細かい設定とか世界観とかが違うだけで大筋としてはいっぱいあるから覚えてないよ。
そんな小説はない?ああ、ごめん、あったのよ。『前世』には山のように。
「とまあ前世はともかく、そんな感じで始まったんだよねえ、私の人生」
「・・・『ここ』が目標だった、と?」
ダブルベッドどころかクイーンサイズというゆったり空間のベッドで、全裸の男と二人きりでシーツにくるまっている。
もちろん私だって何も着てやしないが、良いのだ。
だって目の前にいるしなやかタイプの筋肉がついた、むっちり胸板の男は私の恋人なんだから。
いくら蒸気機関車が始まったばかりのような近代のような時代で、身分社会の厳しい国だったとしても、そこそこ年齢がいったら『初心』じゃなくなる。
まして、娼館まで身を落とした元侯爵令嬢ともなれば尚更だった。
普段から仏頂面だが、今はさらに難しい顔をしている褐色の頬を指先でつつき、首の後ろだけを伸ばした燃えるような赤髪を指の間に掬い取って弄ぶ。
灰色とも薄い水色とも言える切長の瞳…目つきが悪いともいうけれど、その瞳が続きを促すように瞬いた。
「流石に娼館は目標じゃなかったねえ」
そこそこの資産を自分の手元に残しておいて、断罪される前に逃亡。
その後、どこぞの田舎で畑でも耕そうかとそんなスローライフを目指していた。
どんな時代もどんな異世界も平穏が一番である。
せっかく剣も魔法もある世界に生まれてこれたのだから、剣はともかく魔法を鍛えておけばいくらでもスローライフできると箱入り娘に育っていた幼少期は本気でそう思っていた。
現実は厳しいと知ったのはその後だ。
この世界、魔法はあっても誰もが使えるものではない。
よく小説であったように、貴族の特権イコール魔法である。
それを私は使えなかった。つまり、悠々自適の全自動スローライフの夢は途絶えたのである。
「前に話したでしょ、私、前は貴族だったって」
「レノの仕草を見ていれば誰だってわかる。…今はかなり砕けているが」
「そりゃあ貴族やめて長いからねえ。下町の言葉が染み付くよねえ」
「、それで?」
「んー…まあ、よくある話だ。『貴族紛いの落ちこぼれ』は、きっと私が有名なだけで他にもいると思う。元の家が魔法使いの名門ってことも起因して、家での扱いって言ったら…お?」
過去の話を全て聞きたいと言ったために語っているのに、眉間に皺をググッと寄せたのに合わせて私を抱きしめ、むき出しの肩口に顔を埋めてきた恋人。
真っ赤な毛並みの大型犬…いや、虎か…?なんて可愛いのだろう。
なんと言って良いかわからないから、行動で示してくるのだ、この男は。
見た目通りにサラサラとした毛並みを撫でながら、魔法を使えるはずの年齢に達した私のことを滔々と語る。
魔法が使えないと知るやいなや私の存在はなかったものとされ、双子の妹と弟が最優先となった。
だからって暴力を振るわれたとか食事を抜かれたとかはない。
根っから『上品に』『優雅に』と育てられたお貴族様にとって『誰かを虐げること』は『無視』その一択だった。
透明人間というか、物置に置かれた古い家具というか。
いつか使えるかもしれないから、たまに掃除するだけして視界の入らないところに仕舞っておこう、みたいな、そんな扱いだった。
前世の記憶を持った私からしたら『放置子』の単語が過ったけれど、暴力ありきの虐待がないだけガッツポーズもののラッキーだ。
令嬢が運動することを良しとされていない価値観なので、風邪の一つ、拳の一発でも受けようものなら致死レベルの毒を飲んだも同然。
重要人物の視界に入らなければ安心安全な生活なので遠慮なく引きこもりとなり、次の目標を模索している最中に『それ』は起こる。
第3王子との婚約話が『侯爵家の落ちこぼれ』である私に来た。
この段階で背中に回っている男の腕にギュギュッと力が込められる。
そのおかげで、私の豊満…とまではいえないか。まあ、そこそこの大きさの胸に立派な筋肉がめり込んで大変至福。
男からは見えないのを良いことに、そっとその場で合掌した。
「で、だ。貴族の婚約話と言ったらお見合いから始まるけど、政略が絡むなら本人の意向は関係なく進むわけで」
「断れずにずるずると、か」
「ずるずるっていうかあれよあれよ?第3王子は愛されてるけど、だからといって新しい公爵家は立てたくない。婿入り先を探そう。ちょうどいい年齢の令嬢いないな?いやいや一人だけいたな。私は落ちこぼれだけど血は名門だし、次世代に期待しよう。ついでに侯爵家と縁強くしとくか。っていう感じで抜け出せなくって」
「妹がいるんだろう」
「私より8歳年下なのに?」
「…第3王子とやらは」
「私の3つ上」
「………無理だな」
「でしょー?」
そういうわけで13歳の頃、16歳の第3王子と婚約が決まった。
前世の記憶がプラスされて『せっかく産んでくれた両親のためにここはいっちょ腹括るか』な私と、『なんで俺様がこんな落ちこぼれなんぞに頭を下げて婿入りしなきゃならんのだ』な第3王子。
お分かりかと思うが相性最悪である。
正直、第3王子の印象はあまりない。
最初の2回だか3回だかで二人きりの交流は途絶え、その後はあちら側の友人やらあちらが『いいな』と思った令嬢たちを交えたグループ交流となり、私が16になる頃にははぶられた。
もちろん貴族学校というところで、である。
よくある異世界転生もの事情なのだが、歴史や古典はともかく、数学やら地理やらの実務系のテストで高得点を叩き出せた私は『必死になってるけど、令嬢が実務に強くてどうするのか』とコソコソ嫌味を言われ、『お情けの婚約』だと正面切って言われ続けた。
こちらもお育ちが大変よろしいので叩かれるだ水を浴びせられるだはなく、小言ぐらいなら右から左へと受け流せた。
けれど一応、王家の決めた婚約によそ様が口出ししているので報告義務はあろうと各所に連絡した。
が、第3王子に何を言ったって鼻で笑われるだけ。
家に言っても『耐えろ』と言われるだけ。
ならば王家に、と手紙は送ったけれど返事がないのでちゃんと読まれているかはついぞ分からなかった。多分無かったことにされていると思う。
血筋のおかげで見た目だけは美少女の部類に入ってしまった私を周囲はどう見たのか、どういうわけか『お高くとまっている』となった。
どれだけ嫌味を言われても気にしていないのをそう解釈されたようだけれどよく考えてほしい。
たとえ私が貴族と認められていなくとも、実家は侯爵。
この国に公爵はないので、侯爵が次に偉いのである。お高くとまっているんじゃなく実際高い。
学校生活で何度そう思いながらうんざりしたか。
途中で止まったり、早口になったりの私の過去話を程よい低音ボイスで相槌を打ってくれる恋人にありがたさを感じながら、娼館に来た経緯の最後を語る。
「第3王子がですね、周囲が受け入れる浮気をしやがりまして」
「、!」
「いたっ」
「…すまん」
男の額を押し付けられてゴリッと音を鳴らした私の肩に優しくキスを落とされたので許す。
こういうアフターフォローがあれば第3王子もまだ許せ…ないな。うん。それとこれとはまた別だし、あんな野郎の後始末とこの最高の男のフォローとでは雲泥の差である。
一つ咳払いして、続きだ。
魔法の中でも特別価値があるとされるのが『治癒』の魔法だ。
それを使いこなすには生まれ持った才能と血の滲むような努力が必要で、それを成し遂げたのが第3王子と同い年の伯爵令嬢。
しかも可愛い。
私が綺麗系の美少女だとしたら、あっちは可愛い系の美少女で、可愛いのがお好みだった第3王子は伯爵令嬢の優秀さと可憐さにノックアウトされた。
いや、当人同士が相思相愛なのは分かっていたのだ。
本当に努力するタイプの伯爵令嬢だったから周囲も応援や祝福の声を投げたし、なんなら私も内心で応援タオルをブンブン回した。
いいぞ、そのまま周囲を説得して私を解放してくれ、と。
第3王子も国王と第1、第2王子に直談判し、王子らは説得できたそうだ。
あとは国王と王妃であり、伯爵令嬢も交えて顔合わせのような、説得会のような、そんなお茶会がセッティングされたと聞こえてきてから…雲行きが怪しくなった。
なんと、身分を重く考えた王妃が大反対したのである。文字通りちゃぶ台返しまでしたとか。
落ちこぼれとはいえすでに身分の高い令嬢が婚約者にいるのに、よりにもよって下位とは何事かと。
元からあまり好かれてないなとは思っていたが、私を庇ってる風を装って『お前の価値は身分だけ』とこき下ろしてくるの、姑って本当にどんな神経をしているのだろう。
好きで婚約したわけじゃないのになあ。さてどうするかなあ。
私は心の中で考えていたけれど、私を含め、校内のあちこちで『どうしたら王妃様を説得できるかミーティング』が開催された結果、いろんなグループが手を組んで勝手にあれこれ画策し、王族の婚約者がいながら浮気三昧であると私の罪をでっち上げ、一見まともそうな証拠と共に王家に訴えた。
ちなみにそのグループの中に第3王子もいる。伯爵令嬢がいるかどうかは分からないが、断罪の現場で見た表情を見たところ、血の気が引いていたので知らなかったかも。ま、今となってはどうでも良いことだ。
「『そこまで男好きなら罰にはならんかもしれんがな』って身分剥奪の上、ここに落とされたわけ」
「冤罪か」
「んふふ、そう、おそろい」
とっくの昔に外したけれど、男の首には分厚い枷がはまり、あちこちが汚れていた上にこんな立派な筋肉は無かった。
彼も彼で母国の将軍だったが、実力主義のお国柄、国王候補に上がったのをきっかけに裏切られ、嵌められ、奴隷落ちとなったそうだ。
あんなに誇らしかった母国が一気に醜く思え、今は未練も何もないと知っている。
「ちなみにレノの家族は?」
「切るよねー、てか切るしかないよねー、縁」
「だと思った」
「カイザーは?」
「俺は孤児だ。最初からいない」
「すごい。孤児から将軍!本当の実力主義だ」
「義理と人情はあると、思っていたがな…俺の話は良い。で?」
「ん?」
「娼館に落とされたのに、なんで街のボスになってる?」
「あー…聞いちゃう?」
「聞きたい」
「『カイザー』と出会った時の話も?」
「それは後の楽しみに」
シーツ越しにお尻を撫でられ、なんとなくその動きが妖しいので、思わず肩が跳ねた。
話させる気あるのかと静かに睨んだが、当の本人は素知らぬ風でこめかみや首を楽しそうに噛んでいる。
それ以上の動きにはならないので、これが寝物語、ピロートークというやつかもしれない。
娼婦に落とされはしたけれど、実際買われたのは一度だけなので、経験回数はカイザーが九分九厘。
普通の恋人はこんなことをするんだろうか、とちょっと考えたけれども、まあ良いか、と思った。
一般的な価値観で言うと、私たちは『普通の恋人』じゃないし。
息を整えて、娼婦としての『最初』を思い出す。
娼婦に落とされておいてなんだが、不幸中の幸いだったのが『最初の客』が純潔好きなだけで、加虐趣味だったり被虐趣味だったりが無かったこと
『こうやって女を甘やかすんだあ』といった会話に緊張をほぐされ、美味しい食事とお酒もいただき、それはもう丁寧に、真綿で包むようにお相手してくれたその人は、疲れて意識を飛ばした私が目を覚ますと、仕事であろう書類を手に私の頭を撫でてくれた。
それで惚れたってわけじゃないけれども、無体なことをされず、初めてがこの人でよかったと安心したのを今も覚えている。
娼館に持ってきているんだからそんなに重大なものではない、と言われつつもずらっと並んだ数字が見えた途端に目を閉じた私に気づいて、おや、と呟いた彼は『もしかして計算できる?』と聞いてきた。
そりゃあできますとも。なんたって前世の記憶持ち。
四則演算どころか分数とか『大なり小なりから導き出されるウンタラカンタラ』を理解しておかないと進学できなかったので。
目を閉じたまま頷くと、小学生レベルの計算問題をいくつか出されたので暗算でスラスラ答えたら、興奮した声音で目を開けるよう言われて…
「ささっとお風呂で洗われて服を着せられて、書類仕事の手伝いよ。最初のロマンチックがどっか行ったわ」
「ふっ」
「笑うなあー!」
「無理をいうな、ふはっ、くくっ、それで?」
「規模は小さいけど、経営が右肩上がりの商会の会頭さんでねー。人手が足りないなら雇えば良いのに、この景気は一時のことだから今は増やせないって…だからって娼婦をさ、経理係にすることないでしょうよ」
訳ありの元貴族令嬢なんだろうなと分かっていたけれど、見て良いよと言っても見ようとしない私にピンと来て『使える!』と思ったそうだ。
こういう書類を見て良いよと言われて見るのは、数字を分かっていないか、分かっていて利用しようとする人で、見て良いよと言われたら見ないのは、情報の価値を理解している人だから。
当時の私がいた場所は、場末ってわけじゃないけどめちゃくちゃ高級ってわけでもない、どちらかというと場末に近いランクの娼館で、その分だけ一晩はお手頃価格。
つまり、人を雇うより娼婦を必要な日数だけ買った方が安い。ものすごく経費削減。
それを堂々と言われた時は、あの甘い甘いマスクは『遊び用』なんだなと理解した。
そこからは会頭さんに毎日買われた。ヤることヤらずに計算三昧の日々である。
なんなら商会の従業員たちまで私の部屋にやってきたので、お姉様方からどんなプレイでメロメロにしたのかと聞かれ続け、守秘義務、情報漏洩、なんて現代的な考えに基づいて何も答えられず、精神的に疲弊した。
娼婦ってなんだっけ、と目が遠くなるのも当然。
お詫びとばかりにチップを弾んでくれたり、美味しいお酒だお菓子だを差し入れしてくれたり、商会の商品だというドレスとか香水とか化粧品とかをくれたりしたので良い思いはしたけども、娼婦ってなんだっけ。
そこまで付き合えば娼婦っていうより従業員の一人であり、従業員というより同士である。
どんどん右肩上がりになる経営事情に、誰か雇った方が私を買うより安いんじゃないかってぐらいお付き合いが長くなると、いっそ私を身請けしようか、と話が出た。
ところがどっこい。この時初めて私も知ったのだが。
「借金がねー小国の2年間分の国家予算レベルでついててねー」
「…は?」
「いやー、びっくりしたよねー。あれ絶対、慰謝料か賠償金か、はたまた散財費かそれら全部がドドンがドンだよねー」
流石のカイザーもドン引きして妖しい手が止まっている。
ドン引きするよねえ。そりゃそうだよ。私だってびっくりしたもん。流石の令嬢知識でも天文学的数字だったもん。
引き受けた娼館も最初は受け入れを渋ったが、現れたのは美少女だったもんで『長くいてくれるね!』で手の平コロッとしたそうだ。然もありなん。
そういうわけで、私を見受けするなら国家予算レベルを払わねばならないわけで、会頭から言われた。
『流石に無理。ごめん』って。
『買ってくれたら手伝うんで』って返すしかない。
じゃあこれから腹括るかあ、ともう諦めの境地にいた時、私の事情のあんまりさを聞いた会頭さんが苦肉の策で提案してきたのだ。
『君が娼館を経営すれば良いのでは』と。
不安はあったが、異世界転生のチートはここで活かせる!と謎のはっちゃけをした私は、その話に乗った。
それが【歓楽街のボス】のスタート地点
当時所属していた娼館のオーナーを、ものすごい説得した。
何週間も経営方針と、これからやっていくことを5年、10年の計画付きで力説し、最後には会頭さんと会頭さん繋がりの商人までもが『面白そう』とノリノリで協力してくれて…
結果、引退も考えていたこともあって、売上の3%を上納金とすることでオーナーの座を譲ってもらい、高級路線の娼館へ切り替えるべく一時閉店。
ただでさえある借金に追加し、改築と言って良い改装をやり、従業員を教育かつ、徹底的に健康管理した。
高級路線で行くからにはターゲットは貴族である。
つまり、必要なものは貴族女性にはない『健康的な体』と『程よい下品さ』だ。
せっかく男どもが甘い言葉で口説いても、意味が通じていなければ苦笑で答えるしかないし、ガハガハ笑う女性は貴族男性の多くが好まない。
貴族としては許されないが、頑張ってる平民ならまあ許してやるか。仕方がないな。そう思わせるギリギリのラインを攻める。
男爵か子爵令嬢レベルのマナーと立ち振る舞いを叩き込み、才能がありそうな人には伯爵令嬢レベルまで引き上げた。
意外にも、学はないけど地頭が良いお姉様方ばかりだったので、薄い布の服を着て谷間で誘惑するハレンチ女性集団から、自分の魅力をよく理解した脱ぐだけではない強か職業婦人集団が爆誕してしまった。
自分の美少女具合も中々なはずだったのに、現役のお姉様方の前ではモブとなってしまう。主に色香が。
心機一転、改装オープンの呼び込みのためにお姉様方が、今よりずっともっと寂れた歓楽街を練り歩くだけで涎垂らした男たちが見惚れるのだ。その様子を見た私は思わず拳を突き上げた。努力、実りました。
『美女揃いの娼館が開いた』と身分関係なく噂が噂を呼び、予約なんてできないのに予約したいの声が入る。しないけど。
そうしてやってきました改装オープン日。ここから1週間で、改装費用を稼ぎ切る。
その意気込みはあったが、お姉様方には『お話』だけしてもらう計画だ。
この世界、娼館=ヤる、なのでお酒と一緒に素敵なお姉様方と話すだけという店がない。
いわゆるスナックとか、キャバクラとか。
ただ高級路線にしたって他の店と区別をつけなければ私の借金は返せない。
区別をつけるなら、ここだと思った。
例えば初めての娼館、何枚も上手の綺麗なお姉様といきなり一対一。できるだろうか。いやできない。多分縮む。ナニが。知らんけど。
そんな時に『娼館に行った』という事実は欲しい見栄っ張りたちは安心すると思うのだ。
数人で行ってお姉様方を交えた席があり、酒と食事でお話だけして帰る、というのは、ちょっとした火遊びをしたい『だけ』なのだからきっとウケる。
その場の雰囲気を味わってみたい。普段の生活から離れたい。誰だって最初はそんな気持ちから火遊びしたり旅行したりするだろう。
安心安全、病気もない、婚約者がいても話だけだから浮気じゃない。話題もある、マナーも許せる、そして美人。
結果、ものっっっっっっっすごいウケた
それはもうものっっっっっっっすごい額になった(大事なので2回目)
改装費どころか振る舞う食費と酒代だって借金していたのにあっという間に返せた。
そこからはもう、天下である。私の娼館の。
よその客をぶん捕り、B級グルメでぼったくった。酒の味だけはわかる奴らが多いので酒代だけはケチらなかったが。
そうしていたらよその経営が成り立たないところが出てきたので、交渉して、2号店、3号店として合併し、私仕込みの教育を受けてもらう。
びっくりすることに皆さん地頭が良い。本当に良い。
バカっぽい言動をしていても、核心をついてきたりする人もいて、娼婦じゃなければ成功しただろうにとも思う。
平民だったら教育を受けれるのは稀なので、宝のもち腐れとはこのことか。
そうして教育が完了するや否やオープン。もちろんそちらも人気。
好みのお姉様を見つけた客はそれぞれの店舗に分散し、本来の娼婦の方もちらほら始まったと報告があった。
散々お世話になったし、大事な従業員なので思うところはあったが、割り切ることにした。
これは仕事。仕事なんだから、福利厚生を整えるのがオーナーの役割である、と。
定期的な休み、給料、化粧品やドレス代の各種手当、お抱えの医者の手配に住居の手入れ。
頻繁ではないが珍しくもない客同士のトラブル対応をするべく用心棒を雇い、給仕の人手が足りないとなれば有り余っている孤児たちを雇い入れ…
あっちこっち奔走している内に、キャバクラと娼館がミックスされた店舗、賭け金の上限ありの合法カジノ、見るだけのストリップクラブ(男女問わず)。
始まりが娼館だっただけにだんだん感覚が狂ってきて、この世界にこれまでなかった『火遊び』をいっぱい作った。
娼館の売上に追いつかんばかりに上がってきたのが合法カジノである。
この世界には他に言いようがなかったのでカジノとしたが、私の感覚でいうと『ゲームセンター』だ。
だってその店でしか使えない金メッキ仕立てのメダルに換金して遊んでもらうので。
スロットもルーレットも、ポーカーもブラックジャックもあるけれど、換金率が本来のカジノと違う。
例えば1ゲームにかけられるメダルの上限が10枚とする。それを実際の金銭に変換すると銀貨2枚。
つまり、目の前で山ほどの金メダルが積み上がろうとも、換金したら手の平に収まるぐらいなのだ。
金が積み上がる、という成功体験を目的とした半分健全、半分不健全の『ゲームセンター』である。
それでも平民にとってはちょっとした泡銭を掴むチャンスであり、身分も男女も関係なく大人気なので、この世界の娯楽の限界を見た気がした。ちょっとスリルがないと満足しないのはなんなのか。やはり金か、金なのか。
「そんなこんなで、あれそれ店舗拡大してたら歓楽街で私の手が入ってないところが無くなっちゃって…今は頑張って人材育成中」
「気づいたら【ボス】になってた、ってことか。やるな」
「いやあ〜我ながら成り上がったねえ」
気づいたら私の借金は無くなっていた。なんならちょっとした資産を築いている。
『もう経営から手を引いても良いんじゃないかな』とも思うけれど街を歩けば気安く声をかけてくれて、いろいろ差し入れされたりして。
身請けされて幸せになったお姉様方から手紙が届くたびに『もうちょっと人助けしてからで良いかな』と思うのだ。
そう思った結果、こんな素敵な恋人が隣にいるんだから、人生何があるかわからない。
以上で話は終わりだ。話しすぎて喉が渇いたので、振り返ってサイドテーブルに手を伸ばすも、腰を掴まれているので起き上がれない。
たくましい腕をペチペチ叩いて解放を告げるが、目の前にコップがふよふよと飛んできた。
魔法の使えるカイザーはこんな時便利である。
遠慮なく手に取って飲み干せば、再び魔法で元に戻してくれた。
ありがと、と言えば灰色の目に情欲の熱が灯り、視界が天井へと向く。
鼻の先がギリギリ触れるか触れないかの距離になって、二人して小さく笑い、深くもつれ合う。
温かくて、安心できて、幸せな日々がこんな形でやってくるとは思っていなかった。大変満足だ。
そういえば、この男はどうなのだろうか
「ん、ねえ、ユリウス」
「その名前は嫌だ」
「ええ…本名なのに…じゃあカイザー」
「なんだ」
「復讐、する?」
何に、と明確に言わずに首を傾げれば、目だけで斜め上の空を見た男は、しっかり頭を横に振った。
満面の笑顔とはとても言い難いが、情欲だけでなく私の向こう側にある温かい光景を見ているように目を細めたので、そうっと頬に手を伸ばす。出会った当初に比べたら健康になった肌がスベスベで気持ちいい。
男を撫でている手を掴まれて、手のひらに口付けが落ちてきた。ここから無言タイムかな、といつもの流れに身を任せようとしたら。
「こんなはずじゃなかった。…が、幸せっていうのが人の形をしていたらきっとお前だから、良い」
とんでもない殺し文句が飛んできた。
「……死ぬ」
「死なせない」
隠せるはずもないのに隠したい気持ちが上回って身を捩るも、楽しそうに抑え込まれて喉で笑われた。
辛くないだろうかと思ったのだ。ビジネスで体を開いた女を恋人にして。
やるせなくないだろうかと思ったのだ。異国の地で将軍をしていたのに、聞こえの良いとは言えない仕事をして。
それでも、私が幸せの証だと彼はいう。私とお揃いだ。
広くて分厚い背中に腕を回す。嵐のような熱はいつだって心地よく、それがこの男だったら尚のこと。
前世を思い出して、スローライフを目指して、魔法が使えなくて挫折して、政略結婚に腹を括って、でも叶わなくて。
修道院かと思ったら娼館で、娼婦かと思ったら経理担当で、経理担当からオーナーになって、オーナーのはずが歓楽街を制覇していて。
こんなはずじゃなかったのは、人のことを言えないかもしれない。
◾️
「ボス、フィリップと名乗る方が面会したいと」
「えー、フィリップ?知り合いにいないなあ。事前に予約は?」
「しておりません」
「じゃあ断ってー」
「それが…そのう、こしょこしょ」
「……はあ!?第3王子っぽいい!?ますます会うわけない!あっ、まっ、カイザー!丁重に!丁重にお帰りいただいて!」
「レノ、ちゃんとわかってる。丁重にお帰り願う」
「………意味は、あのままで?」
「………………いいや、臣籍降下したらしいし、今は王子じゃないし、うん、良いよ、きっと。多分、絶対」
「うわっ、さっき爆発音しましたよ!?本当に大丈夫なんですよね!?」
「大丈夫、大丈夫。…あれの意識があったら『ここはエロガキが来るところじゃない』って言っといて」
「無理ですよお〜〜〜!!」
今さら第3王子が来て何になるのか。
意味がわからないが、人伝に聞いたところ、あの時の伯爵令嬢と結婚したものの、あの令嬢が次女であったがために婿入りする先がなく、継承者がいなかった伯爵位を授けられて領地経営に勤しんでいるそうだ。
ただ、その領地に魔物が大量にいる上に、妻が清廉潔白すぎてそういった娯楽がないから戦力である兵士たちのストレス発散場所がなく、領民の流出がすごいらしい。
関係あるとしたらそこかな、と思うのだけれど、もしあれの口から『こんなはずじゃなかった』なんて出てこようものなら流石にぶちぎれるので、長年ために貯めた冤罪を晴らす証拠をゴシップ紙にばら撒いてやろうと思う。
カイザー、ユリウスときたらモデルは『カエサル』です。
ブルータス、お前もか(違う)
【追記】
ざまぁが欲しかった、と感想をいただいたので私なりのざまぁを後日談として追加しました!
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