彼女に浮気された俺は、二度と恋愛なんかしないと誓った。でも、新入生の部活の後輩に異様に懐かれ……!?
「り、理佳子……」
「――!」
彼女である理佳子に、用事があるから行けないと断られた夏祭りの会場。
そこで俺は、二年の藤島先輩と手を繋ぎながら歩いている、派手な浴衣姿の理佳子と遭遇してしまった。
あまりの光景に、脳が現実を受け入れることを拒否している。
全身の血が冷水に変わったんじゃないかというくらい寒気がする。
それなのに心臓だけは、ドクドクと今にも爆発しそうなほど早鐘を打っているのだ。
う、噓だよな理佳子……。
これは、何かの間違いだよな、理佳子……!
今日の昼間はうちの高校の学校見学会があり、案内係を務めていた俺は、その帰り道、フラッと一人で祭りに立ち寄ってみたのだが、そこでこんな地獄みたいな光景を目にするとは……。
「あーあ、まさかここで康太くんと会っちゃうかぁ」
「……!」
が、当の理佳子は、まるで授業中に先生から問題を解いてみろと指名された時みたいな、気だるげな態度を取っている。
そ、それが、浮気現場を見られた第一声かよ……!
「お前が悪いんだぜ、彼氏くん」
「……は?」
藤島先輩が、呆れたような顔で、そう零す。
俺が、悪い……?
なんでだよ……!
俺は浮気された側だぞ!?
「付き合ってから一ヶ月も経つのに、未だにキスすらしてなかったらしーじゃん。そりゃ理佳子も愛想尽かすって」
「そ、それは……!」
理佳子のことが、大事だったから……!
初めて出来た彼女だから、嫌われないように、慎重に接してたから……!
「ごめんね康太くん、そういうことだから。さあ、そろそろ花火始まっちゃうから、行きましょう」
「ああ」
これで話は終わりとばかりに、俺に背を向ける二人。
嗚呼、理佳子……、理佳子……、理佳子ぉぉおおお……!!!
「あああああああああああああああああああ」
俺は逃げた。
とにかく全力で逃げた。
そしてもう、二度と恋愛なんかしないと、心に誓ったのだった――。
「あれぇ? う~んと、おっかしいなぁ~?」
「……!」
そして季節は巡って春。
二年生になった俺が、いつものように放課後部室に向かっていると、廊下のド真ん中でうろうろしている女の子がいた。
リボンの色的に、新一年生らしい。
茶髪の髪をサイドテールにした、小柄で可愛らしい子だ。
道にでも迷っているのか?
それにこの子、どこかで見たことがあるような……?
……でも、俺はもうあの日以来、女の子とは関わらないって決めたからな。
可哀想だとは思いつつも、黙って通り過ぎようとすると――。
「うわああああん!! もう私、一生迷い続けたまま、ここで干からびてミイラになっちゃうんだあああ!!!」
「……」
頭を抱えながら、大声で叫び出したのである。
そんなわけないだろ……。
……まったく、しょうがないな。
「あー、君、ひょっとして道に迷ってたりするのかな?」
「え!?」
渋々俺が声を掛けると、女の子は青天の霹靂みたいな顔をした。
あれだけ露骨に助けを求めておいて、いざ声を掛けられるとそんな顔をするって、どういう神経なんだ?
「あ、違うなら別にいいんだ」
「いや!? 違わないです違わないです! ドチャクソ迷ってますッ! どうか助けてください~」
「はぁ……」
随分感情が忙しい子だな……。
「どこに行きたいの?」
「はい! 部活の見学がしたいので、文化部の部室棟に行きたいんですけど、私超方向音痴なんで、この地図を見てもどうやって行けばいいかわからなくて~」
女の子に渡された地図を見ると、部室棟への道が実にわかりやすく描かれていた。
これでも迷うとか、よく今まで生きてこれたな。
「それならちょうど今から俺も部室行くところだから、案内するよ」
「え!? いいんですか!? お、おいくら万円お払いすればよろしいでしょうか!?」
「いや、お金はいらないよ」
ふっ、これが所謂、おもしれー女ってやつなのかな?
「ここが文化部の部室棟だよ」
「おお! いかにも文化部の部室棟って感じですねー!」
小学生並みの感想。
「じゃあ、俺はこれで」
これでこのおもしれー女ともお別れだな。
「ま、待ってください!?」
「ん?」
が、おもしれー女は俺の腕を掴んで引き止めてきた。
ま、まだ何か?
「あの、先輩は何部なんでしょうか!?」
「え? 俺? ……文芸部だけど」
とはいえ、俺以外はみんな幽霊部員だから、実質部員は俺しかいないけど。
「文芸部!? 文芸部ってことは、文芸をアレコレする部ってことですか!?」
「うん……、まあ……、そうかな」
面倒くさいから、そういうことにしておこう。
「わあ! それ凄く興味あります! 今から見学してもいいですか!?」
「え……」
マジで?
「ほわぁ~、これが文芸部の部室! 文明開化の音がしますねぇ!」
しないよ。
そもそも文明開化の音って、どんな音だよ。
「……この椅子使って」
パイプ椅子についた埃を手で払ってから、おもしれー女の前に広げる。
「あ、ありがとーございます! えへへー、お邪魔しまーす」
何がそんなに楽しいのか、おもしれー女は大層ニコニコしながらパイプ椅子にちょこんと腰を下ろした。
俺もいつも使っているパイプ椅子に座る。
「先輩はいつもどんな活動をされてるんですか?」
「あー、適当に本を読んだり、あとはWeb小説を書いたり、とか、かな」
「Web小説!? 先輩Web小説を書かれてるんですかッ!?」
「っ!?」
おもしれー女が、目をキラッキラ輝かせながら、身を乗り出してきた。
あ、ヤバい、言うんじゃなかった。
「どんな小説ですか!? お願いです私にも読ませてくださいお願いしますお願いしますお願いしますうううう!!!」
「わ、わかったよ!?」
クッ、今まで理佳子以外の人に、小説を読ませたことはなかったのに……。
……まあ、あまり面白くなかったのか、すぐに読んでくれなくなったけど……。
「? どうかしましたか、先輩?」
「――!?」
いつの間にかおもしれー女が、鼻と鼻が付きそうなくらいの距離まで顔を近付けていた。
ぬあっ!?
きょ、距離感バグってんのか、この子!?
「あ、いや、何でもないよ。……これが俺の小説」
俺はスマホで、小説投稿サイトの俺の小説のページを開いて、それをおもしれー女に渡した。
「わあ! 凄い凄い! ガチの小説じゃないですか!」
ガチじゃない小説なんてあるの?
「拝見します!」
「あ、うん」
おもしれー女はビシッと敬礼のポーズを取った。
まあ、どうせこの子も理佳子みたいに、すぐ飽きるだろう。
「う、うおおおおおおおおおおん!!!」
「っ!?」
が、しばらくするとおもしれー女は、滝のような涙を流し出した。
そんなに感動するようなシーンあったかな??
よくあるただのダンジョン配信モノなんだけど。
「この、少年が自分の力だけで、頑張って困難を乗り越えていく姿は、胸を打つものがありますねぇ!」
「そ、そう?」
おもしれー女は拳をグッと握りながら、熱く力説している。
何その親目線の感想?
君本当に高校一年生?
「こんなに面白い小説を書けるなんて、先輩は天才ですよッ! 未来のノーベル平和賞候補ですよッ!」
「文学賞じゃなくて?」
ふふ、まあ、たとえお世辞でも、そこまで褒めてもらえるなら、悪い気はしない、かな。
「決めました! 私、文芸部に入ります! そして先輩が作家としてスターダストにのし上がる様を、間近で見守ります!」
「――!?」
マジで!?
あと、それを言うならスターダムね?
「今日からよろしくお願いします! 私は宮永波留といいます!」
おもしれー女こと宮永さんは、太陽みたいな満面の笑みを向ける。
……ハァ、しょうがないな。
「俺は在原康太。……よろしく」
「えへへ、在原先輩ですかー! 可愛い名前ですね!」
「何そのキャバクラに来たオッサンみたいなコメント」
別に可愛くはないだろ。
――こうしてこの日から静かだった文芸部は、大層うるさくなったのであった。
「あ、そうだ! 先輩先輩! 先輩って明日の夜は用事ありますか!?」
「え? 明日?」
そして更に季節は巡って夏。
いつものように部室でダラダラしていると、宮永さんが唐突にそう切り出してきた。
明日、か……。
「いや、別に用事はないけど」
「じゃあじゃあ、一緒にこれ行きましょうよー!」
「……!」
宮永さんがグイと差し出してきたのは、去年理佳子の浮気現場を目撃してしまった、夏祭りのチラシだった。
「……グッ!」
理佳子と藤島先輩が仲睦まじく手を繋いでいる光景を思い出すと、吐き気がこみ上げてきた。
クソッ、一年経っても、やはりまだ心に深く受けた傷は塞がっていなかったらしい。
「だ、大丈夫ですか在原先輩ッ!?」
宮永さんが露骨にアワアワしながら、俺に迫ってくる。
「あ、ああ、大丈夫だよ。ちょっとめまいがしただけだから」
「そ、そうですか……。やっぱり私なんかとは、お祭り行きたくないですよ、ね……」
「……!」
ただでさえ小さい身体が、更に一回り小さくなってしょぼんとしてしまう宮永さん。
……ふう、しょうがないな。
「いや、そんなことはないよ。行こう、お祭り」
「ホントですか!? えへへ、やったぁ! 楽しみだなー、楽しみだなー!」
まあ、俺と宮永さんはただの部活の先輩後輩だからな。
何もやましいことはないぞ、うん。
「先輩、お待たせしました!」
「っ! いや、俺も今、来たとこだよ」
そして迎えた夏祭り当日。
約束の場所に時間ピッタリに現れた宮永さんは、リンゴの柄の浴衣を着ていた。
いつもはサイドテールにしている髪も、今日は編み込みでアップにしているので、大分印象が違う。
「か、可愛いね、その浴衣」
「えへへー、ありがとーございます! リンゴ大好きなんです、私!」
「そ、そうなんだ」
「将来の夢は、リンゴ農家を支援する団体に入ることです!」
「自分がリンゴ農家になるという選択はないんだ?」
ふふ、まあ、そんなところも宮永さんらしいけど。
ほぼ毎日部活で顔を合わせているのに、まだまだ知らないことがたくさんあるんだな。
……もっと宮永さんのことを知りたいな。
――あれ!?
今俺、何を考えてた!?
イカンイカン……!
俺はもう、二度と恋愛なんかしないって、心に誓ったんだから――。
「んー? どーしたんですかー、先輩?」
「――!」
宮永さんがまた、鼻と鼻が付きそうなくらい顔を寄せてくる。
満点の星空みたいにキラキラした瞳が、俺をじっと見つめている。
俺の心臓が、トクンと一つ跳ねた――。
クッ……!
「な、何でもないよ。それにしても、よく迷わずにここまで来れたね? 結構道複雑だから、ちょっとだけ心配してたんだけど」
何せ初めて宮永さんと会った時も、凄くわかりやすい地図を持っていながらも、道に迷ってたくらいだからな。
「あ、はい! 奇跡的に、今日は迷わず来れました! 昨日はいっぱい寝たので!」
「関係あるのそれ?」
睡眠不足だと方向感覚なくなるタイプなのかな??
「さあさあ先輩、まずはリンゴ飴を食べましょう!」
「はいはい」
本当にリンゴが好きなんだね。
「――!」
その時だった。
どこからか、視線を感じた。
「ほ? どうかしましたか、先輩?」
「あ、いや……、何でもないよ」
うん、多分気のせいだろう――。
「あ、先輩、もうすぐ花火始まるみたいですよ! その前に、リンゴ飴買っていいですか?」
「また買うの!?」
これで四本目だ。
どうやら宮永さんは、好きになったものはとことん味わおうとする傾向があるな。
俺が今まで書いた小説も、全部の作品を合わせたら百万文字以上あったのに、あっという間に全て読み終えたし。
「ハァ~、花火楽しみだなー。早く始まらないかなー。早く早くー!」
リンゴ飴も買って花火会場まで来て、準備万端の宮永さん。
ふふ、宮永さんは、本当に人生楽しそうだよな。
「……あ、在原先輩、今日はありがとうございました。私の我儘に付き合っていただいて」
「え?」
宮永さんが急にしおらしくなり、頬をほんのり染めながら俯いた。
宮永さん……?
「あ、いや、俺も楽しかったから、気にしないでよ」
むしろこれで、去年のトラウマも少しだけ拭えた気がする。
そういう意味では、俺のほうこそ、宮永さんに感謝しなきゃな。
「ホ、ホントですか!? じゃあじゃあ、これからも先輩のこと、遊びに誘ってもいいですか!?」
「――!」
例によって鼻と鼻が付きそうな距離に詰めてくる宮永さん。
――ふふ、おもしれー女。
「ああ、もちろん」
「やったぁ! ……あ、あの、在原先輩、実は私、先輩に謝らなきゃいけないことがありまして……」
「え?」
謝らなきゃいけない、こと?
「私が方向音痴だっていうのは、噓だったんです! 本当は私、方向音痴じゃないんです!」
「っ!?」
宮永さんはガバリと頭を下げてきた。
そ、そんな……。
「じゃあ、なんで、初めて会った時は迷ってたの?」
「……先輩は覚えてないかもしれませんけど、私と先輩が会ったのは、あの日が初めてじゃないんです」
「……は?」
頭を上げた宮永さんは、いつになく真剣な顔をしていた。
そ、そうなの……?
言われてみれば、確かにどこかで見たような気はしてたけど……。
「去年の学校見学会で、私のことを案内してくれたのが、在原先輩だったんです」
「……あ!」
そうだ、思い出した!
俺が理佳子の浮気現場を目撃した日、昼間俺は学校見学会の案内係を務めていた。
その担当した子の中に、茶髪でサイドテールの可愛い子が確かにいた。
あれが宮永さんだったのか……。
「あの日先輩は、とても優しく私に学校のことをいろいろ教えてくれました。――こんな素敵な先輩がいるなら、私もこの学校に入りたい! そう思って、苦手な勉強を頑張って、何とか合格できたんです」
「……そうだったんだ。ごめんね、今まで忘れてて」
「ふふ、いいんです。……だから、入学してすぐの部活動紹介で、先輩が文芸部だってことがわかった時は、胸が踊りました!」
「は、はは」
まあ、文芸部の部員は実質俺だけだったからな。
俺一人で部活動紹介したから、そりゃ目立つわな。
「絶対私も文芸部に入ろうって決意したんですけど、ただ入ってもあまり先輩の印象に残らないから、どうしてもインパクトのある出会いを演出したくて……」
宮永さんは照れくさそうに、ポリポリと頬を掻く。
なるほど、だから方向音痴のフリをしたってわけか。
あの日宮永さんは、俺があそこを通り掛かるのを、じっと待ってたのか。
それはそれで、おもしれー女ではあるな。
「それなのに最初、先輩が私のことを無視して行こうとしたから、ビックリしちゃいましたよ! 学校見学会の時のあの優しかった先輩はどこに行っちゃったのーって、内心アワアワしてました!」
「あ、うん、あれはホントごめん」
あの頃は、もう女の子とは関わらないって決めてたからな……。
それなのに今はこうして宮永さんと二人で夏祭りに来てるんだから、俺も随分変わったな。
――いや、宮永さんに変えられたんだ。
「ううん、それでも大袈裟に助けを求めたら、手を差し伸べてくれましたから。ああ、やっぱり先輩は変わってない。あの日の優しい先輩なんだって思ったら、感激に打ち震えました!」
なるほど、あの時の青天の霹靂みたいな顔は、感激に打ち震えてた顔だったんだ?
宮永さんのおもしれー女レベルがとどまることを知らない。
「それから毎日部活で先輩と顔を合わすたび、私の中での先輩への想いはどんどん大きくなっていきました。――だから今日、先輩に私の想いを伝えようって、勇気を出して先輩をこのお祭りに誘ったんです」
「宮永さん……」
宮永さんがリンゴ飴を握った拳をプルプル震わせながら、じっと俺を見据える。
「あ、在原先輩、私は、在原先輩のことが――」
「やっほー、康太くん」
「「――!!」」
その時だった。
この場では絶対に聞こえないはずの声が、俺の鼓膜を震わせた。
「……理佳子」
そこに立っていたのは、他ならない理佳子だった。
去年と同じ、派手な浴衣に身を包んでいる。
な、何故、ここに理佳子が……。
途端、去年のトラウマがフラッシュバックした。
全身から冷や汗が吹き出て、心臓がバクバク暴れている――。
「あ……、先輩、この方、は?」
宮永さんが揺れる瞳で、おずおずと俺に訊ねる。
「フフ、はじめまして可愛い後輩さん。私の名前は佐伯理佳子。康太とは恋人同士だったの」
「こ、恋……人!?」
大きく目を見開いた宮永さんは、リンゴ飴をボトリと落としてしまった。
……クッ!
「……もう昔のことだよ。……今はただの他人だ」
「アラ、つれないわね。前は毎日あんなに甘い言葉を囁いてくれてたのに」
頬に手を当てながら、いやらしく口端を吊り上げる理佳子。
「あ……あ……」
「い、いい加減にしろよッ! 今日は藤島先輩とは一緒じゃないのかよ!?」
「……とっくに別れたわよ、あんなクズ男」
「……え?」
そ、そうだったのか?
二年生になってからは理佳子とはクラスも別々になったから、全然知らなかった……。
「信じられる? アイツったら、他の女と浮気してたのよ。私みたいな可愛い彼女がいるにもかかわらずよ? まったく、神経疑っちゃうわ」
「――!」
お前、それ、本気で言ってるのか……?
去年のお前も、俺にまったく同じことをしたんだぞ――!!
「だから今の私は奇跡的にフリーってわけ。フフ、ねえ康太、康太がどうしてもって言うなら、もう一度やり直してあげてもいいわよ?」
「…………なっ」
何を言ってるんだ、コイツ……。
どの面を下げて、そんなことが言えるんだ……!?
本当に同じ人間なのか……。
「あ……あの……あの……、私……、し、失礼ます!」
「っ! 宮永さんッ!」
宮永さんは肩を震わせながら、物凄い速さで駆けて行ってしまった――。
宮永さん――!
「フフ、面白い子ね。――でも康太の好みじゃないわよね? 康太は私みたいな、大人っぽい女が好きだものね?」
「……」
頬に手を当てながら、妖艶な笑みを浮かべる理佳子。
この瞬間、俺は確信した。
さっき感じた視線は、理佳子のものだったんだ。
多分理佳子はずっと前から、俺と宮永さんの関係を疑っていた。
そしてどうやって知ったのかは定かではないが、今日俺と宮永さんが二人で、この夏祭りに来ることも把握していた。
だから宮永さんが俺に告白する絶妙なタイミングで、こうやって邪魔してきたんだ。
大方俺に対する愛情は大して持ってはいないが、他の女に取られるのは気に食わないってとこだろう。
――コイツはそういう女だ。
……まったく、我ながらこんな女を本気で好きだったなんて、嫌気が差す。
「……残念だったな、理佳子」
「え?」
「俺は女の好みが変わったんだ。――今の好みは、いつも元気でリンゴが大好きな、おもしれー女なんだよ」
「……なっ!?」
理佳子は青筋を立てながら、ワナワナと震え出した。
ハハ、ざまぁみろ。
「じゃあな」
「ま、待ちなさいよッ!」
もちろん待たない。
俺は理佳子をガン無視して、宮永さんを追い掛けた――。
「宮永さん!」
「せ、先輩……!?」
少し走ると、人気のない茂みの近くで立ち竦んでいる宮永さんを見付けた。
「あ、あの! 私のことはどうかお気になさらず! さ……さっきの美人の彼女さんのことを……大事にしてあげてください」
宮永さんは目元の涙を必死に拭いながら、震える声でそう言う。
宮永さん……君ってやつは。
「いや、キッパリ断ってきたよ」
「…………え。な、なんで」
青天の霹靂みたいな顔をする宮永さん。
ふふ、宮永さんは俺が予想外な行動をすると、その顔になるんだね。
――本当に、おもしれー女だ。
「――今の俺が好きなのは、宮永さん、君だからだよ」
「――!!」
途端、ただでさえ大きい目を更に見開きながら、ポカンと口を開ける宮永さん。
ハハハ、可愛いなぁ。
「え? 好き? 今、私のことを好きって言いましたか先輩?? そ、そそそそそそそれって、ラブって意味ですか?? ライクじゃなく、『ラブラブあいしてる』って意味ですかッ!?」
「ああ、その好きだよ、宮永さん」
てか随分古い番組知ってるね。
本当に君、平成生まれ?
「ふ……、うぐ……、ぐふっ……、あ、在原せんぱああああああいッッ!!!!」
「ぐえっ!?」
宮永さんに思い切りタックルされた。
「在原先輩在原先輩在原せんぱあああああい!!! 私も先輩のこと、ラブラブあいしてますうううう!!!」
「ハハ、ありがとう、宮永さん」
ギュッと抱きついてくる宮永さんの頭を、よしよしと撫でる。
本当にありがとう、宮永さん。
君のお陰で俺は、また人を好きになることの尊さを思い出せたよ――。
「……在原先輩」
「――!」
そっと目をつぶりながら、唇を俺に差し出す宮永さん。
――俺は震える手を宮永さんの肩に置きながら、ぎこちないキスをした。
「……ん」
生まれて初めてしたキスは、リンゴ飴の味がした。
――その時。
「……あ、先輩、あれ!」
まるで俺たちを祝福するかのように、夜空に大輪の花火が打ち上がったのである。
「……綺麗ですね」
「……ああ、本当に、綺麗だ」
俺の綺麗がどっちに向けての言葉なのかは、ご想像にお任せしよう。