一話 森で暮らす転生者、朔間丸。
僕の名前は朔間丸。16歳。
転生者、と呼ばれている者だ。
転生者というのは「異世界からこの世界にやってきたもの達」という意味。
すなわち現世で死んで、この世界に転生してきたもの達だ。
だが、近年。その転生者も珍しいものでもではなくなってきた。
なにしろ、王都だけで40人以上はいるのだから。
まぁ、それでも“転生者”が“優遇の対象”であることには変わらない。
転生者というだけで無償で学校に通えたり、貴族のお付きになれたりもするらしい。
当然、僕にも等しく優遇を受ける権利は巡ってきた。
ーーが、僕はそれを全て断った。
そして、今、森に住んでいる。
え?どうしてそんなことになったかって?
まぁ、その理由は色々とある。
まず、僕は都会が、嫌いだ。組織も国も嫌いだ。
アホみたいに古風な制度を守ってる連中も大嫌いだ。
しかも生憎、近代魔法も、攻撃魔法も好まない。
それを使っている連中も好きじゃない。
だから、こうやって貰った金貨で小屋を立てて、農作物を作って、鶏を飼って、静かに暮らしている。
それでも、あまり不自由することなく(近くのダンジョンまで行かないと、水が確保できないこと以外)楽しく過ごせている。
つまり、僕は“転生したましたが、スローライフを楽しんでいる一般人になりました”というわけだ。
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そんなこんなで、今日、僕は、森のダンジョンに向かっていた。
というのも、水がきれるまでにダンジョンまで取りに行かなくてはならないのだ。
僕は、荷馬車にタンクとバケツを積んで、それを自分で引いて歩く。
あ、馬は持ってない。餌代すごいし。
それに、幸いなことにダンジョンまではそれほど遠くない。
途中に生えている小さな柑橘系の木の実を、摘みながら歩いているだけで、すぐダンジョンに着いてしまう。
だいたい25分程度だろうか。近くて便利。
ダンジョンに到着すると、荷馬車からバケツを下ろして肩にかけ、中に入っていく。
ダンジョンは暗くて怖いが、一層目ならさほど危険なところではない。
僕は、ダンジョン内の階段をひたすら降りていく。
そして、左手に伸びる細い通路を超えて、とある洞窟に辿り着いた。
その洞窟の真ん中に、謎の人工物が、ある。
それはうすら青く光っていて、真ん中が不気味に凹んでいるのだが。
……何の因果か、滴り落ちた水滴が溜まっていた。
つまり、それは、自然に出来たすい盆であった。
といっても、見た目はめっちゃメカメカしい。
このすい盆が、水を溜め込んでくれてるので、そこから水を汲み取るというわけだ。
ちなみにこれは、ダンジョンの探検家から教えて貰った情報だ。
川や湧き水などの水源がない、ここら辺では貴重な存在だ。
ただ水が溜まってるだけでも、水源として探検家に重宝されているのだとか。
それは、ここら辺に住んでいる、僕にとっても同じだ。
いやはや、ありがたや。ありがたや。
タンクを埋めるために何往復もして、ようやくタンクが満タンになるという頃。
ふと、ダンジョンの出口近くで倒れている人を発見した。
不運にも、地上に階段の途中で力尽きて、うつ伏せになっている。
「……まじか。あれ死んでないよな」
などと言いながら、近寄ってみる。
よく見てみるとまだ若い少年だ。
年齢は15歳〜18歳くらい?
まぁ、どちらにせよ、僕と同じ年くらいだろうな。
服装は近未来的なデザインだが、恐らく制服だろう。
王都のエンブレムが刺繍されてるし、王立学園に違いないな。
そこまでifの推理をすると、僕はそっと男に近ずいた。
「…生きてますかー?」
耳の近くで呼びかけてみるも、全く反応しない。
勇気を出して、軽くペンペンと頬を叩いてみると、やっとうーんと呻く。
意識はあるようだ、良かった。
僕はほっと一息ついた。
「おーい。おーい。」
その後も何度か呼びかけてみるが、全く目を覚まさない。
それどころかさっきのように呻くこともなくなってしまった。
さて、どうしよう。
ここは仮にもダンジョン内だ。
声を出し続けるのも、魔物を引き寄せるリスクがある。
このまま小屋に連れて行く以外、選択肢はなさそうだ。
そうと決まれば急いだ方がいい。
と、僕は、男を荷馬車に乗せ、家に連れて帰ることにした。
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ーー40分後。帰宅。
僕は、彼に回復薬を飲ませてて寝かせた。
この回復薬は、東の森に住んでいる魔女から貰ったものだ。
汎用だが、いい魔法薬だ。よく効くだろう。
だが、魔法薬を飲ませたとしても、栄養のある食べ物を食べなければ、体力も出ない。
なので、スープを作ってあげることにした。
僕の庭で取れたトマトやにんじんを使えば、そこそこ栄養のあるスープが作れる。
僕はよしっと呟いて、暖炉に火をつけた。
ーー数分後。
暖炉の火でミネストローネを作っている。
と、男が目を覚ます気配がした。
ごそごそと寝返りをうち、やがてその瞳を開いた。
「やぁ、起きた?」
数秒間、目が合う。
あれ。こうして見るとイケメンだな、と僕は思った。
「…こ、ここは?ここはどこだ!」
ついに、起き上がった彼は僕に掴みかからん勢いで迫ってくる。
自分が倒れ、さらに僕の小屋にいるのが信じられないという様子だ。
「お、落ちついて」
仕方ない。
ダンジョンで倒れたものはみんな混乱するのだ。
「黙れ!俺はダンジョンの深層部で倒れたはずなのに、なぜここにいる!」
ダンジョン深層部?
深層部は何十階も下にあると聞いていた。
それは、なかなかに奇妙な話だと、僕は眉をひそめる。
「いや、君は普通に入り口で倒れてたよ?」
「そんな有り得ない…そんなことは!!」
彼の言うとおり、確かに有り得ない話だ。
まぁ、常識的には有り得ないだろう。
だが、仮にもここは剣と魔法の世界。
魔法が使えるんだから、不可能もないんじゃないか?と僕は思う。
例えば、転送魔法とか、帰還魔法とかがダンジョン自体に隠されているなんてことがあるかも知れない。
「まぁまぁ。そういう魔法もあるのかもな。ダンジョンの入り口まで戻れるとか」
「……何を言っている?そんな魔法が存在する訳ないだろ」
男は、この上なく不快そうに言い放った。
氷のような冷たさだ。
心配してやってるのに、なんて言い草だ。
「いや、ひょっとしたらあるかも…」
「何を言ってる。現代魔法でもそんなことは起きない。貴様、確証があって言っているんだろうな?」
ーーその言葉にハッとする。
確証は無かった。というより全て僕の想像だった。
久しく忘れてた感覚。
そうだ。決めつけは良くない。
浅はかに軽くフォローしたことが彼の逆鱗に触れたのだと、理解できないほど馬鹿じゃない。
そうだ。現世でもそうやって嫌われたんじゃないか。
僕は慌てて訂正する。
「…すまん。あるかもって思っただけで確証は無いんだ」
「アホ。あるわけないだろ。普通に生きていれば分かると思うが。」
と、悪態を着いて言い放つ彼に、ぐぅの音も出ない。正論だ。
僕はこの世界のことをなにも知らない。
なのに、勝手に魔法は万能と決めつけたのは僕なのだから。
「忠告だ。確証もないのに余計なことを言うな」
「す、すみません、でした…」
二人の雰囲気は最悪だ。
この世界に転生してこの方、一年。
ここまで気まずいと感じたことはあまりなかった。
「…病み上がりなんだし、少し休んだら?」
などと、言ってみるも無視されてしまう。
死ぬほど気まずい。
が、無神経なことを言ってしまった手前、何も言えない。
ーー二人の間に、沈黙が落ちる。
そのうち、ミネストローネがグツグツと煮立ってきた。
具合が悪くても、虫の居所が悪くても、ミネストローネなら食べれるだろう。
僕はそう考えて、木の皿にミネストローネを注ぐ。
そして、それをベットまで持って行った。
これが気まずい空間を打破するきっかけになれば、と心より願いながら。
「とにかくこれ食べて。元気出るよ」
男は黙って、素直に受け取った。
が……スープにはなかなか口を付けない。
なんだ?警戒してるのか?
それともミネストローネ食ったことないのか?いやまさかそれはないか。
「えっと…ミネストローネだよ」
何となく説明をして、自分のお皿にもミネストローネを注ぐ。
「知ってる」
と返ってきたので、じゃあ早く食べろよなどと心の中で呟いてしまう。
がそれを押さえ込んで、とりあえず自分の分をササッと食べることにした。
僕は、皿に口を付けてスープを流し込んだ。
うん美味しい。
トマトの酸味と甘みがよく出てるし、キャベツも豆も柔らかい。
ちらっと男を見てみると、相変わらず男はそれに口をつけずに僕を見つめていた。
まじで。なんなんだコイツ。
「あのさ……食べたら?」
僕はついに本題を切り出した。
すると、男は不思議そうに僕を見つめ返した。
「スプーンは?」
「…あぁ、そのことか。スプーンはないんだ」
男がスープに手をつけない理由が分かり、ほっとする。……のも束の間だった。
「お前。俺に手で食えと言っているのか」
「…そんなこと言ってないだろ」
つい、イライラとした声質になってしまう。
スプーンを用意できなかったことは悪いと思ってる。
だが、難癖つけてる場合か?
だいたい弱ってるんだから、文句言わずにササッと食えばいいんだ。
つい、心の中でそんな悪態をついてしまう。
「悪いけど、皿から直接飲んでくれない?」
「いや…ど、どうやって…」
どうやって?今どうやってって言ったのか?
こいつ……マジで分からないのか…?
珍しいものを見るような目線で彼をつい見つめてしまう。
それに対して男は赤面…というか恥じ入った表情になる。
「本当にここにはスプーンがないのか?これは俺に対する侮辱ではあるまいな?」
「侮辱…?何言ってんだお前」
その言葉で僕はふと、考える。
確かにスープを、スプーンなしで飲むのは邪道だ。
でも、だからってスプーンがないことを「侮辱」だと受け取るのは、大袈裟すぎる。
なら、こいつは本当にスプーンでしか、スープを飲んだことがないんじゃないか?
それこそ、有り得ない話じゃない。
どこかの貴族かおぼっちゃまか、恵まれてる人間であれば。
だからスプーンが出てこないことを本気で「侮辱されている」と考えたのかもしれない。
そのif理論に、僕はため息をついた。
「…悪いが僕の家はそこまで裕福じゃない。ここではスプーンは“贅沢品”なんだ」
何気なしに言葉を選んだつもりだった。
だが、その言葉を聞いた瞬間、彼の表情が強ばった。
まるで強いショックを受けているように、はたっと動きを止める。
「……そうか、すまなかった。」
落ち込んだ…?同情…はされてる感じには見えないが、これは一体?
分からない。他人の感情は分からないな。
そして、彼はすぐさま自分の比例を詫びるように、さらに口をつけてスープを飲んだ。
さっきの僕の飲み方を見て、覚えていたのだろうか。
彼に対する気持ちが柔らかくなるのを感じた。
僕と同じ、不器用な人間なのかもしれない。
「おいしい。礼を言うぞ。ありがとう。」
と、彼は豪快な口調で言った。
その強がりとも見える姿勢を僕は受け入れる。
「そっか。なら良かった。」
そう微笑んで、僕はスープを口に流し込んだ。
ってことで記念すべき第一話です。
何かを騙したりする爽快感のあるストーリーにしたいと思ってます。
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