【コミカライズ】死者に嫁がされた令嬢ですが、死んでたはずの公爵令息が生き返ってもぐいぐい求婚してきて困る
深夜。ラメント公爵家の前に一台の馬車が停まり、純白のローブに身を包んだ少女が一人、降り立った。
「『送り屋』のディーナ・オルセインでございます」
「お待ちしておりました。……こちらです」
出迎えた使用人は悲痛な顔でディーナを邸内にいざなう。
案内された室内には大量の使用人、公爵夫妻と医師、そして泣きはらして顔を真っ赤にした令嬢と、その傍らに寄り添う身なりのよい男。その最奥にベッドに横たわった一人の青年。
今夜の依頼人、ニール・ラメント公爵令息だ。
「改めまして。オルセイン家より今宵の『花嫁』としてまいりました」
その言葉に令嬢はわっと泣き崩れて、隣の男性に寄りかかった。
「そんな、酷いわ。私という婚約者がありながら、花嫁だなんて……っ」
「ヴァイオレット、仕方がないよ。そのような風習なのだから。『冥婚』──身分の高い独身男性が亡くなった時は、かりそめの花嫁をたて、安らかに眠れるように見送ってもらうんだ」
ヴァイオレットと呼ばれた令嬢はどうやら故人の婚約者であるようだ。であるならば、隣にいるのはラメント公爵家の親族であろうと思われた。
「ええ。そのような風習ですから。結婚と言っても、形式的なものです。死者を弔うのは一族のつとめ──そのために、簡易的に一族に加わるだけですから」
「ああ、マシュー。私これから、どうしたらいいの……」
「大丈夫、大丈夫だよ、ヴァイオレット……」
ディーナは感情的に手を握りあう男女を横目で見ながら落ち着きはらった様子で鞄を床に置き、純白のローブを脱いだ。中も同じく簡素な白のワンピースを着こんだ少女はディーナ・オルセイン。オルセイン男爵家の令嬢だ。
オルセイン男爵家は代々、この世に未練を残した死者の言葉を聞き、鎮め、あの世へと向かう手助けをする「送り屋」を生業としている。オルセイン家は貴族の末席ではあるが、常に死のかたわらにいる事から恐れられ──悪い言い方をすれば不吉だと忌み嫌われている。
「ディーナさん、どうかお願いね。ニールはとても明るくて無邪気で、誰にでも分け隔てなく接するとてもいい子だったの。どうか彼が安らかに眠れるように……」
けれど、必要とされてはいる。公爵夫人の言葉はそれ以上続かなかったが、ディーナは小さくうなずいた。
今日の依頼主はラメント公爵家令息、ニール・ラメント。
年は二十歳、死因は酒に酔い、階段を踏み外して頭を強打。医師の見立てでは、死に不審な所はないそうだ。
「──では、儀式を始めます」
送り屋の仕事は、未練を残して彷徨う魂に寄り添い、送ること。
もちろん、その度に死者と結婚ごっこをしていては不誠実というもの。
今夜のニールはディーナにとってとっておきのお客様だ。普段はそこまでのサービスはしない。相手が公爵家であるからこそ、オルセイン家も送り屋として活動を始めたばかりの若い娘を冥婚の相手として派遣したのだ。
ディーナは床に跪き、ニールの手を握り、瞳を閉じて魔力を込めた。死後、丸一日が経つまでは魂は体の傍にある。
ディーナの意識はニールの魂に触れた、はずだった。けれどなんの反応もない。
魂の中にはその人格がいて、ディーナの仕事は最後の言葉を聞いて遺族に伝える事だ。はっきりとした言葉である事はまれで、要領を得ない言葉だったり、怨嗟の声の時もある。そのようなときは「依頼人は家族への感謝を述べておりました」と当たり障りのない事を伝える手筈となっている。……そもそも、魂がとどまらずに、すぐにあの世へ向かってしまう場合もある。
だから、高い金を払って呼んでも何も得るものが無かったではないか、と送り屋の事を軽んじるものもいる。けれど、死者というものはきちんと弔ってやらないと、いつまでもその場にとどまって、時には怨霊と化すのだ。
確かにいる。けれどニール本人が、死者に対する呼びかけには答えない。
「……どうですか、ニールは何か言っていますか」
ニールの従兄弟だと言うマシューの言葉に、ディーナは軽く目を開いた。
「……しばし、お待ちを」
ディーナは表面上は落ち着き払いながらも、内面は困惑している。どうにも要領がつかめない。しばらく探って、ディーナはあるひとつの不都合な真実にたどりつく。
──彼は、死んでいないのだ。
「いやよ、いや。ニールが死んだなんて嘘。だから最後の言葉なんて必要ないの。私が彼の婚約者よ。彼から離れて!」
ヴァイオレットが耐えられなくなったのか、ディーナをニールから引き剥がそうとした。
「帰って!……帰ってよ!」
「いえ、このまま仕事せずに帰るわけにはいきません。しばしお待ちを」
ディーナは微笑み、意識を自ら手放した。彼の魂により近づくためだ。
ディーナの意識はニールの魂の中にやってきた。真っ白な精神世界の中で、ニールらしき人物が膝を抱えてうつむいていた。
「ニール様」
ディーナの声に、ニールはぱっと顔をあげた。
「君は……天使?」
「いいえ。ディーナ・オルセインと申します」
オルセイン、と聞いてたちまちニールの表情が曇った。
「……送り屋のオルセイン、か。なら……本当に……俺は……死んだんだな」
「ええ。御気の毒なことに、階段から足を踏み外して」
ニールはその言葉を聞いて、ゆっくりと立ち上がった。死を受け入れる覚悟ができたのかとディーナは思ったが、そうではないようだ。
「……送り屋に、伝言を頼もう」
「ええ、なんなりと」
「事故死は間違いだと、訂正してくれるか」
「……」
「俺は殺された。従兄弟のマシューと、婚約者のヴァイオレットに、だ。毒を盛られ、階段から突き落とされた。医者もグルだ」
「……私がそれを言って、皆さんが納得するかどうか」
──面倒なことになった──送り屋として独り立ちして、初めての大きな仕事だ。丁寧に、きちんとした手順を踏み、信頼を勝ち得て有力貴族から継続的な依頼を生み出そうなんて真面目なことを考えたのがいけなかったのかもしれない、とディーナは思った。
「オルセインの仕事ぶりは信用に値すると聞く。君の言葉なら両親も聞くだろう」
「……ですが、ねえ。婚約者とあなたの従兄弟が共謀してあなたを毒殺した、だなんて明日には社交界のトップニュースですよ」
ニールは事実を暴露してすっきりするだろうが、事実関係が暴露されれば、公爵家は若い世代を二人も失うし、ヴァイオレット嬢にしたって極刑は免れないだろう。
死者の最後の言葉は、生者にとって不都合な事実と成りうる場合がある。今もそうだ。死者の言葉によって状況がひっくり返るとしたら、今までの依頼者たちに「うちにも何か隠された真実があったのではないか」と問い合わせが殺到するのは目に見えている。
「なにか恨みを買うようなことをしたんじゃないですか? 心当たりがあるなら、素直に受け入れるのも手ですよ。真実を知って、ご両親は尚更悲しむでしょうに」
「ない、していない。この命をかけてもいい。知らずに息子を殺した相手に家督を譲るのが幸福とはとても思えない。頼む。俺の無念を晴らしてくれ」
「いえいえ、二つの家の存亡をかけた発言をするなんて私には責任が重くて──」
無情なようだが、この世界は生きている人間のものだとディーナは思っている。生きていたもの勝ちで、死んだものは負けなのだ。
「頼む。頼むよ。君がうんと言うまで、俺は絶対に天には昇らないぞ」
「困ります。朝になる前に家に帰れなくなります。それに、怨霊になって困るのはあなたですよ」
「構うものか。俺は絶対にここを動かないぞ」
ニールはどっかりと座り込んだ。ディーナはため息をつく。
「そんなに心残りなら、ご自分で言えばいいでしょう」
「できないからこうして君に頼んでいるんだ。縁があって俺と君とはかりそめとは言え結婚したんだろう、夫の頼みぐらい聞いてくれててもいいじゃないか」
──死後の世界の、ね。
これは非常に面倒なことになったと、ディーナはため息をついた。けれど彼女にはこの状況を解決できる方法に一つだけ心あたりがあった。
「一つだけ、方法があります」
「え? 死者が復活できる秘術でもあるのか?」
ニールは立ち上がり、ディーナの肩をつかんだ。
「あるわけないでしょう。単純にあなたはまだ完全には死んでいない、という意味です。仮死状態と言う事ですね。まあこのままだと、確実に死にますが」
「……気を持たせるような事言わないでくれ」
「方法があると言ったでしょう」
ディーナは自分の肩に置かれたニールの手を掴んだ。
「私と契りを結ぶのです」
──オルセインの者が、市井の送り屋とは違い、疎まれ、恐れられ、時には蔑まれながらも貴族として名を残している理由。
──それは、任意の相手と魂の契約を結ぶことで、死の淵に立つものを呼び戻す秘術を使えること。
もちろん、その秘術は人生に一度きりの、一族にだけ伝わる秘匿。
「兄も試したことはないそうですが、母は父に試した事があるので問題ないかと」
──まあ、一族以外のものに秘術の存在を知られた場合、その相手と結婚しなくてはいけないのだけれど。言わなければ分かるはずもない。
「ほ……本当にそんな事ができるのか?」
「大丈夫ですよ、ニール様。私が一緒にいます。オルセインの仕事ぶりは信頼が出来るのでしょう?」
ディーナが薄く微笑むと、ニールもまた、安心したように微笑んだ。
「……それもそうだな、では頼む」
殺されて、これから生き返るというのに随分と軽い人だな、とディーナは思った。
──まあ、いいか。どうせ今日だけの付き合いだし。
ディーナはニールの手を握り、魔力を込めた。
「ディーナ、ありがとう。この恩は一生をかけて返すよ」
──そこまで、真面目に考えなくてもいいのに。
別れ際の言葉に、ディーナはぼんやりとそんな事を思った。
ディーナが目を覚ました時、彼女の体はソファーに横たえられてはいたものの、誰もディーナの事を見ていなかった。何しろ、死んでいたはずの息子が目を覚ましたのだ。送り屋の男爵令嬢などにかまっている暇はないだろう。
「二……ニール様が目を!」
「ニール!」
「ああ、奇跡だ」
室内は異常に騒がしい。何せ一つの部屋に十数人が集まっているのだから当然のことなのだが。
「あのー、もう、よろしいでしょうか。最後のお言葉はニール様のほうから直接……」
誰も、ディーナの話を聞いていなかった。強いて言うならば、真っ青な顔のマシューとヴァイオレットが悪魔を見るような目でディーナをにらみつけていた。
──やれやれ。
「では、私は不要のようですので、お暇いたします」
ディーナは執事が盆に乗せていた報酬をさっさと受け取って、ラメント邸を出た。ニールが生き返った事に関与していると思われると厄介だ。
一昼夜がすぎて、王都は殺人事件の話題で持ちきりだった。
長年の婚約者でありながら、美人ではあるが高慢ちきで金遣いの荒いヴァイオレットに興味を示さないニールに、ヴァイオレットは次第に苛立ちを感じるようになっていった。その孤独につけこんだのが、ニールの従兄弟であり、相続権を持つ従兄弟のマシュー。マシューはヴァイオレットに言葉巧みに近づき、「私が公爵家を相続したらあなたを妻に迎え入れよう」と口説き落とした。二人は共謀し、ニールの酒に毒を入れて、彼を階段から突き落とした。
一旦は仮死状態に陥っていたニールは、家族が送り屋を手配しているあいだになんとか息を吹き返し、二人の罪を糾弾した。というのが事のあらましだ。
そこまで新聞を読んで、ディーナは一旦紅茶に口をつけた。オルセインの家は不気味だと使用人が居つかないため、朝遅い家族を放っておいて、ディーナはひとりで簡素な朝食を取っている。
紅茶を飲み終わり、さてこの前の報酬でも数えようかとディーナが伸びをしたとき、オルセイン男爵家の前に一台の馬車が停まった。こんな朝から仕事かと、ディーナはため息まじりに顔を出す。
「ディーナ!」
馬車から降りてきたのは渦中の人物であるニールだ。
公爵夫人の言った通り、随分と元気で明るい雰囲気のある人なのだとディーナは思った。社交界にも出ない自分とは仕事以外で金輪際関わる事がないだろう、とも。
「ラメント様、どうされました」
まさか公爵家ともあろうものが『死んでなかったんだから払った金を返せ』とでも言うのだろうか、とディーナは少し不安になった。
「準備はできたかな?」
ニールは朗らかな笑顔で、ディーナの手をぎゅっと握った。気さくで明るいを通り越して馴れ馴れしい男だ、とディーナはほんの少し辟易とした。
「何のですか? 次はヴァイオレット様でもお亡くなりになりましたか?」
追放、ないしは投獄を嘆いて自白の前に自死を選ぶ、というのはまさしく令嬢らしいしぐさと言えるだろう。とディーナは思った。
「ヴァイオレット? いや、彼女は拘留されている。準備と言うのは、ディーナ、君の引っ越しだ。……いつ、俺の所に引っ越してくる?」
まっすぐにディーナを見つめるニールを、眩しいなと思いながらディーナは目を背けた。
「なぜ私がニール様のところに引っ越しを?」
「結婚するだろう? 君は俺の花嫁で、一緒にいるから大丈夫で……何より、一生をかけて恩を返すと誓った」
「……あ、あれは言葉のあやですよ。あんなの、本気にする方がどうかしています」
ディーナは慌てた。まさか冥婚を本気にする男がこの世にいるとは思わなかった。いや、相手の男はおしなべて死んでいるので、今まで気にする必要もなかったのだが。
「俺は本気だ。君を妻にする」
ニールの人となりを紹介するときに『けれど頑固だ』と付け加えておいてほしかったと、ディーナは心の底から思う。
「私はふさわしくありませんよ」
「では、ディーナ。君は俺を殺すか?」
「しませんよ」
「家の財産を着服して豪遊したりは?」
「しません」
「不貞をはたらくことは?」
「ありえません」
「……あの状況で、君以外の女性で俺を救える人が他に?」
「いませんね」
「なら、十分だろ」
ニールはにっこりと笑った。
「ディーナ、俺は責任を取るっ!」
「いえ、これは私の勝手ですから。そこまで責任を取っていただかなくて結構です」
結婚する、しないと二人の押し問答は平行線のままだったが、とうとうニールが打開策を編みだした。
「…なら、俺を生き返らせた責任を取ってくれ!」
──こんなにも騒がれては、家族が起きてきてしまう。秘術を使った事が知られたら、普通に働くよりお金が稼げるじゃないか、と私はこの男に嫁がされてしまう。
──こんな明るい、太陽みたいな男と、陰気な、日陰に生えたコケみたいな私が? 無理無理、無理。
「とにかく、こ、こ、困ります……」
──想像しただけで目眩がする。周囲にどんな目で見られるか……。
「嫌か? 嫌なら出直す。出直して後日、じっくりとお互いを知る機会を……」
「別に嫌と言うほどでも……」
別に嫌ではないと言われて、ニールの顔はぱあっと明るくなった。
──うう、性格が違いすぎる……。
熱烈な求愛にディーナは怯んだ。けれどがっちりと手を握られていて、逃げられそうもない。
──もしかしなくても、自分はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。
「あの世で一緒だったんだ。ぜひ、この世でも一緒になろうじゃないか」
「はあ……わかりました……どうなっても、知りませんよ?」
このまま引き下がってはくれなさそうだと、ニールの言葉にディーナはしぶしぶ承知した。けれどなんだか悪い気はしなかったので、まあいいか、とも思った。それに、きっとそのうち飽きるだろう。
──後日、ニールのあだ名が「しかばね公爵」になってしまったのだが、当の本人であるニールはまったく気にしていないようなのでディーナはやっぱり、まあいいか。と思った。