・
「帰ったら飯にするかー」「今日も楽しかったね!!」そんな噛み合っていない他愛もない会話を交わす、空から訪れる橙色の光がそんな二人の影を照らしていく。
空に浮かぶまだ上がりきらない月は水晶の様に白く綺麗で、イリスの瞳を釘付けにする。
イリスとアスターの長くしなやかに伸びた長髪を風が揺らす、鼻に当たったのか、将又寒かったのかくしゅっとイリスがくしゃみをする。
「寒いのか?まぁ、最近は風も冷たくなったもんな〜」
そう呑気に言いながら、着ていた片方の瞳と同じ紫色のケープをイリスに着せてやると、イリスは身体に対してとても大きなケープににこにこと笑い「あったか〜い」と言った。
それに対してアスターもにっこりと笑い何も言わずにイリスの手を引き、自宅に帰っていった。
家のドアを開けると、その瞬間に廊下とリビングに光が灯る。
「ねぇ、アスター!!今日のご飯はなに?」
「んーそうだなぁ、シーザーサラダだな!!」
そう元気よく答えるアスターに対してイリスは難しそうな顔をした。
この顔はマジだとイリスは直感で感じ取ったのだ。
"アスターはシーザーサラダを主菜として出してくる"という事を。
「今日は私は手巻きのお寿司食べたいなぁ!!!」
焦った様にイリスは好きな食べ物を挙げてそれを食べたい!とリクエストをするとアスターはくすりと笑った。
「そうか!!なら、手巻き寿司にするかー!!」
そう言ってキッチンに向かったアスターの背中を見送ってイリスは胸を撫で下ろし、安心して軽い足取りでリビングに向かった。
飯を炊きながら、手巻き寿司の中身は何にしようかと冷蔵庫を見ていると、奮発して買った肉が目に入り、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、調理台に持っていく。
他にもレタスや卵、刺身などの具材を置き、手を洗い準備を完了させる。
最初は肉からと肉を雑にフライパンに放り込み、調味料も目分量で放り込むと焼き始めた。
甘辛く煮た肉の空腹を増長させる様な匂いが鼻腔を刺激し、ぐぅっとお腹が大きく鳴った。
肉を焼いてると側にイリスがやってきて、「味見係です!!味見させてください!!」と元気よく言ってきた。
菜箸を置き、普通の箸に持ち帰ると一つひょいっと掴み、イリスの口に放り込む。
はふはふと熱がりながらも、口の中の肉を味わうイリスはよく噛んで飲み込むと「えへへっ、おいしいー!!!」と言って去っていった。
それを見ながら、アスターも「味見係なら、ちゃんと感想言えよ〜」とは言うが、また調理の方に目を向けた。
焼き上げた肉を引き上げ、煮た汁があるからと、別の丸いお皿に盛り付ける。
次は卵と溶き卵を先程よりも小さめのフライパンに乗せて器用に折りたたみながら焼き上げる。
分厚くふんわりと焼き上がった卵を短冊の様に切る。
同じ様にお刺身を切りお皿に並べる。
レタスを毟り取り、皿に並べると丁度というタイミングで早炊きにしていた米が炊き上がった音がした。
「イリスー手伝ってくれー」
そう大声を出して、リビングにいるイリスを呼び、てこてこと小さく走ってやってきたイリスにうちわを渡し、炊き上がったばかりの白飯に寿司酢を混ぜ込み、イリスに酢飯を仰がせて、上下を入れ替えてまた混ぜ直し、また仰がせる。
その工程を一、二回繰り返すと完全に酢飯が完成し、寿司桶に入れ直す。
「お疲れ様。
あとは重いから、イリスは座ってて良いぞ」
そう優しく声をかけるとイリス「はぁーい!!!」と言いながらもコップと二人分の箸を持ち、とてとてとリビングに戻っていった。
アスターが手際良く寿司桶や手巻き寿司の具材、海苔、マヨネーズやお醤油などを持ち、配置していくとイリスはぱぁっと顔を輝かせた。
アスターも座り、よしっ食べるぞ!と言う時にアスターが口を開き、「食べる前に少し待て!」と言い、イリスに近づいてきた。
イリスの長く伸びる髪の毛を櫛で梳かし、髪をゴムで一つに括り、今日ブバリアから貰った箱を開け大中小の星が三つ程ついたの飾りつきのピンを結んだ髪につけた。
「この星はお前を守る物だから、寝る時と風呂以外は外しちゃダメだぞー?」
そう言いながら、合わせ鏡にしながらこれと指差し確認までするとイリスの顔は先程よりも明るくなり、「うんっ!!!!」と元気いっぱいに答えた。
「よしっ、なら俺また手ぇ洗ってくるからちょっと待っててくれな」
そう言ってアスターはまた席を立ち、イリスは鏡を見ながら、飾りを触りながら楽しそうに笑っていた。
楽しい食事を済ませて、イリスはアスターがキッチンに行こうとするのを引き止めて「アスター!星の髪飾り、ありがとう!!」とお礼を言った。
アスターはそれに対して驚きながらも照れくさそうに「大事にしろよ!」と答える。
それから数時間後、夜も深まり月が見える時間帯にアスターは珍しく鍵のかかった部屋の鍵を開け、ドアを裏手で閉め、その部屋の奥にある写真に向かってこう尋ねた。
「なぁ、オレ、ちゃんと笑えてるか?
必要とされる人になれているか?」
そう言っても、写真は喋らない。
アスターの目尻には仄かに涙が浮かび、自身の寝巻きの袖を掴んでいる。
「…なぁ…オレ、____みたいになれてる…?
他人を無償で助けてあげれてるか…?」
写真は喋らない事に気付いてたのか、現実逃避をやめたのかわからないが、雫を一筋垂らしてドアに手を当てた。
「暫くは来れないけど、また様子見ながら来るな」
と言いアスターは自室に戻っていった。