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第二章)錆びた鉄くず③  平穏な……、いつも通りの日常

 ヴィオラ()は無言で食器を拭いている。

ドネが御主人様(マスター)をからかいながら酒をあおり、ルーガが不貞腐れてサンドイッチを頬張っている。

実に平穏な、いつも通りの日常だ。

……だったのだが、常連の客も静かになった頃、店の中で騒ぎが起こる。




「なぁ、いいじゃねえかよ。ちょっと一杯付き合ってくれるだけでいいんだからよお」

「やめてよ。男は仕事だけで充分だって」


 まだ日も高いというのに、時折この手の阿呆(あほう)が湧く。

入店した時から酒の匂いがしたので、気にはしていたのだが、案の定、やらかしてくれたようだ。

念の為に断っておくが、匂いというのは目に見えないほどの細かい粒が飛んでくるものであり、鼻も口もない私だが、それを感知する機能は持っている。


 常連はもとより、付近の住民もこの店がどういう場所か、よく分かっている。

だが、同じように初めてこの店に訪れる客も、相当数いる。

この〈錆びた鉄クズ(ラスティトラッシュ)〉は、大通りから少し入ったところにある目立たない立地にある。

また、下層に喫茶店(カフェ)自体が少なく、部屋持ちの女性が待っているような酒場(バー)と勘違いされることもある。

そのせいか、たまに素性の良くないこうした客が迷い込むのだ。


「なあ、俺と酒が飲めねぇってのか」

「ちょっと、しつこい!」


 絡まれているのは、……あー、確か以前にも来たことのある娼館の娘だったと思う。

時間的には、ひと仕事の後の朝食と言ったところか。

部屋持ちの女性と勘違いされてしまったのかもしれない。


「お客様、その辺に。それ以上騒がれるようでしたら退店して頂きます」


 女性の方もそうだろうが、こちらもこの程度のトラブルは慣れたものだ。

常連客も、特に騒ぐことも無く、それぞれの食事を楽しんでいる。


「あー!? 客に向かっていい度胸じゃねーか、このくそ人形が。てめえは大人しく酒でも出してろ」

「……もう一度言います。それ以上はご退店願いますが?」


 旧式のこの身体だ。

くそ人形という呼称は、よく言われる。

もはやそれについてはなんの感慨もない。

故に凛然として、メイドとして対応するのだ。


「ほぅ、そのオンボロの腕でやれるもんならやってみ、お、おあぁ!?」

「はぁ。旧式()とはいえ自動人形(オートマタ)出力(パワー)に人間が(かな)うはずないでしょうに。さて、おふたり様。御手数ですがお仕事ですよ」


 掴みかかってきた手を背後に(ねじ)り、警邏(けいら)の二人へ引き渡す。

どうにも最近の若者は忘れているようなのだが、元々魔動人形(ゴーレム)とは、人の創りだした魔物(モンスター)である。

最近の個体は、より人間種に似せようとあえて出力も制限されているのだが、本来、ただの人間が勝てるはずがないのだ。

それにまぁ、奥にいて気づかなかったのだろうが、警邏(けいら)の二人がいる前で暴れたのだから、最初からどうにもならなかっただろうが。


「おい。てめぇのせいでこのサンドイッチをゆっくり食えなかったじゃねーか」

「そうね。私のコーヒータイムを削った責任。きっちりと教えてあげるから覚悟しなさいよ」


 奥の方からルーガとドネが、謎の圧力を放ちながら席を立つ。

それほどまでにうちの食事を気に入ってくれているのは、シンプルにありがたい限りだ。

今度やってきた時には少しサービスしよう。


「痛でででで。お、おい。てめえら警邏だろ? この人間様に危害を加えるくそ人形をどうにかしてくれ」

「あー、分かった分かった。話は詰所で聞くから暴れんなよ」

「あのね、黙るのと黙らされる(・・・)のと、どっちがいいかしら?」




 そうして、暴れる男をルーガへ引き渡そうとした時、それは起こった。


「ふざけんなぁ!」


──ガッ!


 最後の悪あがきか、男が急に暴れだした。

とはいえ、この程度の力でどうにかなるわけが無い。

だが、タイミングが悪かった。

ちょうど、男をルーガへ引き渡そうと、力を弛めたタイミングだったのだ。

男の腕が額に当たり、頭につけていた頭冠(ブリム)が落ちてしまった。


「「げっ!」」


 間近で見ていたその瞬間、店内に緊張が走る。

それこそ、この男が暴れた時にも、顔役であるファッツとリーボが現れた時でさえ、動じなかったこの店の客が、一様に身構えたのだ。




 あーあ、やっちまったな。

フェルム()は、飲みかけの酒と共に店の隅へと避難しながら、素直にそう思った。


 ヴィオラは、俺に仕えるメイドである。

やっていることは店の給仕なのだが、それは、この店を屋敷と捉え、訪れる客を完璧にもてなそうとしているのだ。


 今でこそ、人格も感情もあり人権すら認められている自動人形(オートマタ)だが、どこまで行っても、人間が造った被創造物(ゴーレム)なのは間違いない。

普段は余程人間より人間くさい奴らなのだが、ただ一点、“自分の役割(オリジン)”に対する執着心だけは、常軌を逸している。


「お客様……、楽に殺してもらえるなどと期待しないでくださいね」

「な、なんだ!? このポンコツ、急に……ぐふぇ!」


 ヴィオラの場合はこれだ。

ヴィオラを拾ってきた数日後、俺はメイドとしての役割をヴィオラに与えた。

最初は軽い嫌がらせのために買ってきた安物のブリムなのだが、彼女にとっては、これこそが“自分の役割”の象徴となったようだ。


「おーい、ヴィオラぁ。あんまり店を壊すんじゃねーぞ」

「ご心配に及びません、御主人様(マスター)。壊れたら治せば良いのです。こんなふうに」

「おぶっ、ごっ、ぐぇ。……は、はれ? ひぎゃぶ!」


 ヴィオラにボコボコにされている男が、実に珍妙な悲鳴を上げているのだが、これにはワケがある。

ヴィオラが本気で殴れば、この程度の雑魚など瞬殺されてしまう。

そこで、胸元を掴んでいる左手で回復魔法(・・・・)を使いながら、右手でまるでハンバーグでも作るが如く殴り続けているのだ。

破壊と再生ならぬ、破壊と治療。

気絶することすら許されぬ、延々と続く無間地獄である。


「ほれ、下層の平和のために止めてこいよ、犬公」

「無茶言うなよゴミくず。あれ止めるのはお前の役目だろ。なぁドネ……ってあれ? ドネ?」

「相棒ならとっくに出てったぜ。あいつの分のコーヒー代も払いな」


 他の客と同じく店の縁に逃げていたルーガが周りを見渡すも、ドネの姿は既にない。

流石は峡谷人(ゴージドワーフ)の逃げ足といったところだ。

無論、下層の平和を守る警邏様に食い逃げなどさせる訳にはいかないので、きっちり代金は払ってもらうが。

まあこうなってしまったヴィオラを止めるのは俺でも難しい。

三十六計(跳ね兎の)逃げるに如かず(一人勝ち)、とはよく言ったものだ。


 とはいえ、さすがにそろそろ潮時だろう。

こういう阿呆がたまに現れてくれると、うちの店の怖さが周りに伝わって、結果的に静かでお上品な店になる。

揉め事がないのは実に結構な事だ。

だが、これ以上は恐怖だけが残ってしまい、客が離れていきかねない。


 まるで嵐か竜巻かという惨状の店の中心に何とか踏み出す。

落ちたままになっていたブリムを拾い上げ、暴れているヴィオラの隙を見て、それを頭の上に置く。


「ヴィオラ。そろそろお客様のお帰りだ」

「……そのようですね」

「た、助かっ……げぴゅっ!」


 ヴィオラが最後に特大の回復を施したのを確認して、俺がつま先であごを蹴り飛ばしておいた。

これは、店を騒がした罰というもんだ。


「ほれ、犬野郎は金を置いてこいつを持って帰れ。他の客は迷惑代替わりに今日の飯はただにしておく。ゆっくりしていってくれ」


「お、おい! 俺だけ支払いかよ!」

「あぁ!? 警邏隊様ともあろうものが、住民から代金を踏み倒そうって言うのかよ。それとドネの分もだ。忘れんなよ」

「く、くそぉ~!」




 それからの店内は、穏やかなものだった。

夕方頃、新しく常連となった半岩窟人(ハーフドワーフ)のリーオがレモネードを飲みにやってきたくらいか。

というか、あいつ女だったのか。

……十年、いや五年後だな。


 リーオの持ってきた篭手だが、なかなかのものだ。

流石は腕利きの革細工屋というところだが、腕にピッタリとフィットするくせに、ツッパるところが全くない。

ナックル部分の鋲も、魔石を混ぜ込んだ合金だろう。

魔力のノリが全く違う。

肝心の(レザー)は、アパタイト級(レベル2+)泥小竜(マッドドレイク)か。

竜種ならではの硬度に湿地系亜種に特有の耐火性能(アンチファイア)

唯一の難点である毒々しい色合いも丁寧に脱色されて、実にいい風合いを出している。

認めるのも癪だが、これほどの代物はそうそう出回らないだろう。


 同じようにショルダーバッグを貰ったヴィオラも、ちょっとした買い物には必ず持ち歩いているので、余程気に入っているのだろう。

それで当の本人はというと……


「……」


 分かりやすく落ち込んでいる。

うちのメイドは、あんな鼻も口もない仮面の顔で、よくもまぁと思えるほど表情豊かなのだが、昼間の出来事を引きづっているようだ。

来た客には明るく対応し、仕事もテキパキといつも通りにしているのだが、空気が重いのだ。


「苦っ」


 基本的には酒だけ飲んでいたいのだが、例外として、ヴィオラの淹れたコーヒーは別だ。

ホットだろうがアイスだろうが、砂糖を入れようがブラックだろうが、とにかく美味い。

焙煎の香ばしい香りに豆の甘み。

口腔の奥にサッと当たる酸味。

鼻の奥に残る余韻。

料理関係については、酷い目に会いながら練習させていったのだが、コーヒーも同じだった。

それでも、一番最初に教えて、一番最初に美味くなったのもこのコーヒーだった。


 だが、このコーヒーは苦い。

いや、それでも素晴らしく美味いのだが、美味い苦味ではなく、わずかにえぐさをもった渋みが残っている。

この苦いコーヒーを飲んでいると、あいつと出会った時のことが思い出されるのだ。

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