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第二章)錆びた鉄くず① ある日の朝

第一章を手直しし、また再会していきます。

基本、土曜に更新予定ですので、よろしくお願い致します

 真っ暗な部屋の中、“(フェルム)”と呼ばれたその男は、腕だけをもぞもぞと動かし、手探りで懐中時計をまさぐり出す。

時計の中で光る蓄光水晶(ライトクォーツ)が闇で閉じている瞳孔を焼く。

同時に頭蓋がこじ開けられたかのような激痛。

だが、何とか顔を歪めるだけでそれを押し殺す。


 時刻は午前五時。

東の森から太陽が昇るまでまだ少し時間があるが、下層でも西地区であるこの場所まで日が届くには、更に時間がかかるだろう。

面倒な事だが、それでも朝というものがやってきてしまったようだ。


 鉛のように重たい目蓋を何とか持ち上げ、ぼうっと天井を見る。

いや、光もないこの部屋で天井を見るというのは正確では無い。

本来、上であるべき虚空の闇に向けて目を開いていると言った方が正しいだろう。


 先程と同じように、手探りで魔石灯(ランプ)に手を伸ばす。

コツっと右手の先が何かに当たったが、これは違う。

もう少し下に手を伸ばし、目当ての魔石灯(ランプ)を探り出し、ツマミを(ひね)る。

ボウっと部屋に明かりが宿る。

光量の足りない年季の入った骨董品だが、光に慣れないこの時間の明り取りとしては申し分ない。


「うっ──」


 どんな状態であれ、早朝の決まった時間に目が覚めるのは、自分の数少ない美徳の一つだと思っている。

活動を始めようと上体を起こした瞬間、今度こそ、口から苦悶の声が零れる。


 頭は万力で締め上げられ、脳は高圧の電極を突っ込まれているようだ。

額はその沸騰した中身ごと弾けんばかりに脈打ち、開けたはずの視界は床からめくり上がり回転している。

ほのかに赤みを帯びた室内は、 色味が失せ、白と黒とが明滅しているようだ。


 それでも、右足、そして左足とベッドから投げ出し、立ち上がろうとする。

喉は焼けた鉄でも飲まされたように固まり、後から出てくる唾液は、口内を潤すことなく流れ出るのみだ。

枕元にあるグラスを一気に(あお)った瞬間、脳から脊髄へと電流が走り、内臓がのたうち回り出す。


 どんな状態でも、朝早くに目が覚めるのは、自分の数少ない美徳である。

そう、例えば酷い二日酔いの朝だとしても。


「う゛っ、(表現自粛)~~」


 千鳥足でトイレへ駆け込み、盛大にぶちまけた。




 魔道工学の祖、マギア師が魔動人形(ゴーレム)技術の体系化と簡略化に成功して千と四百年。

魔道工学が発達し、魔核(コア)を動力源とする魔工機関によって、荒れ果てた荒野しかないこの地に多くの都市国家が発展した。

犯罪者や奴隷によって魔力タービンを回し、国中に魔力を送り、魔道具や魔動人形(ゴーレム)の働きによって、人類は比較的安定した暮らしを送っている。


 無数あるそういった都市国家と一線を画すのが、このルースタニア帝国だ。

世界でも有数の規模を持つ魔鉱石の鉱脈の真上に立てられた街、帝都ルースタニア。

生活基盤が魔道技術によって支えられている現代において、魔鉱石の産出量はすなわち他国への影響力と言い換えて過言では無い。

魔鉱石の流通という最大の武器をもって近隣の都市国家を支配下においたのがこの国である。


挿絵(By みてみん)

 人口は約十万。

平均的な都市国家より多少大きいといった程度だ。

ただし、その近縁にその倍もの非市民を抱えており、総人口としては約三十万人ほどにもなる。

その起源は、単に防衛のために岩山の上に居を構えた小都市であり、魔鉱石の鉱脈が発見されると、瞬く間にその規模が大きくなったことに発する。


挿絵(By みてみん)

 その都市構造は、世界的に見ても珍しく、鉱山の上に皇族や貴族、富裕層が暮らす上層・“円盤都市(プレートシティ)”がまるで帽子のように乗り、大鉱山・アースドルの山頂と大小24脚ある橋脚(ピアー)が支えている。

その真下のアースドル山中腹・“国営労働施設(アンダーガーデン)”は、罪人や奴隷による強制労働施設であり、陽の光が入らない過酷な環境の中、魔鉱石の採掘と都市全土へ魔力を送る魔力タービンを回し続けている。

その周囲では、橋脚(ピアー)を堺として、下層・“石の街(ストーンシティ)”が広がる。


 下層では、上層に比べれば貧富の差はあるとはいえ、それでも他の都市国家と比べても、平均的な生活レベルはある。

魔道技術の発展の恩恵として、生活に最低限必要な労働、すなわち、基本的な穀物の栽培や上下水道の整備などは、魔動人形(ゴーレム)によって自動管理されているからだ。

無論、そうは言っても、ほかの都市国家と同程度(・・・)には、無法と暴力がものを言う危険地帯には違いない。

そんな中で下層の市民は、嗜好品や工芸性の高い物の制作やサービス業、また都市外部の危険地域からの採取などの役割を担っている。


 その一部、西-34区と言われる辺境区画のそのさらに片隅で廃棄物(スクラップ)置き場に並んでひっそりと営業している喫茶店、〈錆びたくず鉄(ラスティトラッシュ)〉にヴィオラ(わたし)フェルム(マスター)は住んでいる。

一応、隣の廃棄物から使えそうな部品を回収したり、修理、加工する部品工房(ジャンクショップ)が本業である。

喫茶店は、客の受付兼、客が滅多に来ない本業を支えるための副業なのだが、今ではどちらが本業やら。

なんでも屋アウトローズマーケット

〈西の厄病神(ディザスター)

などとも呼ばれるのだが、そのことに触れた新参者は、喫茶店を叩き出される。




 まだ陽の光も届かない時間だが、そんな喫茶店の屋上、部品工房(ジャンクショップ)たるガレージからもの音が聞こえる。

どうやら御主人様(マスター)が起きてきたらしい。


 王都でも西に位置するこの場所では、陽の光が届くのも時間がかかる。

地平から太陽が顔を出し、東地区を照らし出しても、この場所は上層の円盤(プレート)が邪魔してまだ薄暗いままなのだ。

それから四半時程もして、ようやく西の街が明るくなってくる。


「あ゛ぁぁ~。もう飲まねぇ。二度と酒なんか飲まねえわ」


 一時間ほど経ち、カウンターの中で朝の仕込みをしていると、店の奥にある階段からフェルムが降りてきた。

もう飲まない、そう言いながら片手に持った酒瓶をグイッと飲む。

彼の中でこれは水であり、酒とは女性を口説くために夜に飲むものなのらしい。

もちろん、今夜も酒を飲み、明日も後悔するのだろうが。


 御主人様(マスター)の朝は早い。

まだ暗いうちから目を覚まし、体を動かす。

寄せ集めの部品で作った道具で更に荷重をかけ、腹筋に腕立て伏せと、身体をいじめ抜く。

無法地帯という言葉が生ぬるすぎるこの街で、無頼(ぶらい)に生きる秘訣である。


 酒癖も女癖も悪く、性格も悪ければ品性というものが欠片も見当たらない、自堕落を絵に描いたような御主人様(マスター)なのだが、生き抜くというただ一点のみは、どうしようもなく貪欲だ。

昼間の彼しか知らないものには意外だろうが、朝早くから鍛錬を重ね、朝食の合間に新聞に目を通し、夜は飲み歩きながらも情報屋との連絡も欠かさない。

むしろいっそ勤勉ですらある。

ただ、これもまたどうしようもない事に、どうやらそれを格好悪いと思っている節があり、無意味に悪ぶっているいるのだ。


「ふぃ~」

「汚いです。……おはようございます、御主人様(マスター)


 フェルムが一階の喫茶店へ顔を出すなり、つい挨拶より先に口から文句が出てしまう。

これも毎朝のことである。

睡眠が必要のない魔動人形(ゴーレム)ではあるが、意識を司る真理核(エメス)の最適化と動力源である魔核(コアストーン)の魔力回復の為、夜は店内で休眠している。


 そうして、フェルムの起床に合わせて店内の掃除や朝食の用意をするのだが、当のフェルムの姿がこれである。

汚い。

汗だらけのヨダレだらけ。

階下にいるので、すぐ上での行動はおおよそ見当がつくのだが、その姿がこれである。

早朝にトイレへ駆け込んだ後、顔だけは洗ったようだが、まだ酒の匂いが体に残っている。

常に立派なメイドたれ、と思っているのだが、せっかく掃除をした店内にこの姿で来られてしまっては、文句のひとつも出ようというものだ。


「へいへい」


 そう言ってフェルムは、店の奥にあるシャワー室へと向かう。

二階の住居兼工房にもあるのだから、そちらで済ませて欲しいと常々思っているのだが、それに関してはとっくの昔に諦めている。

ため息など出ないのだが、はぁと肩を落として御主人様(マスター)の朝食を作ることにした。




──カランカラン


「いらっしゃいませ」

「あぁ、いつものを」


 この店で最初の客はと言えば決まっている。

通称・白じい。

細い目、総白髪ながら豊かな髪。

ヨレヨレのジャケットに色褪せたハンチング帽。

そして、真っ白な口ひげ。

いわゆるちょびひげというやつなのだが、色、艶、量、そして何より形が完璧だ。

誰がどう見ても、これ以上はないという完璧なちょびひげに、誰が言うでもなく白じいという名が定着した。


 どう見ても、小柄な老人という以外何者でもない白じいの注文は、いつも同じものだ。

朝はコーヒーとトースト。

昼はおすすめランチ。

夜はホットミルクだけ。

そうして、いつもカウンターの一番奥にいつの間にか座っている。

この喫茶店の(ぬし)といえば、常連の誰もが白じいと答えるだろう。


「はぁぁ、すっきりしたわ。白じい、おはよう」

「ああ、おはよう」


 この無礼の塊であるフェルムに自然に挨拶させるあたり、白じいの人徳が伺えるというものだ。

そうして、一人、また一人と見知った顔が増えていく。

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