第一章)貧民街の何でも屋⑤ 災難
奇跡というより、まるで地震か竜巻かというような災害が起きたような衝撃だったが、なんとか命は助かった。
目の前には隕石が落ちたようなクレーター。
そして、無惨な姿で倒れているたルンダル。
これが、〈西の“厄病神”〉とよばれる力なのか。
「あ、あの! ありがとうございます。でも、まだ母が連中に捕まっていて……」
だが、まだ危険が去った訳では無い。
相手は大悪党、ジーベックギャング。
ひと月前から母親が奴らに捕らえられているのだ。
だが、先程の話が本当なら、ジーベックは元から革鎧を用だてられるなんて思っていなかったということだ。
もしかしたらもう……
だとしても、一刻も早く助けに行かなくては。
「はぁ。知るかよ」
だが、男からの返事は、なんとも素っ気ないものだった。
「勘違いすんなよ。別にて前ぇを助けたつもりなんかねぇよ。俺が用事あるのは、……よっと。こっちの方だ」
「いぎっ、ぎゃぁっ! テメ、何しやがる!」
あ、まだアレ生きてたんだ。
男は、無造作にルンダルに片足をかけ、まるで野菜でももぎ取るようにして跳ね兎を取り外していく。
いや、よく見れば必要な箇所には工具をあて、正確に分解しているのは分かるのだ。
だが、あまりの速さと荒々しさから、力づくでもぎとっているようにしか見えない。
「まぁ、三流の部品だが、力だけは一端だからな。それとこのダンビラソードも好き者には、いい値で売れるわ」
そう言ってめぼしい部品を取り付くし、もう用済みと言わんばかりにルンダルを蹴飛ばすと、男は踵を返し去ろうとする。
やっぱりそうだ。
噂は噂。
その戦闘力だけは噂通りだったのかもしれないが、弱者の味方、権力者の敵という〈なんでも屋〉など、あるわけが無い。
あるのは、身勝手が許される強者と、より強い力を持った強者だけだった。
「ぐはっ。ひひひ……、くず鉄ぅ。て前ぇ、終わったわ。終わったぞ、くず鉄。お前がどれほど化け物じみてようと、ジーベックギャングを敵に回したんだ。寝てようがメシ食ってようが関係ねぇ。二十四時間、ずっと殺し屋が現れるぜ。この先、て前ぇが寝るのは死んだ時だけと思いやがれ」
ルンダルが血を吐きながらも減らず口をたたき出す。
見た目よりも怪我は酷くないのだろうか。
しかし、その言葉はまさに真実だ。
今この場を切り抜けようと、ルンダルの後ろには、数百とも言われる構成員を持つ、ジーベックギャングが控えている。
また、外注の殺し屋や配下のチンピラまで含めれば、その数はゆうに千を超えるだろう。
その全てに狙われ、生きていけるはずもない。
「一生震えて……」
「どいつもごちゃごちゃうるせぇなぁ」
だが、男はそれすらも恐れる様子はない。
心底面倒くさそうに、地面に転がっているルンダルに合わせしゃがみ込んだ。
そしてリーオの方へ目だけを送る。
「まずガキ、おふくろさんなら安心しろ。うちのメイド様が向かってる。あのお人好しのポンコツが」
メイド様……、あの旧式の自動人形、確かヴィオラと言ったか。
それでも、ただの給仕人形がギャングのアジトへ向かったところでどうにかなるものか。
「けひゃひゃひゃ。バーカ。メイドだと? 女ひとりで何をするつもりだ。明日はボロ布になった死体がひとつあがるだけじゃねーか」
ルンダルの言葉に思わず顔をそむける。
おそらくルンダルは、メイドと聞いて人間の女性を想像しているのだろうが、あの無機質な自動人形が相手だ。
そういったことにはならないだろう。
だが、それでも結果は変わらない。
このルンダルでさえ、組織では下っ端なのだ。
ボロボロの死体となるか、ボロボロの廃棄物になるかの違いだけだ。
「くくく……」
だが、男の口元には、その予想とは似合わない笑みが零れていた。
それは苦笑、嘲笑といった類いの、酷く醜い笑いだ。
「バカはどっちだよ、間抜けぇ。なぁ、俺達の店にちょっかいをかけてきた組が、今までいくつあったか知ってるか? そうしたバカ共が、今どうなってるか知ってるか? 知ってるよなぁ?」
そうだ。
〈錆びたゴミクズ〉と敵対して生き延びた者はいない。
ギャング、商人、果ては貴族まで、本来ならば、そのどれ一つとて敵に回して生きていられるはずは無い。
だが、もしその噂話が本当で、そして目の前に彼がいるということは……
「どいつもこいつも勝手に勘違いしやがる。怖ぇぇのが、俺だけだなんてよ」
いや、まさかそんなことは無いだろう。
だって、店にいたのはたった数分しかなかったが、彼女は今どき見ないくらいの旧式の給仕人形だが、あんな穏やかで華やいでいて、ただそれだけのはずだ。
「いつ俺があの店の用心棒だと言ったよ。違ぇーよ。俺は、ただの喫茶店の店主さ」
この男は、これ程に饒舌だったか。
弱者をいたぶるその笑顔には狂気さえ宿っている。
どんどん顔色が青ざめ、絶望に満ちるルンダルがそれほどに面白いのか。
目をランランと輝かせ、極上の喜劇でも見ているように、無邪気に笑い続ける。
「うちの用心棒は、お人好しのくせに荒っぽくてな。今頃て前ぇの事務所ごとスクラップになってる頃だろうよ。リサイクル屋は大儲けだな」
「そんな……バカな……」
絶望に虚無の表情となるルンダルを見下ろして男がケラケラと笑う。
つまるところ、どちらも奪う側の人間なのだろう。
今回はただ、ルンダルに運がなかったのだ。
この下層では、そういう奴らだけが生き残れる。
ルンダルに同情などありえないが、思わず男に冷めた視線を投げてしまいそうになる。
「ほれ、なにつっ立んてんだよ、ガキ。こいつらのアジトくらい知ってんだろ。とっととおふくろさん迎えに行けよ」
男に言われてハッとする。
そうだ。
男の話が本当なら、もう何も心配は無い。
というより、リーオの母親も、アジトから焼け出されて怪我をしているかもれない。
そうと知れば、もうこんなところに用はない。
リーオは、ジーベックギャングのアジトへ走っていった。
「さて、俺も帰るかね」
「ま、待てよ。いや、待ってくれ」
リーオに続き、その場を去ろうとする男にルンダルが泣きそうな声を出す。
「あ?」
「待ってくれよ。仲間もやられたっていうなら、俺が回収される見込みもねぇ。なぁ、いろいろあったが、あんたとは直接恨みがあるわけじゃねえ。せめて医者にだけでも連絡してくれねえか」
改めて見ても、ルンダルの怪我は重症だ。
両腕もへし折れ、義足はむしり取られ、首と腰もどうもおかしな方向に曲がっている。
これで死んでいないあたり、義足だけじゃなく、体の内部もいくらか強化してあるのだろう。
それでも、このままにしていおいて無事な怪我の程度でないことは明白だった。
だが、
「知るかよ。俺は慈善事業はしない性格なんだ」
男の返答はにべもないものだった。
それどころか、例の性質の悪い笑顔が戻り、誰にと言うでなく空を見上げて大声で話しかける。
「あー、確かにその怪我じゃあ身動き取れねぇなぁ。武器も義足も俺がとっぱらっちまったし。ギャングも潰れて後ろ盾もねえ」
「なっ!?」
それは、ルンダルへの言葉に違いなかったが、明らかに男はルンダルへ話しかけてはいない。
これは、そう、周囲の住民への布告だ。
「クカカカ。誰かに助けて貰えるといいな。……まあ日頃の行いが良ければ、の話だが」
「て、手前ぇぇー!」
日頃の行い、など言うに及ばない。
男が立ち去ったあと、争いから隠れていた住民たちが、ルンダルをどうしたかなど、語るまでもない事だった。