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第四章)西区の騒乱⑥ 朱き翼〈双翼〉

「はぁぁぁぁっ!」

「ウリィィハァァッ!」


 〈幻流(げんりゅう)(みずち)

スイレイの空断がゆるりとした動きで空間を切り裂く。

(みずち)〉とは、伝説に出てくる大蛇に似た水属性の神獣だ。

その名と同様、スイレイの技は神技と呼んで差し支えないレベルだ。

超高速であるのに、体感ではゆったりとした速度に勘違いさせる体捌(たいさば)きと、空断の長大な刃。

その二つを最大限に生かし、一度目の斬撃が残る内に二度目の斬撃を放つという矛盾を成し遂げるのだ。


 〈十字放火(クロスファイア)

対する“B・B(ビービー)ザック”の技も神技と呼ばれるのになんの不足もない。

スイレイの技は、突き詰めればほぼ(・・)同時の二連撃だ。

だが、その速度と威力が並のものではないというだけだ。

その対抗策もいたってシンプルなものとなる。

左右の二丁拳銃による双方向同時掃射。

右の回転小銃(リボルバー)による六発。

左の自動拳銃(ハンドガン)による十発を、二つの斬撃に同時に撃ち込む。

フェルムでさえ、同時撃ちの早撃ち(クイックドロウ)は、片手で三発が限界だ。

それを両手で倍以上の弾数で放ったのだ。

銃弾など、ただの一発で致命傷となる人間同士の戦いにおいては、明らかな過剰攻撃(オーバーキル)

対魔獣戦でさえ、弾の種類や銃を変えたほうが余程手っ取り早い。

だが、このレベルの闘いに限り、その無駄とも言える技術が、スイレイの鉄をも切り裂く斬撃と並びうる神技なる。


「……ちぃっ」

「ヒュー!」


 全弾を一気に撃ち尽くした“B・B(ビービー)ザック”は、両方の銃に素早く弾を込める。

自動拳銃(ハンドガン)は、銃把(グリップ)から弾倉(マガジン)を入れ替え、回転小銃(リボルバー)は、弾倉(シリンダー)を押し出し、袖口に仕込まれた予備弾倉(スピードローダー)で弾を補充する。

一瞬のうちに二丁の拳銃の弾込め(リロード)を行う事自体も充分な神技だが、スイレイの前では、致命的な隙だともいえる。


 だが、そのスイレイもまた動けない。

計十六発もの弾丸からの衝撃を受けたのだ。

いかに手の内(グリップ)で吸収しようと、そのダメージは抜けきるものでは無い。


「刃こぼれの研ぎ代は高つきますよ!」

「こっちもメンテナンスと弾代は(たけ)ぇんだよ!」


 繰り出される攻防の質に対し、実に世知辛い言葉の応酬であった。




 その一太刀一太刀が、空を切り鉄をも断つ必殺の斬撃である。

B・B(ビービー)ザック”も、それに対して鋼鉄の拳で合わせる。

空断に加速が付くその直前に合わせて銃を構える。

ときに受け、ときには弾で弾き、隙あらば超至近距離から銃を撃つ。


 ヴィオラは、自分の(カメラ)を疑う。

あらゆる角度から無数に放たれるスイレイの斬撃を全て間合いの内で(さば)ききる“B・B(ビービー)ザック”もバケモノなら、それほどの至近距離で変幻自在に放たれる銃撃をかわしきるスイレイもまたバケモノだ。

とても人間に可能な運動機能とは思えないのに、魔道具によってパワーアップさせている様子もないのだ。


──悪いけど、貴方にこの坊やの相手は、まだ早いようね。お嬢様(フロイライン)


 スイレイのあの言葉に嘘はなかった。

(ヴィオラ)にこの戦いは着いては行けない。

彼女らからすれば、私などお嬢様(フロイライン)のお遊びとしか思えなかったということか。


「こんなとこで何つっ立ってんのよ」

「……御主人様(マスター)


 呆然と立ちすくむヴィオラの前に、いつも通り眠そうな顔をしたフェルムがやってきた。


「おぅおぅ、ありゃやべぇわ」


 ぷかぁと煙草の煙を吐き、目の前の光景をせせら笑う。

そのあまりにもいつも通りの主人に、ヴィオラはついカッとなってしまった。


「……貴方は! 貴方は、アレを見て何も思わないのですか。アレを見て、なぜそうも平静でいられるのですか!」


 突いて出てしまった八つ当たりの言葉。

ヴィオラもすぐにそのことに気づき、ハッと我に返ったが、口にしてしまった言葉はもう戻らない。


「ばぁ~か」


 だが、フェルムは、尚も変わらずぼんやりとして煙草を吹かす。

そして、乱暴な手つきでガシガシとヴィオラの頭をなでる。


「なぁに焦ってやがる。上には上がいるだなんて、百も承知だろうが」


 それはその通りだろう。

だが、もとよりこの身は兵器として生まれた戦闘用自動人形(オートマタ)なのだ。

自分より強いというだけならばまだしも、格の違いをこうも見せつけられて、平穏でいられるわけがなかった。


 目の前のこの男とてそうだ。

詳しい経緯(いきさつ)を聞いたことは無いが、〈厄災〉とまで言われるその強さは、ただの戦闘センスなどであるわけがない。

この男も、なんらかの(ごう)を背負っているはずだ。

だというのに、なぜこうもいつも通りでいられるのだろう。


「なぁ、たまんねぇよなぁ」


 フェルムがタバコをふかせてニヤニヤと笑う。

その笑みは何を意味している?


「スイレイの奴はともかく、“B・B(ビービー)”つったか? 〈厄災〉でもねぇあんなバケモノが、世の中にゃまだまだいるんだろうな」


 それは、強者(エモノ)を前にした獣の笑み……、などではなかった。

言ってみれば、彼の好きなマンガやらゴシップを見る時と変わらない、単なる好奇心による笑いだ。


「悔しく……ないんですか?」


「悔しい? おかしなことを聞くな。俺はただの修理屋(ジャンクショップ)の穀潰しで、お前は喫茶店の給仕(メイド)だろ? ただの(・・・)、な」

「……」


 言われて気付いた。

確かに自分は兵器として生まれた。

だが、それは〈V-701A〉の話ではないか。

今の自分は、下町で拾われたメイド、〈VIOL-A〉なのだ。


「そう……、ですね。私は、このろくでなし(御主人様)に仕えるメイドでしたね」

「はっ、誰がろくでなしだ。ばぁ~か」


 よく見れば、フェルムの右腕もチリチリと焦げた跡がある。

おそるく過剰魔力の放出による熱傷によるものだろう。

つまり、自分の知らない奥の手を出さざるを得ないような状況だったという訳だ。

それでも彼は変わらず笑っている。


 〈厄災〉の一角に数えられるほどの強さを持ち、それでも変わらない。

何者にも縛られない(つよ)さ。

何者にも変えられない(したた)かさ。

それが彼の〈強さ〉なのだろう。


 フェルムが咥えていたタバコをポケットに入れていた灰皿へねじ込み、そして笑う。

ヴィオラは思わず溜息をつきたくなった。

その顔は、イタズラを思いついた少年のよう、というか子供(ガキ)そのものだったからだ。


「あの、御主人様(マスター)?」

「かかっ。そうは言ってもよぉ、このままやられっぱなしって訳にもいかんわなぁ」


「何をする気なんです?」

「まあ見てろ。封印解除(キャンセレーション)術式(オーダー)悪魔の翼(ディアボロス)”」


 そう言って立ち上がり、右腕を前に突き出す。

腕がふたつに割れ、飛び出したのは鶴翼に展開した五本の鉄杭。

まさしくその姿は、“鉄”の翼だ。


「これが御主人様(あなた)の……。いいでしょう。お付き合い致します。モード“V(ヴァーミリオン)”起動」


 その言葉と共に、ヴィオラの姿も変化する。

本来の機能からは考えられない、高出力の魔力密度、そしてそれを維持するための本来ならありえない変形。


 頭部のアンテナ(ツインテール)は、後頭部へとスライドし放熱板(ポニーテール)に変わる。

腕と脚の装甲が分割し、溢れる魔力が爪を成す。

スカートが後方へ展開し、輝き吹き出す魔力が“魔力”の翼を作り出す。


「かかかっ。やっぱりお前は最高の相棒だわ。……いくぜ、ヴィオラ。あのバケモノ共をびっくりさせてやれ」

「了解しました。御主人様(マスター)


 唸るフェルムの右腕が、震えるヴィオラの羽が、(あか)い翼となって大きく輝く。


「ぶちかませ! “悪魔の翼(ディアボロス)”!」


 打点と収束した魔力を一点に集める五連の破砕針(パイルバンカー)を、あえて収束させず、放射状に打ち出した悪魔の翼は、さながら巨大な断頭台(ギロチン)のようだ。


「魔力密度高速収束。拡散率20%に固定。座標確認、誤差修正。発射確認(シグナル)指標全許可(オールグリーン)。“堕天の翼(ルシファー)”発射」


 赤熱した堕天の翼に宿る馬鹿げた魔力を、巨大な爪を模した左右の拳を合わせ、龍の(アギト)と化した砲塔から放つ。

超圧縮された魔力砲は、属性など超越し、あらゆる物質を消滅させる荷電粒子(ビーム)砲となる。




「……うぉっ!?」

「はっ!?」


 双翼による破壊の波動は、二人のバケモノの中間に炸裂した。

狙いは僅かに“B・B(ビービー)ザック”寄りだったが、明らかに二人とも巻き込む威力を持っていた。


 フェルムもヴィオラも、なんの言葉を交わさず、考えたことは一緒だったのだ。


「……やってくれましたね」

「ピューィ。お嬢さん(フロイライン)じゃなくてじゃじゃ馬(トムボーイ)だったとわね」


 “B・B(ビービー)ザック”はともかく、スイレイは味方だ。

これで義理堅いフェルムの性格からしても、本来ならスイレイを巻き込むような攻撃を撃つわけが無い。

だがあえて、超えて(・・・)しまった二人に対して、隠していた技を放った。

『我ここにあり』そう宣言したのだ。




「さて、どうします?」


 そういうスイレイは、既に刀を降ろしている。

未だ手には持っているので、戦闘態勢にはあるが、構えを解き、もうやる気がないのは目に見えている。


「そうさなぁ。二人(・・)美人さん(レディ)に加えて、あの色男(ロメオ)がいたんじゃお手上げだな。俺はこの依頼から降りるとするわ」


 そう言って“B・B(ビービー)ザック”もまた銃をしまった。

バケモノ達の戦いは、一応これでお開きとなったようだ。


「な、な、なんなんだぁーっ! 鉄くず(ラスティ)の助っ人として現れたていた女剣士。蓋を開ければ、あの長物、〈北の“人喰い鮫(ディープブルー)”〉じゃねーか。それと張り合う“B・B(ビービー)ザック”。最後はなんだ、あのバケモノみたいな鉄くず(ラスティ)の二人は!」


 カメラを通じて、実況のマイクスタンが叫んでいる。

浮遊台座(ドローン)を通じて、西区中に先程の映像が拡散されたことだろう。


 一応、裏の世界というのは、表で知られるものよりもずっと技術が進んでいて、一般人には想像もつかないバケモノというのは、それなりにいるものだ。

その裏の奴らからでさえ驚かれたのが、俺たちの“翼”だ。

できることなら、隠しておきたかった。


 “顔役”達の厄介事に関わりたくないというのもそうだが、お互いにそうだと話してはいないが、本来二人の力は、“上層”に属する重要機密なのだ。

だが、これを機に()の連中も、下手をすれば〈帝国〉そのものさえ出てくるだろう。


 だが、それでも後悔はしまい。

もとより俺たちは二人で〈錆びた鉄くず(ラスティトラッシュ)〉なのだ。


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