第四章)西区の騒乱⑤ 超えてしまった者
「どうやらあちらもケリが着いたようですね」
そう言ったのは蒼紺の剣士、スイレイだ。
周囲には既に事切れた男たちの成れの果てが累々と横たわっている。
「救援、ありがとうございました」
ステップを踏むように血溜まりを避けて、ヴィオラが近寄る。
ヴィオラとて自分の生命を狙ってきた相手に、容赦など考えたこともない。
一応、御主人様の意向を汲み、殺さずにおけるなら殺さないようにしているだけだ。
だが、今回の相手は、そこまでの強者ではなかったはずだ。
襲ってきたのは“針鼠”の部下たちだ。
“剛腕大砲”を撃退したところ、囲むようにして襲ってきた。
電撃投網や三つ腕、魔法銃を持っていたが、明らかな格下だ。
ヴィオラの基本兵装は、右腕に仕込まれた雷撃掌と回転魔法銃。
そして左腕の魔石から放つ基本魔術だ。
だがそんなものに頼らずとも、自動人形の堅牢な身体と体術だけで、充分ねじふせることが出来そうだった。
それは明確な油断だった。
いや、その手下だけなら良かった。
突如現れた盾銃の使い手、“針鼠”が、こともあろうに手下ごと銃で撃ってきたのだ。
幸い、何発かは受けたが、決定的なダメージとまでは行かなかった。
だが多勢に無勢、そして不意打ちを受けた状態からの持ち直しに手間取ってしまったのだ。
そこに現れたのがスイレイだ。
スイレイは、まず“針鼠”を盾ごと刀で貫き、返す刀で首をはねた。
そこから、一気に総崩れとなった手下達を切り倒すのに、数分も必要なかった。
そして、現在に至る。
ヴィオラからしても、自分よりも強い個人など、フェルム以外に見たことがなかった。
無論、上には上がいるとは知っていたが、それでもスイレイの強さは異常だ。
噴射機を使った自分より速く、自動人形である自分より強い。
それが、魔導義肢などではなく、ただの肉体性能だと言うのだから言葉も出ない。
きちんと手合わせをしたことは無いが、フェルムもおそらく自分よりも強いだろう。
モード“V”を使用したとしても、フェルムもまた奥の手を持っているはずだ。
上層の研究所で戦闘兵器として製造られた。
そのうえで考えるならば、自分の御主人様は、とことん甘い。
気まぐれなどと言っていたが、どう見てもいわく付きの自分を拾い、襲ってきた敵にまで情けをかける。
最初は、強者故の余裕かとも考えたが、こうしてスイレンと比べればよく分かる。
こうして人を超えてしまった人物は、やはりどこか壊れているのだろう。
フェルムは、人としてその域にまで到達したのか。
それとも、超えてなお人であろうとしているのか。
「どちらにせよ、人形が考えることではありませんね」
「どうしました?」
「いえ、問題ありません」
その独り言が空に消えたその時、足元の小石が突如爆ぜた。
「HeyHey、お嬢さん達。可愛い顔してHotな戦いするじゃないの」
瓦礫の影からゆっくりと歩いて出てきたのは、今どき珍しい六連装を手に、ニヒルな笑みを浮かべた優男だった。
タイトな革パンツに胸から腹まではだけたジャケット。
今どき珍しいテンガロンハットまで被られては、疑う余地もない。
「私たちを相手にわざと狙いを外して自分の存在を気づかせる。貴方、程よくネジが飛んでいるようですね」
「ハッハァ。そっちの艶っぽい姉ちゃんは、口が悪いねぇ」
このバカみたいに軽薄な口調。
そしてどこの時代劇だと言わんばかりのガンマンスタイル。
「お初にお目にかかります、“B・Bザック”。2対1となりますが、このまま降参しますか?」
拳銃を愛用すると聞く凄腕の銃使いだ。
配下が多いわけでも、特異な武器を使う訳でもない。
だからこそ、相応の実力の持ち主だと判断したが、この状況でのこのこと出てくるあたり、やはりどこか変わっている人物なのだろう。
「オォウ。可憐なお嬢様。貴方とは別の場所でじっくりとお話がしたいものですな」
なんだろう。
このどこかで見覚えのある軟弱な感じ。
無性に腹が立つ。
「あいにくと私は自動人形。お嬢様などという名前ではありませんよ」
右腕の回転魔法銃を展開して男へと向けようとすると、それを手で制して前に出たのはスイレイだった。
「悪いけど、貴方にこの坊やの相手は、まだ早いようね。お嬢様?」
艶やかに、そして妖しく。
蒼の髪をなびかせて、スイレイは、ヴィオラのことなど眼中にもないように前へ出た。
その手には、|L〈ロング〉・L・B、空断が握られている。
思わずカチンときた。
確かにスイレイは自分よりも強いだろう。
だが、それでもこの〈錆びた鉄くず〉で過ごしてきた自負というものもあるのだ。
多少腕はたつようだが、思い上がるな、と。
──ドプン……
だが、一歩進んだその時、その思い上がりが自分自身のものであると思い知らされた。
一歩、たった一歩進んだだけで、“深海”へと引きづり込まれたのだ。
身体が動かない。
腕を上げようと、脚を進めようとしても、水圧に押し潰されているかのように、体が言うことを聞かない。
息が苦しい。
海の底でもがき、溺れているかのように息ができない。
いや、もとより自動人形のこの身だ。
呼吸など必要ないどころかしたことも無い。
だが、そうとしか表現出来ないこの圧迫感はどうだ。
身体という機能ではなく、擬似精神が理解してしまったのだ。
これが、御主人様の言っていた、〈北の“人喰い鮫”〉。
その“深海”というものか。
スイレイが軽やかに歩を進める。
そして、“B・Bザック”もまた、悠然と歩を進める。
この、“深海”の中を。
次の瞬間。
その中央で火花が散った。
斬りかかったスイレイを、“B・Bザック”が回転小銃で受け止めたのだ。
自分には、その一連の動きすら見えなかった。
この二人、立っているステージが違いすぎる。
「……いい“鉄”の匂いです。その香りを出せる武器は久しく見ませんでした」
「ひゅー。そっちこそよく香るマサムネ持ってるじゃない。思った通り、あんたはこっち側だよなぁ、姉ちゃん」
これが、超えてしまった者たちの戦いなのか。
ヴィオラは、ただそこで全てを見守ることしか出来ない。
「シィィヤァル、ウィィ、ダァァンス!」
「まったく、やかましい男です」
しばらくの間、長剣の刃と銃の握りでの鍔迫っていたが、“B・Bザック”が強く押し出す形で、二人は間合いを取った。
片や、神速の剣技を持つ刀使い。
槍に近い中距離の間合いを持ち、どのような間合いでも一瞬に詰める脚力もある。
片や、回転小銃の拳銃使い。
刀に比べて強力な武器にも思えるが、弾をたたき落とす相手にどう戦うのか。
間合いを取った二人。
先に動いたのは、“B・Bザック”だ。
地に足をつけるなり、左回りにスイレイの死角を取ろうと回り込む。
スイレイもまた、その背後を取ろうと回り込む。
虚を突こうと回り込む二人だが、次第にその円は縮まっていく。
期せずしてその軌跡は、太極紋のように中心へと閉じていく。
だが、刀使いのスイレイはともかく、銃使いの“B・Bザック”がなぜ間合いを詰めようとするのか。
その答えは、すぐに分かった。
スイレイの目の前で、あろうことか身体を回転させ、空いた左拳での裏拳。
まさかの格闘技がその答え……では無い。
「フゥゥウゥゥゥ!」
左のジャケットの袖からスライドするように一丁の拳銃が現れた。
格闘技はその答えの半分。
残り半分がこの自動拳銃だ。
──ゆるり
スイレイが空断を振るう。
実際には瞬きする間もないほどの神速の剣術なのだが、その動きの無駄のなさ、美しさのため、対峙しているものから見ると、逆にゆったりとした動きに感じられてしまう。
右から左への横薙ぎの太刀。
それを“B・Bザック”は、左手の銃で受け止める。
次いで右の拳をスイレイに向けて突き出したが、刃渡りにして1mを超す空断の間合いは、徒手空拳にとってはあまりに遠い。
しかし、その手に握られているのはもうひとつの銃だ。
放たれる拳と同時に銃口が向く。
発射。
それは、見えない拳のように、スイレイの頬を掠める。
スイレイの額に初めて汗と、そして頬に初めての血が流れる。
受ければ鋼鉄の盾、攻めれば間合い無視の見えない拳。
これこそが、“B・Bザック”の基本戦術、銃式無間格闘術〈銃型〉である。
「幻流・蛟」
「十字放火」




