第四章)西区の騒乱④ 朱き翼〈悪魔〉
“鐡”で吹き飛ばしたのは、“地下の兄弟”の一味だ。
こいつらには、目立った特色はない。
十数人からなる構成員で、銃火器を使うと言うだけだ。
だが、むしろそれで西区の大物に名を連ねるのだ。
その腕前は、推してしかるべしだろう。
一人一人が、ちょっとした組の用心棒レベルの腕前なのだ。
今周りを取り囲んでいるのは、ざっと、……23人ってとこか。
「撃てぇっ!」
周囲360度からの弾幕。
鉛玉に魔法弾、機関銃や炸裂弾もいやがる。
「ちっ、さすがにただの雑魚じゃねぇわ」
一対多数はいつも通り。
だが、タイミングの合わせ方や、指揮を取っている奴の力量が、その辺の組の比ではない。
弾幕に追いやられて瓦礫へ駆け込むと、その瞬間に炸裂弾で爆破される。
逆に、弾幕を切り開こうと突っ込むと、そこに一斉射撃が待っている。
これは街のチンピラどころじゃない、軍隊だ。
一度距離を取り、廃屋となったビルに逃げ込む。
「ちょっと、舐めてたかぁ」
ふぅーっと、大きく息を吐き、呼吸を整える。
格好をつけてスイレイをヴィオラの方へ送ったが、少しだけ後悔した。
だが、あちらの戦力もかなりのレベルだ。
“翼”を使えば別だろうが、恐らくあれは上層の最高機密に触れるなにかだ。
こうも衆人環視の中でアレを使うのはさすがにまずい。
ここはスイレイに任せておくしかないだろう。
「悔ぅい……」
廃ビルで小休止を取っていると、床に着いた指先からわずかな振動が感じられた。
これは、高密度の魔力による余波か!?
「改めなっさぁい!」
まずい!
直感でそう思った瞬間に、ビルの窓から身を投げ出した。
案の定、窓から出た瞬間に“地下の兄弟”の一味に狙われたが、それどころでは無い。
次の瞬間には、つい先程までいた部屋が丸ごと潰れて瓦礫となっていたのだ。
この馬鹿みたいに大味な攻撃は、奴らじゃない。
聖王国の神殿から破門された似非神父。
魔導機関によって肉体強化魔法の永続化に成功した全身狂化人間。
曰く、怪人神父。
曰く、筋肉達磨。
曰く、お前の方が悪魔だろ第一位。
「破戒僧“殲滅牧師”ウルフェンか!」
「力こそ、神の愛ぃぃっ!」
瓦礫の中から、異形の大男が飛び出してくる。
2m以上ある長身に、並の人間の三倍はあろう横幅。
ほぼ四角形と言っていいその体は、目を疑う程の筋肉の塊だ。
普通の強化魔法は、もって数分程度の身体能力の向上が限界だ。
それを魔導機関によって常時発動させている。
当然、そんなものが人間の体に耐えられるわけもなく、普通なら筋繊維が崩壊し、身体中が爆散するはずなのだ。
それを回復薬や増強剤で無理やり成立させた結果がこの化け物というわけだ。
「悪魔よ、滅びなさぁい!」
「うるせぇ、この筋肉悪魔」
牽制に“銀”を数発打ち込むが、まるで応えている様子はない。
あの神父服は退魔・防弾仕様になっているらしい。
だとしても、相応の衝撃までは殺せないはずなのだが、あの筋肉の前にソレも通じていないようだ。
「筋肉に悪魔の爪など通じませぇん!」
「くそっ、“銀”じゃ威嚇にもならねぇか」
やつの攻撃方法もまた異形だ。
巨躯である奴の体程もある十字架型の破城槌“免罪符”。
それに噴射機を取り付けて、自分の身体ごと突っ込んでくる。
奴自身も含めれば1tにもなる質量兵器だ。
十字架を持ち上げて振り回す。
どういう思想でこうなっているのかはさっぱりだが、その厄介さと破壊力は冗談では済まない。
弾丸も効かない強靭な肉体にバカげた力。
しかも、武器もただ振り回すだけではなく、盾、大槌、手棍、大砲と使い分けてくる。
遠距離からの最大火力なら“剛腕大砲”だが、近中距離での戦闘で言えば、こいつが一番厄介だ。
「撃てぇ。“殲滅牧師”も仲間ってわけじゃない。どのみち奴には弾は効かん!」
「くそっ、むちゃくちゃだな!」
“殲滅牧師”の猛威を何とか避けていると、今度は“地下の兄弟”が、“殲滅牧師”諸共に撃ってきた。
確かに、こいつには豆鉄砲など効かないだろうが、こっちには充分な脅威だ。
やはりこの指揮官、かなり場馴れしてやがる。
だが、それならそれでやりようはある。
「ちったぁ、ひるみやがれ」
「主の元へ、導かれなさぁい!」
“銀”を八方に撃ちまくって走り抜ける。
まずは、囲まれているこの状況を何とかしなくては始めらない。
幸い、“殲滅牧師”の野郎は足が遅い。
噴射機の突貫攻撃に注意すれば、距離をとることは簡単だ。
だから、今気をつけるべきは“地下の兄弟の方だ。
よく周りの気配を探ってみると、一箇所、包囲が弱くなっている場所がある。
「そこか!」
その場所に向かって走る。
周囲からの弾幕の中、やはりその場所だけは穴だ。
だから、俺はそこで反転した。
「な、なにぃ!?」
「くそっ、追い詰めろ!」
これ程の連携をする連中だ。
ご丁寧に隙を用意してくれていれば、そこに罠があると教えてくれているようなものだ。
予定通りのルートからの突然の反転。
奴らの包囲にも流石にボロが出る。
反転した後の進行方向から右手。
この隙間こそ本当の穴だ。
「主の元にぃ、滅っされなさぁい!」
途中で追いついた“殲滅牧師”とすれ違うが、効かないとはいえ二十人以上からの銃撃を身に浴びているのだ。
その動きは隙だらけだ。
「ヘイヘイ、追いついてこいよクソ坊主」
その横を通り過ぎ、一気に駆け抜ける。
目の前に敵は二人。
“地下の兄弟”の一味だ。
「手こずらせやがったな、この野郎」
ジグザグに走り銃撃を避ける。
当たり前だが、飛んでくる弾なんて見えるわけが無い。
だが、気配を探れば相手の位置が、そして相手の場所が分かれば狙ってくる射線が、そして射線が分かればそのタイミングを読むことくらいは出来る。
「くそっ、なんで当たらねぇ!?」
「この距離だぞ? バケモノが!」
この程度でバケモノとは、失礼なことを言ってくれる。
本当のバケモノってのは、あっちへ行ったあの女みたいな奴のことを言うのだ。
「ばーか。単にてめぇらが弱いだけだっつーの」
駆けながら左右に二発ずつの四連射。
これでようやく、敵の包囲を抜けることが出来た。
一度立ち止まって、改めて気配を探る。
予想通り。
包囲も抜け、これでようやく敵が一方向に固まった。
だが、それもここに留まっていては直ぐに包囲され直してしまう。
ここで一気にケリをつけなければ。
「ここから先は、有料の時間だ」
素早く周囲を見渡し、定点カメラと浮遊台座の位置を確認する。
全部を壊してしまうと、リーボック達の興行にならない。
“銀”でカメラを二台撃ち抜く。
これで映像に死角が出来た。
今からやることをカメラに映される訳にもいかないのだ。
「──封印解除・術式“悪魔の翼”」
自らに課した封印を解き放つ魔術。
俺が〈西の“厄病神”〉だなんて呼ばれている理由は、そのほとんどがヴィオラの暴走によるものだ。
あれであいつは俺なんかよりもずっと問題児なのだ。
だが、それだけで〈厄災〉の名を背負うには、名が重すぎる。
こいつこそが、俺を〈厄災〉たらしめる必殺技というわけだ。
「くっ、うぉぉぉっ!」
解除コードを口にした途端、右腕に隠れた機構が反応する。
右の前腕が二つに割れ、金属の杭が拳に沿って横に二本、さらに腕に並んで放射状に五本が生え、ガチャリ、ガチャリと腕の内部部品が組み代わり大きく横並びに展開する。
それは、まるで大きな刃物のように、そして、朱い翼のようにその羽を広げた。
──キンッ、キンッ
右腕に内蔵された魔核が大量の魔力を吐き出している。
それを増幅器を通り、鉄杭に充填されていく。
高密度に圧縮された魔力は高熱を生み、翼全体を赤熱させている。
「ひっさびさに、俺の超必殺見せてやるぜ」
深く息を吐き、腹と肺が潰れてしまうかというまで、全ての空気を絞り出す。
そして鋭く息を吸い込む。
身体中の全ての機関が、新鮮な空気と魔力に満ち、生まれ変わったかのように目覚める。
体内の魔核が、溜め込んだ魔力を解き放とうと全力で活動し始める。
自らの魔力、外界の魔力、そして魔核の魔力が混じり、目から、口からと魔力が溢れ出す。
「ぶち抜け、“悪魔の翼”!」
「な、なんだ!?」
驚愕したのは、“地下の兄弟達だった。
たった一人に対し二十名を越える人員で包囲。
そのうえで突破されたのだ。
これ以上の失態は、裏世界では命取りとなる。
そう思った矢先、突然の地響きに思わず立ち止まってしまう。
ふと見上げれば、この辺りで一番高いビルが崩れ落ち、連鎖する形で周囲の建物が崩壊してきている。
「な、なんだぁぁ!?」
先程と全く同じ言葉で驚愕するが、さもありなん。
それ以外の言葉など出るはずもないのだ。
その男を全員で追っている今、散開している仲間たちのいるビルの全てが崩れ、全員がその瓦礫に飲み込まれてしまった。
「なんだぁ!? 鉄くずを追っていた“地下の兄弟”の一味が、突如崩れたビルに飲み込まれた! これは、鉄くずの用意した爆薬か?」
どうやら実況のアナウンスからも、見られなかったらしい。
観客からはブーイングが出ているだろうが、知ったことでは無い。
多連装破砕杭“悪魔の翼”。
それがこの右腕に仕込まれた装備の名前だ。
一見して生身にしか見えないフェルムの身体だが、実の所、その四肢は特殊な魔導義肢に置き換わっている。
それだけじゃない。
その凶悪な四肢を支える身体の中身も、大部分が魔道工学の手が入っているのだ。
この右腕もそういった武器のひとつ。
空間魔術と魔道工学の機構によって格納された破壊兵器。
膨大な魔力を瞬間的に消費し、拳に並列する二本の鉄杭で打撃の強化。
さらに五つの鉄杭を一点に集中させることで、その破壊力を何倍にも増加させる。
鉄杭による物理的な破壊以外にも、高密度の魔力波を放射し、魔術的な性質も併せ持っており、射線の収束度にもよるが、その射程は最大で100mに及ぶ。
現行の魔道技術の外にある過剰技術の産物だ。
「っちぃっ、久々だとやっぱり堪えるな」
当然、負荷は大きい。
およそ人間が扱うには膨大すぎる魔力を身体に通し、身体中が暴走しかけている。
身体に篭もる魔力を冷まそうと、大量の魔力蒸気が吹き出している。
一撃で岩に穴を穿つ破砕杭を七機同時に使用した衝撃は、ただの七倍では済まない。
強化骨格や圧縮筋肉で軽減させても、そのダメージは身体の芯まで響いている。
つまるところ、この切り札は諸刃の剣どころか大欠陥品というわけだ。
だからこそ銃の腕を磨き、“鐡”と“銀”で戦えるようにしたのだが、なかなか上手くはいかないものだ。
「ちくしょーっ! このバケモノめ!」
ビルの影から二人の男が飛び出してきた。
どうやら地下の兄弟”の生き残りのようだ。
左右の銃を持ち替える。
この痺れた右腕では、精密射撃の“銀”の性能は使いこなせない。
だが、
「大人しくしてろよ。連携のないおたくらなら、“銀”一本で充分だよ」
二度引き金を引き、辺りは静かになった。




