第四章)西区の騒乱③ いざ、開戦
「5秒前、3、2ぃ、1、スタートォォッ!」
──ボンっ
開始のアナウンスと同時に、上空で赤色の信号弾が炸裂する。
今回のイベントの性質上、俺たちの居場所が分からなければ盛り上がりにかける。
そこで、30分に1回ずつ、俺の真上で浮遊台座から信号弾が発射される。
対してこちらからは、相手が何人いて、どこに隠れているのかは一切知らされない。
そもそもが、始末屋達をおびき出す作戦ではあるのだが、本当に奴らが出てくるか自体が賭けではあるのだ。
敵の戦力、能力、居場所も分からないまま、こちらの居場所は筒抜け。
正直かなり分の悪い勝負だ。
「まずはスタート地点の信号弾、〈錆びた鉄くず〉は、東側倉庫に隠れているようだ。さぁ、ゲストの始末屋達は、本当に現れるのか。そして一番手は誰だぁ!?」
──ドォォォンッ!
開始後数分。
急に大きな炸裂音が鳴り響き、会場の投影機が一斉に反応する。
「どうしたー! 不意の轟音。直ぐに浮遊台座を向かわせるぜ。……あぁっ、と! 瓦礫の山だ。つい先程まで、鉄くずが隠れていた倉庫が、あっという間に瓦礫き変わっているー!」
上空の浮遊台座からは、変わり果てた倉庫の姿が送られてきている。
圧倒的な破壊力。
周りの観客達の熱気も一気に高まる。
「急の爆発。何が起こったぁー。……おぉっ、ここで浮遊台座が何かを捉えたぞ。ビルの屋上、……これは、“剛腕大砲”だ。ルフターン戦役の英雄。巨獣殺し。あの“剛腕大砲”が出てきたー!」
画面には、軍服に身を包んだ巨躯の男が映し出されている。
隆々とした肉体に険しい目。
右目はレンズ付きの魔道具で覆われている。
どうやら遠視の魔導義肢のようだ。
そして右腕全体を、その名の由来となる大型の魔導砲に換装させてある。
〈大砲〉、〈回転機関砲〉、〈各種魔法銃〉と、部品の換装でいくつもの攻撃手段を持つ遠距離攻撃の専門家。
これが“剛腕大砲”である。
「さぁ、気になるのは鉄くずの行方だ。このまま勝負は決まってしまうのか!?」
浮遊台座が破壊された倉庫に迫る。
だがその時、同時に別の場所へ再度の砲撃音が鳴り響く。
「ここで“剛腕大砲”の砲撃ぃ! あぁ、いた! 鉄くずだ。鉄くずの野郎は、既に倉庫から脱出している! だが流石は“剛腕大砲”。早々に鉄くずを見つけ出して追撃に移っている!」
当然だ。
信号弾が出ているのに、ずっとその場所に居続けるわけが無い。
だが、これで敵の一人が炙り出された。
イベント的にも、奴らが俺を仕留める瞬間を移さない訳には行かない。
これで奴にも浮遊台座が張り付くことになる。
もちろん、お互いに居場所を移して隠れようとするだろうが、それでも見つけやすくなるのには変わりない。
「うるぅぇぇい!」
屋上から“剛腕大砲”が砲撃を繰り返す。
遠距離高威力の大砲だ。
その火力の前には、平野だろうと市街地だろうと関係ない。
幸いなのは、命中精度自体はさほど高くないことだ。
着弾すれば、周囲数mを爆風で破壊するのだ。
そこに精度など必要ないというのも分かる。
だが、俺にとってはありがたい限りだ。
「“剛腕大砲”の大砲が鉄くずに迫る! だが、それを……まさか、まさかぁ! あの野郎、あのバカでかい大砲の弾を、銃で曲げやがった!」
発射の轟音。
そして、奴の居場所は既に分かっている。
だとすれば、砲が放たれてからのわずかな時間だが、その間に弾を見つけることは簡単だ。
そして“銀”の高速精密射撃なら、その弾に当てて、軌道を逸らせることもできなくはない。
「くそぉっ、バケモノめ」
“剛腕大砲”が愚痴を吐き、屋上から撤退する。
お互いに位置が丸わかりなのだ。
場所を変えて仕切り直すつもりだろう。
「ま、そうするよな。……それが出来れば、だけどよ」
「……む、な、なにぃ!?」
「傭兵あがりにしては、囮という概念が不足しすぎてませんか?」
“剛腕大砲”の背後から突然現れたのは、うちの万能メイドだ。
「う、うぉぉ!」
“剛腕大砲”が左手にナイフを構え、右腕も回転機関砲に切り替えて応戦しようとするが、接近戦で、あのヴィオラに勝てる奴は、ちょっと想像しずらい。
ヴィオラの目の前を弾丸が掠めていくが、ジグザグに体勢を入れ替えてどんどん間合いを詰める。
トンっと、飛びかかり宙に浮いても、足の噴射機で弾幕をくぐり抜けていく。
「ぐっぬぁぁっ!」
左のナイフが突き出されるが、ヴィオラは余裕を持ってそれをかわす。
避けた体勢から肘の噴射機で加速された左拳を放つ。
「ごぅふっ」
いくら鍛え上げた巨体も、自動人形であるヴィオラの力にはかなうまい。
めり込んだ拳は、“剛腕大砲”の脇腹にくい込み、アバラを粉砕している。
「どうぞ、お休み下さい」
その言葉と共に、右手に内蔵された雷撃掌でこめかみを打ち抜いた。
「ダウンーっ! なんと、鉄くずサイドの自動人形が、なんとなんとの大金星。波乱の展開! あの“剛腕大砲”が早々に戦線離脱だぁ!」
マイクスタンのアナウンスに、いくつかの施設に集まる観客から悲鳴が聞こえてくる。
オッズ一番人気の“剛腕大砲”だ。
賭けていた奴らが喚いているのだ。
「あら? とどめは刺さない方針ですか?」
スイレイがヴィオラの映る画面を見ながら疑問を口にする。
相手はいくらでも人を殺してきた始末屋だ。
つい先程だって、あの砲撃を食らっていたのは自分たちだ。
殺そうとしてきた相手を殺さないことに、疑問を感じるのも無理はない。
「マンガの英雄じゃあるまいし、不殺ってわけじゃないさ。だが、殺りあって死んだらそれも運さ。だが、死なずに済むならそれに越したことはないわな」
「なるほど。私からすれば、縛るより仕留めた方が楽なのですが……。まぁ、ここは貴方たちの流儀に合わせますか」
一応、ヴィオラも電撃をくらわせたあと、“剛腕大砲”の右手の武装を叩き壊した上で、ロープで拘束している。
少なくとも、このイベントでの復帰は無理だろう。
とりあえず名前の挙がっていた連中で、一番の遠距離攻撃の持ち主を沈められたのは大きい。
やっぱりこちらとしても、ひとまとめにドカンがいちばん怖いのだ。
これであとは乱戦に持ち込める。
──ボンっ
本日二度目の信号弾が真上に上がる。
今俺たちは、ベルモンドのアジトから離れ、2区画南の廃ビルに潜伏している。
ブーンと、浮遊台座の飛ぶ音が外から聞こえてくる。
「“剛腕大砲”を撃破したメイドと別行動している鉄くずを発見したぞ! おや、野郎のそばにもう一人いるぞ。助っ人でも雇ったか」
「ちっ、こっちで仕組んだこととはいえ、ずっと見張られてるっていうのもイラつくな」
スイレイも同じ気持ちだったのだろう。
無言で懐から短剣を取り出し、浮遊台座に投げつけた。
俺たちの姿を映す浮遊台座とは別に、様々な場所に取り付けた定点カメラもあるが、こいつは仕方がない。
とりあえずヴィオラと合流することにしようと、移動しているうちに、アナウンスが響いた。
「おっとここで二組目、お、さらに三組目の登場だ! “B・Bザック”と“針鼠”が、メイド人形に襲いかかる!」
「ちっ、スイレイ。先行してヴィオラの応援に行ってくれ。俺は迂回する」
「いえ、そうはいかないようです。こちらも囲まれました」
瓦礫の町中を走っていると、確かに首筋がヒリヒリとした殺気を感じる。
1、2……、4人か。
「こっちは何とかする。右手に牽制をかけるからお前は行け!」
「あらあら。相棒には甘いのですね。少し妬けます」
「馬鹿なこと言ってると、あいつの失敗料理食わせるぞ!」
走りながら、“鐡”で炸裂の魔弾を撃ち込む。
爆発と他の四方からの反撃。
うまく奴らの敵意を取ったようだ。
「ご武運を」
そう言い残してスイレイの姿が消えた。
前方を見ると、スイレイが走り去る姿が見えるので、一足飛びに駆け抜けたのだと後からわかるが、目の前で見ていると消えたようにしか思えなかった。
「やべぇな、あいつ。魔導義肢の作動は感じなかったし、魔道具か? まさか生身であれじゃねぇだろうな」
あれから何度か模擬試合をしてきたが、まだまだ引き出しがありそうだ。
「ま、あれに比べりゃザコ丸出しだな。かかってこいよ、“殲滅牧師”に“地下の兄弟”」




