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第一章)貧民街の何でも屋② ジーベックギャング

「あの……、ラピス級(クラス3)精霊圧縮機エレメンタルコンプレッサーは手に入りますか?」


──ピシリ


 そう軋む音がはっきりと聞こえるほど、それまで、のんびりと穏やかな空気が流れていた喫茶店の空気は一変した。

そのあまりにもの変化に、嫌な汗が背筋を伝う。


「あ、あの……」

「ねぇよ」


 こちらが言い終わるのを待たず、カウンター奥の男が言葉を被せてくる。

その目は、(ひど)(よど)んでいて、それまで寝起きだったような顔を(あお)ぎ、上から見下ろすようにしてこちらに視線を送る。

この目は、知っている。

心底、心の底から見下し、ソレ(・・)を人としてすら認めない。

そんな目だった。


──ギシッ


 男がカウンターの席を立ち、こちらへと向き直す。


「まったくどいつもこいつも、訳の分からねぇ噂を信じて、クソみたいな事を抜かしやがる」


 ダンッ、とカウンターを叩き、今度こそ侮蔑の表情を隠そうともせずにこちらを(にら)みつける。


「ガキ。てめぇ、この店の名前を読んだか? 

錆びた鉄くず(ラスティトラッシュ)〉だ」


 知っている。

だからこそこの店へ来たのだ。


「そりゃ隣のゴミ山から使えそうなスクラップを寄せ集めて、使えるゴミクズを作るような廃部品工房(ジャンクショップ)はやっているさ。もちろん不認可(イリーガル)のな」


 そう言って喫茶店の横ににある、廃棄物(スクラップ)置き場を親指で()す。

つまり、この店(ラスティトラッシュ)は、喫茶店を表向きの仕事として、上層(市民街)で正規品を買えないような客を相手に、ここ下層(貧民街)で違法工房をしているのだろう。


ラピス級(クラス3)だぁ? あるわけねぇだろそんな高級品。そもそもそんなもの使うのは、上層の顧客(リッチマン)を捕まえた上級の工房(ハイスミス)の仕事だ。それなら上層で物を調達すりゃいいじゃねえか」


 確かに正論だ。

ものにもよるが素材や加工道具などは、見習いが使うアンバー級(クラス1)に始まり、一般流通仕様のフローライト級(クラス2)、貴族用素材のラピス級(クラス3)、上級将校や英雄と呼ばれるような冒険者が使うトパーズ級(クラス4)、そして最高級のダイヤモンド級(クラス5)として品質を表す。

下層で請け負うような仕事ならば、素材も道具もカルサイト級(クラス1+)からフローライト級(クラス2)もあれば十分だ。

ラピス級(クラス3)の部品なんて、上級市民相手にでもなければ使わないし、下層では見ることすらめったにない。


「身の丈に合わねぇ仕事を引き受けて(おぼ)れてんなら、勝手に沈みやがれ。()の連中のゴタゴタを()に持ち込んでくるんじゃねぇよ。うちはしがねぇ喫茶店だ。分かったらそのジュースの金を置いて帰りやがれ!」




 散々に打ちのめされて、帰路に着く。

ろくに舗装もされていない坂道を、重い足取りで歩を進める。

視線を少し横へと向けると、古い個体なのか、大分濁りが進んでいる人工水魔(スライムドール)が紙くずを取り込んでいるところだった。

下層(貧民街)とはいえ、この辺りはまだ比較的治安がいい。

上層から流れてきたのだろう水魔(スライム)のおかげで道路も比較的清潔で歩きやすい。


 自然と足は三番橋脚(3rdピアー)中央広場へと向かう。

広場の奥、三番駅へと向かい、上層行きの列車を探す。

ラピス級(クラス3)の部品なんて、上層にしかない。

そんなことは初めから分かっている。


「……帰ろう」


 もう何日も通いつめているのだ。

運賃も、列車の時刻も、そして〈入層許可証(ゲートパス)〉の発行料も、もう覚えてしまった。


 魔導列車(マナレール)や乗合の自動駆動車(マリオモビル)自体は、上層・下層を問わずあちこちに走っているし、誰にでも乗ることは出来る。

だが、大橋脚(ピアー)に巻き付くようにして走る階層型魔導列車(ゲートキーパー)を利用するには、〈入層許可証(ゲートパス)〉が必要なのだ。

そして、下層の人間がそれを手にするには、馬鹿げた額の料金が必要となる。

何度も確認し、その都度に落胆してきた事実である。

稀に闇商人によって許可証(パス)が横流しされることもあるようだが、だからといって、上層で求める品を買うだけの資金がある訳でもなかった。


 土台無理な話ではあったのだ。

上層へ行く金もない。

行ったとしても、品を買う金もない。

そんな状態で違法工房を当てにしようなどと、馬鹿な話は無い。

あの男に怒鳴られるのも当然の話だった。

だけど、それでも……




「期日まであと一週間。分かっていますね?」


 工房の前まで来た時、今一番会いたくない奴に会ってしまった。

痩躯に黒服の男、ルンダル。

この辺り一帯の元締め、ジーベックギャングの下っ端だ。


「……無理です」

「はぁっ?」


 ルンダルの目が細まる。

普段は猫なで声で異様なまでに慇懃な態度をとっているが、ジーベックの一味がそんなに甘いわけが無い。


「だから無理です。うちじゃ、虹岩蜥蜴(レインボーリザード)の革なんて扱えませんよ。魔物の革なら、相応の設備がなきゃ(なめ)すことすら……」

「それがどうかしましたか?」


──ズガァッ!


 店の一部が吹き飛ぶ。


「やめて下さい! 店を、壊さないで!」

「聞こえません、ねぇっ!」


──ドガァッ!


 裁断用の加工機が蹴り飛ばされる。

明らかにルンダルよりはるかに重い機械が、まるで小さな机でも蹴り飛ばしたかのように吹き飛んでいく。

先程の店の一部を破壊した攻撃にしろ、およそ人間では考えられない力。

その正体は、スーツの破れ目から見える排気口から大量の蒸気を吐き出す、ルンダルの右脚にある。


魔導義肢(オーバーリム)跳ね兎(レイジングラビ)


 元々は数t(タン)もの荷物を運ぶ自動人形(オートマタ)用の脚部部品を、人間の義肢として無理やり加工した非合法改造品(アウトローユニット)だ。

耐久性や魔力交換効率を考えれば粗悪品もいい所なのだが、それでもただの武器として考えれば結果は見ての通りである。

組織では下っ端に過ぎないルンダルといえど、ただの人間が太刀打ちできる相手では無いのだ。


「……お願い、します」

「はぁ、いいですね。一週間。一週間以内にブツを用意しなさい。……でなきゃ次はてめえの顔がこう(・・)なるのは分かんだろ。あぁ、それとこの代わりスーツも用意してくださいね」


 そう吐き捨てて、ルンダルは去っていった。




 それは、ひと月ほど前の事だった。


「リーオさん。今日はあなたに、素晴らしいお話をもってきたんですよ」


 先程と同じように、店の前にルンダルが現れ、猫なで声でそう言ったのだ。


「ル、ルンダルさん。わざわざこんなとこまで、なんの御用件ですか?」


 この辺りの工房で、ジーベックギャングの世話になってないところなどない。

毎月多額の護衛料を支払い、それでも下っ端達の横暴に(さら)されてはいるが、いざ資金繰りに困った時に頼るのはジーベックなのだ。

無論、多額の利子が課される訳だが、それでもジーベックは、この街の頂点たる存在だと言える。

この一味の言う〈いい話〉とやらがか、本当にいい話だったことなどないのも、皆が知っている。


「リーオさん。私は、あなたの革細工の腕は評価しているのですよ。下層はもちろん、上層でも売れるレベルの品は珍しい。そこでですねぇ、あなたに、ジーベック(ボス)革鎧(レザーアーマー)を作る栄誉を与えようと言うのです」


 要するに献上品だが、思ったより簡単な仕事で安心した。

料金など払っては貰えないだろうが、うちの工房で用意出来る一番上等なものを用意すれば、喜んではくれるだろう。

手痛い出費にはなるが、身の安全には代えられない。


「分かりまし……」

「ただぁし、〈虹岩蜥蜴(レインボーリザード)製〉のな」


 その一言で全てがひっくり返った。


「……え?」

「いやぁ、ボスがですね。最近、虹岩蜥蜴(レインボーリザード)で出来た盾を見たらしく、それがまた素晴らしい出来だったと」


 ここでようやく、ルンダルがこの工房まで来た理由が分かった。

実は最近、他エリアの顔役からの依頼で、虹岩蜥蜴(レインボーリザード)の盾を用立てたのだ。

つまるところ、自分を差し置いて他の顔役へそんな貴重品を贈るとはどういうことだ、という訳だ。


 だがちょっと待って欲しい。

あれは革自体は向こうからの持ち込みだった。

なにより、ジーベックギャングも恐ろしいが、他の顔役だって同じように逆らえるわけなどない。

それに、大分値段は叩かれたが、正規の依頼だったのだ。


「しかし、そんな高価な材料、こちらにも在庫などありません」

「はぁっ!? 余所者にはできて、ジーベックにはできないと。おやおや。どうにも俺たちぁ、舐められてるのですかねぇ?」

「そんな、本当にないものは無いんです!」


 ダメだ。

聞く耳などはなから持ち合わせていない。

ちなみに虹岩蜥蜴(レインボーリザード)は、蜥蜴(とかげ)の魔物なんかではなく、れっきとした亜竜(デミドラゴン)だ。

動きの緩慢さと、目立った特殊能力がないので、危険等級(モンスターレート)Cランク(上位級)と、比較的低い。

だが、その主食である虹岩とは、別名:偽・月銀鉱(ミスリル)

高純度の月銀鉱(ミスリル)には及ばぬものの、それに準じる硬度を持っている。

当然、それを主食とする虹岩蜥蜴(レインボーリザード)にもその特性は受け継がれており、素材とした時の扱いの難しさは、優にラピス級(クラス3)を超える。

そんなものは、この下層(貧民街)の工房で普段から取り扱っているはずもない。


「いえ、そんな。そんなお品物は……」

「ルィィオォ。まさか、無理。……とは、言わねぇよなぁ? なにせ、うちのボスが、直々に、手()ぇに、頼んでるんだからなぁ?」


 どうしたところで無理なものは無理だ。

亜竜の革など、仕入れるのもかこうするのも、それを仕立てるにはこの工房の設備では無理なのだ。


「本当に無理なんです! せめて、上層の職人さんを紹介していただくか、設備をお貸ししてらわないと……」

「一月だ。一月後にまたくるぜ。……あぁ、それと。お前のお袋さん、うちの組でお迎えしているんだわ。そういうわけで、そこんとこよろしくなぁ」

「そんな……」


そう言ってルンダルは、去っていったのだった。


■ランクについて


素材、道具の等級は十段階。(各間に+が付く)

クラス5:ダイヤモンド級(特殊仕様)

クラス4:トパーズ級(高級仕様)

クラス3:オパール級(上級者仕様)

クラス2:フローライト級(一般仕様)

クラス1:アンバー級(初心者仕様)

─:タルク級(仕様に満たない)


魔物の危険等級は六段階。

Sランク:神話級(国家間での連合が必要)

Aランク:災害級(国が全軍で立ち向かう)

Bランク:高位級(数百人規模の大隊が必要)

Cランク:上位級(訓練された兵士数人の部隊)

Dランク:低級(兵士一人で倒せる)

Eランク:危険(一般的な成人男性でも対処可能)

(Fランク):無害(一般的にはスライムの事を指す)

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