第四章)西区の騒乱 ② 最強タッグ
「それじゃあ作戦会議だな」
あくる日、昼食の混雑が終わり客席も空きが多くなった頃、さしあたっての対策会議を開くことにした。
これまでにも組織から狙われるような事はいくらでもあったが、今回はいつもとは勝手が違う。
相手が一組織だというならこちらからアジトに乗り込んで、適当にぶち壊せば、相手もこっちを襲う余力などなくなる。
有象無象の手下達も、組織という枠組みがなくなれば、むざむざ特攻なんて馬鹿な真似もするわけが無い。
これまではそうして来たのだが、今回はそうもいかない。
今回の相手は、組織ではなくベルモンド個人。
組織としての損得ではなく、個人的な私怨で動いている。
つまり、いくら箱を叩き潰そうと無駄なのだ。
さらに資金の出処が上層の貴族ときてやがる。
最悪、ベルモンドを殺すなり、依頼を撤回させるなりしても、この貴族が首を縦に降らなければ、依頼は止まらない。
その上主戦力は、組織の連中ではなく、外部委託、つまりは殺し屋の連中だ。
それもやり手の有名どころが揃っていやがる。
当然、まとまりも連携もないのだが、それが今回は不利に働く。
一箇所に集めてまとめて潰すということが出来ないのだ。
いつ、誰が、どうやって襲ってくるのか予想ができない。
今この瞬間に殺し屋が来たとしてもおかしくは無いのだ。
「まったく、面倒な事だな」
「そう思うなら、今後は自重してください。御主人様」
ちょっとした軽口のつもりだったが、ぐぅのねも出ない否定が飛んできた。
いや、まったくごもっともだ。
「さて、漫才はさておき」
スイレイが冷ややかな目で睨みながら茶をすする。
今日は、いつもの緑茶でなく、紅茶、いやなにか燻したような香ばしい香りがする茶だ。
一度スイレイに付き合って緑茶とやらを飲んだことがあるが、俺はコーヒーも紅茶も飲むが、どうにも渋いだけでその良さは分からなかった。
しかしスイレイを見ていると、こうして力を抜いて頬を緩めているあたり、好きなやつにはいいものなのだろう。
「ベルモンドに雇われた者たちのリストです。他にも手下や彼ら自身が声をかけた同業者がいる可能性もありますが、とりあえずわかる範囲で、というものです」
スイレイからリストを受け取り目を通すが、やはりなかなかの顔ぶれだ。
まず先日出た名前から、
”不落要塞“
全身を爆薬でもビクともしないような装甲で身を固めているデカブツ。
“剛腕大砲”
元は他国の傭兵で、右腕自体が大砲の魔導義肢になっている。
“針鼠”
大型の盾の全面に自動小銃をアホほどとりつけたシールドガンの使い手。
“B・Bザック”
拳銃を愛用する凄腕のガンマン。
“殲滅牧師”
身体中を強化した、力こそパワーのバケモノ。
他にも有名どころだけで、“地下の兄弟”、“四輪駆動”なんて名前も増えてやがる。
なかには一、二度やりあった奴もいるが、こいつらが好き勝手にこられては、とてもじゃないが付き合っていられない。
「とまあ、一番の懸念は、彼らの波状攻撃ですね」
一通り、奴らの戦闘方法の確認をして、スイレイがそうまとめた。
「はぁ、めんどくせー。あの野郎、どこまで声掛けたんだよ」
「しかし逆を言えば、彼らをひとまとめにすれば一網打尽に。さらには小勢力への牽制になるでしょう」
まぁそういうことだ。
理想をいえば、どこか広い場所にまとめて誘き寄せて罠にでもはめるのが楽でいい。
それで奴らの死体なり残骸なりをさらしてみせしめにしておけば、有象無象の小物はビビって大人しくなるだろう。
「そうだとして、どうします?」
スイレイの疑問も当然だ。
奴らはスイレイのような戦闘狂ではなく、プロの始末屋だ。
である以上、なにも正々堂々と戦う必要などなく、むしろそれぞれが別に動き、闇討ちを基本戦術とした方が理にかなっているのだ。
「どうするって。そんなもん、のこのこと顔出して集まってくださいってお願いするしかないだろ?」
「御主人様、貴方はまたそんな適当に」
ヴィオラが頭を抱えてため息をつく。
時々、こいつは本当に自動人形なのか心配になる。
だがまあ、俺だってなんの考え無しに無茶な寝言を言っているわけじゃない。
スイレイは、俺の意図に気づいたようだ。
「なるほど……。たしかに妙案かもしれませんわ」
──ポンッ、ポンッ
「さあ、やって参りました〈大・乱闘祭〉! 既に大勢の見物客が集まってきております。本日の司会実況は、私、マイクスタン。ファッツ組広報担当のマイクスタンがお送り致します!」
浮遊台座と拡声器でうるさく飛び回っているのは、リーボックの手下だ。
ステージ横の待機所で様子を伺うと、たしかに見物客とそれを目当てにした屋台がいくつも出店し、かなりの賑わいを見せている。
所々に用意された施設では、いくつもの投影機が用意され、賭けも開かれているようだ。
「さぁさ、掛け率の一位はダントツの鉄くずの8.3倍。賭けた賭けた!」
「ちっ。あの野郎、舐めてやがる」
どうにもよってたかって俺をぶち殺したいと見える。
このお祭り騒ぎが終わったら、あのディーラーからぶちのめす。
察しの通り、このバカ騒ぎを企画したのは俺たちの方だ。
敵がバラバラに来るのが嫌なら、招待状を出して一纏めにすればいいのだ。
「そこの鉄くず野郎に野望を打ち砕かれた悲劇のヒロイン、ベルモンド一家。まさに、まさに背水の陣の覚悟で、この西区に化け物共を解き放っちまった! 対するは、我らがクソヤロー、鉄くずだ! 〈錆びた鉄くず〉総出で、この絶望的な戦力差を覆せるか!?」
上空のマイクスタンが煽りまくる。
当然、今回の企画は俺たちだが、興行としての元締めは、“顔役”ファッツ・リーボック組の奴らだ。
つまりはこうだ。
リーボック達の仕切りで、このバカ騒ぎを企画。
とにかく情報を広めるだけ広めて、雇われたヤツらをいぶり出す作戦だ。
裏稼業とはいえ、誰しもが知るほどに名が売れた大物たちだ。
ここまでバカ騒ぎの上、お膳立てされてしまえば、出てこない訳にはいかない。
数で勝る上に、決闘から逃げたと吹聴されれば、面子が潰れるどころでは無い。
下手をすれば、もうこの国の裏側で生きていけなくなってもおかしくはないのだ。
リーボック達にも当然旨みがある。
賭けや出店の儲けなど副次的なものだ。
ジーベックギャング、ベルモンド一家と立て続けに“顔役”を失ったこの37区で、俺が次の頭だと大いに宣伝できる。
万が一にだが、俺たちが負けたとしてもやつの懐は痛まないという事だ。
舞台は、旧ベルモンド邸とその近辺の町だ。
先日の戦いで既に廃墟となっている。
ドンパチやるにはもってこいの場所だ。
俺たちは、ベルモンドの屋敷の一角を待機所にしている。
刺客の連中がどうしているのかは分からない。
こっちが勝手に呼びつけて騒いでいるのだ。
「開始時刻まであと30分。一番乗りは誰だ? 一番人気の”不落要塞“か、“剛腕大砲”か。それとも大穴の“地下の兄弟”がくるか!?」
いずれにしろ、この喧騒を聞いて隠れてはいられないだろう。
「改めて今回の背景とルールを説明するぜぇ。元は37区の新“顔役”、ベルモンド一家が鉄くずに粉をかけたのが始まりだ。知っての通り、結果は惨敗。追い詰められた奴は最悪の奴らを呼び出しちまった。集まった始末屋の情報は、各施設で買ってくれ」
ここまでコケにしたんだ。
勝っても負けても、ベルモンドは終わりだろう。
なにせ上の貴族様の名前にまで泥をかけたようなものだ。
もしかしたら、そっちから既に始末されているかもしれないが、知ったことではない。
だから、後は始末屋の連中だけぶちのめせば、この話は終わりだ。
まあ、それが出来ればっていう話なんだが、そっちは何とかなるだろ。
「ステージはベルモンド邸周囲200m。立ち入りは自己責任だ。死にたくなきゃ、撮影用の小型浮遊台座と定点カメラでガマンしやがれ。この後12時ちょうど、ステージのどこかから鉄くずの野郎が出てくるぜ。始末屋はそこからスタートだ。出てくるもよし、出てこないもよし、だ。但し、名指しされて出てこなかった奴は、二度とこの国で仕事は受けれねぇと思った方がいいな」
「あ、そうそう。私、今回は程々にしか働きませんから、そのおつもりで」
「なにぃ!?」
大人しくアナウンスを聞いていたら、この土壇場でスイレイがなにか言い出しやがった。
「てめぇ、この期に及んでずらかるつもりか」
「おバカ。私が本気を出したら、姿を見せた相手を一つずつ斬ってそれでおしまいではないですか。〈厄災〉を二人も相手にするとしれたら、相手もゲームに付き合う余裕がなくなるでしょう」
確かに、今回の作戦で敵を引きずり出せるのは、ある意味奴らの油断に漬け込む部分もある。
〈北の“人喰い鮫”〉が出てきていると知れば、なりふり構わず闇討ちに方針を変えるだろう。
「一応のサポートはしますが、貴方がなんとかするのですよ?」
「はぁ。なんとかってよぉ。まっ、やるっきゃないかぁ」
「それじゃあ、いよいよスタートの時間だ! 5秒前、3、2ぃ、1、スタートォォッ!」




