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第四章)西区の騒乱① 共同戦線

「で? 俺を始末する依頼がでている?」

「ええ。そうですね」


 あれから一月経った頃。

すっかり〈錆びた鉄くず(ラスティトラッシュ)〉に居着くようになった〈北の“人喰いディープブルー”〉ことスイレイが、緑茶をすすりながらプリンを食べている。

なに、プリンではなくヨーカン?

スイレイの持ち込み……、今度入荷するから……。

まぁ、そうか。


「だとしても心当たりがあり過ぎるな。うちの“顔役(リーボック)”だって言われても驚かねぇよ」


 自分の素行の悪さには自覚はある。

日の出ているうちはだいたい寝てるが、夜は女と居るか、目についたやつをぶちのめしてる。


「ええ、そのようで。でも、今回の依頼主は例のベルモンドです。ほら、あの時は途中で帰っちゃいましたし。命からがら逃げだして、後ろ盾の貴族に泣きついたみたいです」


 野郎、やっぱりきっちりとぶちのめしておくべきだったか。


「本来なら凋落(ちょうらく)した“顔役”など、見捨ててそれでおしまいなんですけどねぇ。貴方の評判の悪さが災いして、それならこの機会に潰してしまおうと」

「はっはっは。お貴族様にまで名前が売れてるとは景気がいいぜ。まあ、そんな小物に雇える程度のザコなんざ、いくらいても相手にはならねえよ」


 やつの首は取らなかったが、それでもアジトはきっちりぶち壊してきた。

その後、うちのリーボック達からの追い打ちもあったはずだ。

もはや組織としての力は、ほとんど残っていまい。


「自信家なのも結構ですけど、話は最後まで聞きなさい。今回の指揮はベルモンドが取ってますけど、資金は上の貴族から出ているです。私のところに入ってきている情報だと、なかなかの顔ぶれが揃っていますわ」

「けっ、貴族の金使うなんざ、下層の顔役の風上にも置けねぇな。で、どんな奴らが動いてるんだ?」


 話が段々と嫌な方向に流れてきた。

この辺りの大物(ビッグネーム)だったら一通り押さえているが、奴らが手を結んだら面倒だ。


「ええと、”不落要塞(ビッグジョン)“、“剛腕大砲(アームストロング)”、“針鼠(ヘッジホッグ)”に“B・B(ビービー)ザック”、“殲滅牧師(チャーチ)”なんて名前もありましたね」

「おいおい、この辺どころか帝都の有名どころの見本市じゃねぇか」


 頭が痛くなってきた。

どいつもこいつも厄災予備軍とも言える危険人物。

さすがにこのメンツは想定外だ。

もしこの全員がかち合うようなことになれば、この辺り一帯は焼け野原になるだろう。


「で、お前もその話に乗ったのか?」

「まさか。貴方との死合いとあらば願ったりですが、よってたかってというのは趣味じゃありません」


 まあそれだけで充分だ。

だから面白がって、俺の首筋めがけて無駄にチリチリとした殺気飛ばすのをやめてくれ。


「だからといって、貴方の首をどこぞのボウフラに取られても面白くありません。そこで、“鉄くず(ラスティ)”。私を雇う気はありませんか?」

「な、なんだと!?」


 いや、そりゃあ戦力的には願ったりだ。

こいつの腕は誰より俺がよく知っている。

だが、それ以上にデメリットというか不安要素もある。

まず大前提として、こいつ自身が一番の危険人物だということ。

こうして茶を飲む仲にはなったが、こいつの本質は人斬りだ。

斬って面白いか面白くないかが全ての判断基準となる。

そしてもうひとつ。

俺とこいつが組む以上、相手に関わらず戦場は焼け野原確定ということだ。


「まあそれも一興か」


 自殺願望なんざこれっぽちもないが、それでもこいつに斬られるのなら、それも悪くないと思い始めていたところだ。

それに、同じ焼け野原なら、されるよりする方が余程いい。


「よっしゃ。その話、乗らせてもらうわ」


 そうと決まれば、戦いの準備だ。

久々の大暴れとなれば、血も騒ぐ。

魔弾のストックを用意して、護身用の魔道具や防具も揃えておきたい。

いやぁ、腕がなる。




「その前に……」

「あん?」


 お茶を飲み終えたスイレイが湯呑みをカウンターに置き、右手の親指と人差し指で輪を作った。


お給料(ペイ)。いくらだせるかしら?」

「金とんのかよ」


 この野郎、人のピンチに漬け込みやがって。


「当たり前でしょう。ただの問題児(トラブルメイカー)の貴方と違って、私の本業は、解決屋(トラブルバスター)。私、安い女ではなくてよ?」

「あの、ちなみにおいくらなんですか?」


 支払いの話となるとさすがにヴィオラが出てくる。

うちの経済状況なんぞ、俺が知るわけもない。


「そうねぇ。……これくらい?」

「……御主人様(マスター)。自力で何とかしてください」


「ヴィオラ、てめぇ……。いや、あのぅ、もうすこしまかりませんか?」


 あっさりと手のひらを返したメイドにつっかかろうとしたら、金額を書いたメモを見せられた。

いや、これはさすがに無理だわ。


「別にお金自体には困ってはいませんが、安売りもしていません。もっとも、お金以外の対価でも構いませんよ?」


 そう言うと、実に(なまめ)かしい流し目で、うちのヴィオラのことを見てくる。

これはアレだ。

別に自動人形(オートマタ)のヴィオラに欲情しているわけではない。

珍しい強者と()りあいたいのだろう。

ヴィオラの力についても何か知ってやがるな。


 ちなみに、見た目こそ相変わらず旧式の躯体(ボディ)そのままだが、四年前のあの時からヴィオラ自体にも色々と手を加えて改良が進んでいる。

未だにあの(あか)い光による変形は、謎しかないし、ヴィオラも多くは語らないのだが、変形しないそのままの姿でも、かなりの武装を積み込んである。


「悪い、ヴィオラ。あとは任せた」

「……了解しました御主人様(マスター)。この外道め」




「うふふふ。流石、流石ですわね」

「くぅっ、ご期待に添えて何よりです」


 一応、責任を感じて遠くから見物に来ているのだが、あれはバケモノだ。

よくもまあ、俺もあれとやり合ってまだ生きてるものだと、改めて感動する。


──ガガガガガガッ


 ヴィオラの右腕が中ほどから二つに割れ、中に仕込まれていた魔法銃(キャストガン)を放つ。

銃身に回転する銃創(シリンダー)を組み込み、魔力の充填(チャージ)解放(ファイア)を連続して行えるようにした、小型の回転掃射式魔法銃(ガトリングガン)だ。

精密性はさほどないが、速射性能は“(しろがね)”の完全上位互換だ。

莫大な魔力で動いているヴィオラならではの武装と言える。

本来なら一秒もあれば人間一人、原型の分からないミンチにすることなど容易い攻撃力を持っているのだが、だというのに、その全てを左手の短剣で簡単に撃ち落としてくれる。


「やはり主従ですね。フェイントの入れ方がフェルムそっくりです」

「それは、……遺憾ですね」


 足の噴射機(スラスター)で間合いを外し、左腕に仕込まれた魔石から高威力の魔術を放つ。

言われてみれば、確かに俺の“(くろがね)”と“(しろがね)”での戦い方にそっくりだ。

そうなると、俺との一戦がある分だけスイレイに分がある。


 対してスイレイは、今日は左右一対の刀を使った二刀流だ。

右の刀も先日のマサムネよりも短いが、左の刀はより小振りのものとなっている。

事前の説明では、同じ刀の中でも〈脇差(わきざし)〉というらしい。

ちなみにマサムネとは、本来は有名な刀鍛冶の名であり、一般的なサイズの刀を〈打刀(うちがたな)〉というらしいのだが、長剣(ロングソード)片手剣(ショートソード)のようなものだろうか。


 引き続きスイレイの動きを見ていると、左の脇差でヴィオラの弾幕を打ち払い、右の打刀で仕留めにかかっている。

ある意味、ヴィオラや俺と同じ戦闘スタイルと言えるが、得物が刀だけという点で圧倒的に不利に思える。

だというのに、戦況はむしろスイレイの圧勝といえる。

射程距離の違いを埋めてなおあまりある動きの速さ、そしてその鋭さがその理由である。


 ヴィオラも、(かかと)と腰に装備されている噴射機(スラスター)を巧みに使い、一瞬の瞬発力や体勢を切替える機動力を増強させているが、スイレイに懐に入られることで、むしろその威力に振り回されているようにも見える。


「はい、これで一本。なかなか楽しめましたよ」


 背後から首筋に刀を当て、スイレイが勝利を宣言した。




「どうだ? うちのメイドは」

「ええ、流石です。戦闘専門の自動人形(オートマタ)でもここまでではないでしょうね」


 スイレイに話しかけると、かなり上機嫌に答えた。


「見た目はアレだが、中身はそれこそ戦闘用(専門)の奴らより強く改造しているからな」

「一応、私はメイドなのですが」

「うちの店がただのメイドに勤まるかよ」


 ヴィオラがどう言おうと、戦力は必要だ。

これでも自分が問題児(トラブルメイカー)だという自覚もある。

というか、せっかく改造するなら強くしたいのだ、俺が。


「そうですね。力でヴィオラさん、技で貴方が優位という所でしょうか。相性もありますが、全体ではまだ貴方の方が強いですか。……とは言っても、お二人ともまだ奥の手があるようですが」


 さすがは厄災と呼ばれるだけはある。

それぞれに一度ずつの手合わせでそこまで見抜くか。


「奥の手、ねぇ。それはそっちも同じだろうが。ま、それを見せる場面が来ない方がいいんだがな」


 奥の手を持ってるのはこちらだけではあるまい。

さっきの戦いを外側から見ていて気づいたのだが、スイレイの戦い方は、あまりに近接戦闘に特化しすぎている。

もちろん、得物が刀だけということもあるのだろうが、それにしても近距離での攻防が多すぎる。

まるで、他に遠距離用の(・・・・・)戦い方があるかのようだ。


「さて、これで代価の支払いは間に合うかな?」


 色々とあったが、これで心置き無くこいつに背中を預けることが出来る。

これでも一応はプロなのだから、報酬を貰って裏切ることもないだろう。


「何を言っているのです。全然足りるわけが無いでしょう。まだまだお付き合い頂きますよ? それとかなり割引した護衛料をもらってようやく、です。さて、次は貴方の番です」

「な、なにぃ!?」


 やはり敵よりも先にこいつに殺される方が先になるのもしれないな。

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