第三章)深き海の人喰い鮫② ベルモンド一家
随分とユカイな予想を言い捨てて、ディレルは帰っていった。
愛刀家と言っても色々な奴がいる。
美術品としての収集家や、転売目的の武器商人。
そういう奴らなら、金も持っているし、会いに来てくれるなら願ったりだ。
だが、実際に使うことを目的とした人斬りだとすれば、これは相当に厄介だ。
特にダンビラソードだけを好むような奴は、頭のネジが吹き飛んでいるどころか、最初から締めてある様子すらないような奴が多い。
魔導義肢や魔法銃による戦闘が基本となった現代で、あえて古典的な武器に命を賭けようという変わり種なのだ。
関わったが最後、ろくな事にはならないだろう
「おい、フェルムって男はどいつだ」
それからしばらくしたある日。
朝の混雑が落ち着いたかという時間に、この店では珍しい格好をした男たちがなだれ込んできた。
どう見てもそのスジの奴らなんだろうが、不思議なものでこいつらの身なりには、こいつらなりのルールが存在する。
例えば、先日のジーベックギャング達なら、下っ端の戦闘員たちは黒のスーツ。
幹部は派手な柄のスーツでこれみがよしに自慢の魔導義肢をむき出しにしている。
この辺りを仕切っているリーボックの一味なら、黒革のトゲ付きショルダーパッドという具合だ。
目の前のこいつらは、それぞれに彫り込んだ青いドラゴンのタトゥーがシンボルらしい。
「おらぁ! 出て来いや、フェルム」
「待て待て、店で暴れんな。俺がフェルムだ。あんたらは?」
ディレルの忠告の後だ。
こいつらの正体など聞くまでもないが、このまま暴れられては、店の修理費が高ついてしまう。
ヴィオラにそっと目配せをして、動かないように指示した。
「俺たちは37区の“顔役”ベルモンド一家だ。ボスがお会いになる。黙って着いてこい」
やはり、とすら思わなかった。
どうせ、ジーベックとの一件を中途半端に又聞きしたのだろう。
元々がジーベックと抗争中だったらしいが、正式に顔役の地位を引き継いで、地盤固めに忙しいといったところだろう。
ジーベックの縄張りも、三割ほどが周りの顔役達に食われたらしく、新参の顔役は、なかなかに厳しいスタートを切ったと見える。
それで焦るのは分かるが、もう少しいい情報屋を使っていれば、俺が〈西の“厄病神”〉と呼ばれているのも、〈錆びた鉄くず〉に手を出すのがどれほどにマズイのかも分かったはずだ。
残念ながら、この時点でこいつらは終わりだ。
ろくに力もない顔役は、その下に付く住民たちにとっても害悪でしかない。
とっととご退場願うとしよう。
「……おーけー、着いていくよ。あ、うちの自動人形に手を出すなよ。これでも店の看板娘なんだ」
「わははは。そんな骨董品になど興味はないわ。まあ大人していれば悪いようにはならねぇさ」
さて、店にはリーボック一味の情報屋も座っていたな。
あとは奴らが上手くやってくれるだろう。
───ダンッダンッダンッ
「くそっ、冗談じゃねえ」
「なんだあのバケモノは」
「死ねっ、死ねぇ!」
聞き慣れすぎて、もはやなんの感慨もわかない悲鳴と怒号をBGMに、のんびりと魔法銃の弾を装填する。
まったく、田舎マフィアは間が抜けてやがる。
民間技術にすら空間拡張の魔術なんかがあるんだから、手ぶらに見えてもボディチェックはするもんだろ。
ちなみに俺の場合は、ベルトのバックルに愛銃を収納している。
特に俺の方から吹っかけた覚えは無い。
開口一番、
「うまく34区を治めて上納金を納めるなら、幹部に取り立ててやる」
とか抜かしやがるので、
「上納金出すなら見逃してやるよ」
と提案したらこうなったのだ。
まったくどういうわけなのか分からない。
俺の愛銃は二丁。
ひとつは、三連装装填式魔法銃“鐡”。
中折式の銃身に魔力を込めた魔石を仕込んだ術式弾を装填することで、属性を持った魔力そのものを打ち出す銃だ。
魔道具を介した魔術と違い、物理的威力を持った魔力そのものを射出できるのが魔法銃である。
例えば、魔術の〈炎弾〉なんかは、魔力を炎に変化させて撃ち出しているわけだが、魔法銃では、炎の属性を持った魔力を実体として撃ち出すのだ。
弾と魔力にもよるが、ハンマーでぶん殴られた上に景気よく燃える、みたいなもんだ。
この“鐡”は、一発の威力に特化した俺の自信作だ。
連射こそ効かないが、三発まで再装填なしで、炸裂弾並みの威力を持った魔力弾が出せる。
まあ、逃げ惑う雑魚どもを釣瓶打ちするにはもってこいの銃だ。
「舐めたマネもそこまでだ」
少しは肝の座ったやつもいるらしい。
デカい体つきに、両方の腕を魔導義肢にしてやがる。
腕一本が子供の全身並のデカさがあるこいつは、“吊し屋”。
跳ね兎と並ぶチンピラ御用達の魔導義肢で、腕力強化に特化したタイプだ。
元のガタイもあり、左腕を盾がわりにして爆炎を突破してきたのだろう。
「この距離じゃその銃も使えまい! 死ねぇ!」
確かに、このままあの巨拳が振り下ろされれば、キレイなミンチの花が出来上がることだろう。
まぁ、それができればの話だが。
この手のバカは、何故かバカ正直に宣言してから突っ込んでくる。
せっかくなら静かに不意打ちでもすれば、少しは可能性もあるものを。
振り上げられた拳を見て、一歩、前に出る。
あとは奴の腕の付け根をめがけて、殴りつけるだけだ。
生憎と俺の武器は魔法銃だけではない。
「残念だけどよ、俺は素手でも強ぇんだわ」
短く息を吐き、腹の底に力を貯める。
右脚を地面へと叩き込むと、その反動の力が体を駆け巡ってくる。
そいつを拳から相手へ叩き込むのだ。
「な、なにぃぃ!?」
大柄な男は自分の目を疑っているようだ。
そりゃまあ、素手で殴っただけで、パワー重視のゴツイ魔導義肢が砕けるなんて、夢にも思わないだろう。
一応理屈はある。
いくら俺が凄かろうと、流石にこんな鉄の塊は砕けない。
吊し屋は、確かに強力だが、所詮は腕力だけなのだ。
本来拳とは、足腰がしっかりと地面を捉えた上で、背筋の力を拳に乗せて放つものだ。
どれだけパワーがあろうと、人間の体を土台にしている以上、それは見掛け倒しに過ぎない。
それを一歩前にでてスピードが乗る前にカウンターの要領で打ち抜いたのだ。
この程度は楽勝だ。
呆気に取られている男を、“鐡”のグリップで小突いて眠らせてやった。
「ば、バケモンだぁ」
「ひぃぃっ」
どうやらさっきのデカブツは、リーダー格だったのか、周りの奴らが目に見えて士気が下がりだした。
こうなってはもう、立て直しは無理だろう。
2、3発、“鐡”ででかいのをぶっ放したら、本部へ戻ってベルモンドの野郎を締め上げて終わりにするか。
そう思っていたのだが。
──ピピッ
なにかが頬に触れた。
「なんだ? 水?」
誰かの返り血、ということもない、ただの水だ。
今日は快晴、とまではいかないが、とても雨の降るような陽気では無い。
なんだろう、と思いながらも、特に気にとめずに歩き出そうとしたその時だった。
──ガラガラ、ザッパァッ
「な、なんだぁ!?」
急に目の前に滝のような水が降ってきた。
思わず飛び退いて上を見上げると、三階建ての建物の屋上で、貯水タンクが真っ二つに斬られていた。
まずいまずいまずい。
この状況、きっとまずい。
考えるのは後だ、とにかくここを動け!
自分の勘を信じて、無様にどうにかようやく一歩、落ちた水の飛沫の方へ体を傾けた。
「おや? なかなかいい勘どころをお持ちのようで」
「う、うわぁぁぁっ!?」
体のすぐ後ろを高速で鋭利ななにかが通り過ぎる感覚。
そして、耳元で囁かれたその声に更に大きく飛び退いた。
後から理屈をつけるのは簡単だ。
魔術や魔導義肢で破壊された訳ではなく、斬られたタンク。
そして俺の気を引くための水飛沫。
つまり、それを囮にして、俺を狙った何者かがいるということになる。
だから、その場にいるのは危険で何とか動いたのだが、そこまであの瞬間に考える余裕はなかった。
いや、考えていたら間に合わなかっただろう。
本当に嫌な予感というやつはよく当たる。
目の前にいたのは、深海を思わせる深みのある青い服を着た妖艶な女。
そしてその手には、どこかで見た事のあるダンビラソードが握られている。
「あくびの出そうなおつかいでしたが、思いもよらない出会いがあるものですわね」
女は嬉しそうに目を細める。
周りの炎にてらされて女の美しさが映えるが、その目の奥に狂気を秘めている。
どう見てもただの刀使いじゃない。
用心棒の人斬りか。
「積極的な女も嫌いじゃねーが、生憎と今日のデートは決まっていてね」
「あら、女の誘いを袖にするとは、つれない殿方ですこと」
どう見ても諦めてくれなさそうだ。




