第二章)錆びた鉄くず⑥ 錆びた鉄くず
「それで、こいつを拾ってきたっていうのか」
「うるせぇ。俺だってどうかしてたとしか思えねえよ。なんなら今からでもスクラップにして、裏のガラクタに混ぜてやろうか?」
工房に帰るとメル爺が文字通りに目を丸くして驚いていた。
まあ、柄じゃないことをした自覚はありすぎる。
「バカを言え。せっかくクソガキが悪ガキに成長したんじゃ。文句なぞ言うつもりはないわ」
そういうメル爺の目の前には、拾ってきた自動人形が横になっている。
渡した魔核はあくまでも予備充魔器に過ぎない。
ボロボロだった躯体の修理がてら、劣化した魔力の入れ替えを行っているところだ。
「それに、確かに最近じゃ見ねぇ型だが、擬似精神のレベルが高い。こいつはいい自動人形だ。必要なら機能はワシらがつけてやればいい」
「ま、確かにな」
自動人形の善し悪しは、その人格である擬似精神によるところが大きい。
どれほどに高機能の最新式自動人形でも、司令塔である擬似精神の出来次第では、まともに日常生活をおくることさえ出来ない。
だが、その重要さに反して、擬似精神の性質は実に運任せとなる部分が多い。
確かに制作工房の腕や材料の質にも影響を受けるが、生きた人間がそうであるように、自動人形の擬似精神もまた、多くの個性があるのだ。
「おい、ポンコツ。具合はどうだ?」
「滞留魔力の清浄化完了。新しい魔核との整合性良し。魔力充填率76%です。汎用レベルでの活動は可能です」
「上等だ。あとは動きながら微調整するんだな。とりあえず、俺とメル爺にコーヒーでも淹れてくれ」
「かしこまりました、御主人様」
正直、これだけの旧式の機種でここまで自己解析能力があるとは思っていなかった。
確かに拾い物だったかもしれない。
「どうぞ」
「おぅ。……っ、ぶふぇっ!? なんじゃこらぁ、てめぇ!」
「ぐむぅぉ。……なかなか個性的な味じゃの」
中身も見ずに口をつけた俺も油断がすぎたが、出てきた飲み物、いや液体は、とてもコーヒーの名がつくものではなかった。
端的に言えば、コーヒー豆を粉砕したものに湯をぶち込み、それをミキサーで回したなにかだ。
「? さて、コーヒーとは粉にした豆を湯に溶かした嗜好品だと記憶していますが、問題ありましたか?」
「このクソポンコツ! そりゃ湯に溶けるように粉末化したインスタントだろうが!」
やはりポンコツはポンコツだ。
「おう、嬢ちゃん。制動刻印回路を取ってきてくれや」
「はい。それと魔鉱砂です」
「ポンコツ、ドライバー」
「五番ドライバーはそちらに。魔力コイルも用意してあります」
「お、おう」
それから数日。
このポンコツ、もとい自動人形は、やはり有能だった。
少なくとも、修理屋レベルでの魔道工学の知識があり、作業中も俺たちの手順の先を読んでサポートしたりしてくる。
ただし、この完全に家庭用汎用品という見た目をしておいて、家事全般が壊滅とはどういうことだ。
正確には、料理がダメだ。
他の物事は、教えればその通りにできるのだが、目にあたる線が二本あるだけの顔では味覚という概念が存在しないのだ。
こればかりは、数をこなして基礎となる味付けの分量を学んでもらうしかない。
「だから苦ぇって言ってんだろ、このポンコツ!」
「申し訳ありません、御主人様」
「フェル坊、嬢ちゃんをいじめるな。きちんと美味くなってきとるわ。……初めのに比べたらの」
「ありがとうございます、メルト様」
そうして今日もまずいコーヒーを飲んでいるというわけだ。
その夜。
「ふぅあぁあ。で、おたくら、なに?」
黒いコートに黒い面。
俺の目の前には、揃いの格好をした男が三人立っている。
いや、目の前にいないだけで、表にも二人いるな。
メル爺はとっくに寝ていて、ポンコツもメンテナンス中。
嫌な気配を感じて工房に降りてくれば、この状況だ。
どう見てもろくな連中じゃない。
奴らの目的がなんであれ、既に目視してしまった俺は、とっくに処分対象だろう。
と、一瞬外に気をまわしたすきに、二人が左右に分かれ、周囲を囲まれてしまった。
こいつら、かなり殺り慣れてやがる。
「……“ホウギョク”ハドコダ」
喉を潰しいるのか、それとも声色を変える道具でも使っているのか、とにかく人間のものとは思えない声で男は話した。
「ゴミアツメノコソドロガ、コノミセニキタノハ、ワカッテイル」
そういや、昨日はいつもの配送屋が来るはずだったが顔を見せなかった。
おそらくもう、こいつらに殺されていることだろう。
こいつらの目的がなんなのか分からないが、どうやらこの間の廃棄品の中に、表に出ちゃまずい代物があったらしい。
「ホウギョク、宝玉ねぇ。あいにくとさっぱり訳が分からんが、お前ら、〈闇従騎士団〉だろ? 皇帝直轄の殺し屋部隊がこんな場所まで何の用だ」
「!? キサマ、ソノナマエヲドコデ」
揃いの黒服でピンときた。
こいつらは〈闇従騎士団〉。
騎士団と名が付いてはいるが、本来の帝国軍とは別系統にあるいわゆる闇の組織だ。
本来なら帝国の、上層部の人間ですら、噂に聞いたことがあるかというレベルの本物の国の闇だ。
俺がその名前を口にした事で、奴らの殺気が一際濃くなった。
これでもう奴らは俺の事を無視できない。
このままメル爺から引き離して……
「そこまでじゃ!」
──ガシュッ
いつの間に起きてきたのか、メル爺が圧縮空気のリベット銃を構えて男たちに向けていた。
「動くなよ、貴様ら。フェル坊、無事か」
「引っ込んでろジジイ! こいつらそんなもんで相手になる連中じゃねぇ!」
メル爺の登場に、気が逸れた瞬間、男たちの一人に掴みかかり、ドライバーを首筋に突き立てる。
だがあと二人。
俺がこいつらに反応できたということは、こいつらもメル爺に反応できるということだ。
残り二人のうち、一人が俺に、最初に喋ったもう一人がメル爺へと向かう。
「くそっ!」
「グゲッ」
手元にあった適当な工具を振り回し、振り向きもせずに襲ってきた男を殴りつける。
しっかりと殺しきる余裕はないが、手応えからしてこいつはもう大丈夫だ。
足は既にもう一人の男の方へ駆け出している。
すなわち、メル爺のいる場所だ。
だが、
「メル爺ぃぃっ!」
足が進まない。
意識だけが、早く早くと急いている。
空中でもがく手が、地面に絡め取られる足が、そして虚しいだけの声が、闇の中に消える。
目の前で、黒ずくめの男の持つ凶刃が、メル爺の首元へと吸い込まれた。
「ぐぅ、フェル……厶」
「テメェっ!」
メル爺の元へと駆け寄る。
黒ずくめの男は身をひるがえし、さっと距離をとる。
メル爺の身体を抱き上げるが、既にこと切れているようだった。
「ホウギョクノアリカヲ、ハナセ。ラクニシヌカ、ゴウモンノウエデシヌカ。エラバセテヤル」
男がそう話すと、中の異変を感じたのか、外にいた二人も入ってきた。
そしてなんの打ち合わせもなく、スルスルと音もなく移動し、あっという間に三方に陣取った。
先程の二人よりも間合いの取り方が上手い。
殺気の質といい、身のこなしといい、三人ともかなりの手練だ。
こいつらを同時に相手するのは、流石に荷が重すぎる。
だが、
「あいにくと、俺は選ばせてやれねぇわ。てめぇら、皆殺し決定だからよぉ」
そんなことは関係ない。
俺の家族を殺したやつを許せるわけが無いのだから。
──こはぁぁぁ
ゆっくりと、そして長く息を吐く。
通常の呼吸の三回分程もの時間、ただ息を吐く。
体の中の空気を一欠片も残さぬように、肺を絞りきる。
胸がしぼみ、そして腹の底に体の中身が全て溜まるようなイメージ。
そして、最後の一欠片の空気を出し切った瞬間、
──ひゅっ
周囲の空間、その全てを取り込むイメージで空気を吸い込む。
ギリギリまでしぼみきった体に空気が巡る。
同時に身体の全細胞が、一度死に、そして新しく生まれ終わったように躍動する。
身体中に力が、そして魔力が溢れんばかりに駆け巡る。
誰に教わったわけでもない。
いつの間にか身につけていた、本気で戦う前の所作。
だが、その効果は絶大だ。
頭の先からつま先までどころか、髪の毛の一本に至るまで、身体中の魔力が活性化する。
そしてそれは、五感の全てと身体能力を大幅に向上させる効果があるのだ。
カッと目を見開き、目の前の男に相対する。
既に抜刀していた男が、右手で短剣を突き出す。
暗がりの中で黒ずくめの服。
それでも、今の俺にははっきりと視える。
体はあえて半身に構えず正面に、両腕を前に小さく構えてそのまま突っ込む。
男の剣が伸びる。
それを左手で外側へといなし、その反動で右の拳を男へと叩きつける。
男もガードしようとするが間に合わない。
奴は、攻撃・防御と2動作、俺はそれを同時に行う1動作だ。
強化された拳は、それだけで骨を砕く。
手応えからしても、奴のアバラの何本かはとったはずだ。
だがその瞬間、死角から二本の剣が伸びてくる。
とっさに身体をそらし、その場で回転することで何とかそれをかわす。
やはり強い。
一対一なら、呼吸法による魔力強化で充分に勝てる。
だが、こいつらは三人という人数以上に、連携しての攻撃に慣れてやがる。
少なく見積っても四人、いや五人分の戦力はあるだろう。
今アバラを砕いた奴も、ダメージこそあるが既に立ち上がっている。
薬か魔術か、痛みを散らすような対策もあるようだ。
「くそっ、こんなもんで死ねるかよ」
そう呟いてみたものの、ただの虚勢に過ぎない。
どう考えても、気合いで覆せる戦力差では無いのだ。
「……シネ」
黒ずくめの男達が一斉に動き出す。
先程の攻撃を見て、更に複雑な連携攻撃に切り替えたようだ。
「くそが」
──ドォゥゥン
その瞬間、何が起こったのか分からなかったのは、俺だけじゃなかった。
奴らもまたうろたえ、距離をとるのが精一杯だった。
立ち込める土埃。
ガラガラと崩れる瓦礫。
二階?
何かが天井をぶち破って……あの場所は確か、
「緊急時につき、工房を破壊させていただきました。ご容赦ください、御主人様」
そこには、躯体から駆動蒸気を吹き出し、朱い魔力を脈動させた、あの自動人形が立っていた。




